第32話 野村優香
2月下旬
英語塾と相談して、英検2級の取得を目指す事になった。
塾長は、父との相談が前向きな結論になって良かったと言っていた。
確かに、偽外国人脱却という変な目標よりはまっとうな動機だと思う。
それから、3月の学年末試験に向けて、蘭と再び勉強する日が増えた。
和室にある木製のローテーブルで蘭と並んで勉強する時は、なぜか時間がゆっくりと流れる気がする。
自宅に住職の健一さんから般若心経の解説本が届き、すこしずつ楽しみながら読んでいる。
どうせ息抜きするなら、この本を読んでいる方が、楽しい。
そんなこんなで、焦る気持ちが少し和らいで、ストレスも減った気がする。
1年1組のトップにいる男は、斉藤智樹という。
医者を目指しているそうだが、家はそれほど裕福ではないらしく、塾には行っていない。
俺が、医大は金が掛かると言った事がもとで、少し話をするようになった。
俺は斉藤とは話はするが、仲良しという訳ではない。
彼は部活をしてないし、学校行事にも消極的なので話が合う。
当然、普通科に進学するつもりのようで、俺とは目標そのものが違う。
3位にいるのが、山里翔というわがままな、典型的な金持ちの家の子だ。
個別指導の家庭教師を屋敷に呼んで、勉強しているらしい。
山里の性格は、何事にもお山の大将でいたいらしい。
当然、俺や斉藤の事をライバル視しているし、コンプレックスも持っている。
そしてこの男、『東大へ行く』が口癖なのだが、実力が伴っていない。
山里はイケメンとは程遠い外観で背も低い。
そこが俺を嫌う理由なのだろう。
特に、俺の横に立つのを極端に嫌う。
グループ活動の際には、いつも、この1位~3位が組になってしまう。
3人ともにボッチだから、結果的に残るのだ。
斉藤は目指しているレベルが違うため、基礎学力はもちろん応用や発展とかいう問題にも余念はなく、定期テストでは点数が離れていないだけで、いま、高校入試の過去問をすれば、彼だけは合格点するだろう。
学年末試験が終わったあと、仏教系ということもあり、寺を見学する行事があった。
学園から徒歩で行ける場所に、理事の寺院がある。
1組から順に寺へお参りする授業だ。
山門前でお辞儀をして、手水をとり、本堂に向かう。
下駄箱に靴をいれて本堂に上がり、指定された場所で正座をする。
若干の説法を聞き、お経を聞く。
終わって、俺が本堂を出た時、ちょうど2組の蘭と清水が山門から入ってきた。
「お疲れ~ 石山は中に入らなかったのか?」
「ん?」
清水の指先を見ると、まだだれも本堂から出ておらず、やっと立ちあがったところだった。
「あ~ 俺は正座に慣れてるから、すぐに立ち上がって出て来たって訳だ。蘭も正座に慣れてるよ」
「え~ そうなの?」
「そうそう、正座にもコツがあるのよ」
『戻りますよ、集合!』という掛け声で、下駄箱前へ戻り整列した。
講師の引率で山門を出ると、3組の例の女子がいた。
彼女の驚いた表情から、俺が1組の先頭集団を歩いているのが意外だったのだろう。
逆に俺は、彼女の魅力に気が付いた。
以前は、大人っぽい顔立ちと、つややかな唇に惹かれたのだが、今回は、上品な雰囲気と大人っぽいプロポーションに気づいたからだ。
蘭は、日英ハーフながら、背が低い小柄なタイプ。
3組の子は、160㎝ほどで高校生にも見える大人の女性に見えるタイプ。
すれ違う際、俺は彼女から目が離せなかったというのに、彼女は最後、うつむいて微笑んでいた。
「あ~、負けたなこりゃ…」
彼女に俺が見とれていた事がバレたようだ。
『私に惚れたね?』という笑いなのかな…。
大失態だ、と思ったとき
「石山、負けたとは優香の事か?」
俺の独り言を斉藤は拾ったようだ。
「優香って?」
「1年3組の野村優香の事だよ。さっきも、俺と石山の事を見てたろう」
「知ってるのか?」
「俺とあいつ、親戚なんだ」
彼女が見ていたのは俺だけじゃなかったのか…
だったら、俺の感情を気づかれたわけじゃない、かも。
お人形のようにかわいい蘭が最強だと思っていたはずなのに、なぜか大人っぽい野村の『セクシー』な姿にあてられて、まるで一瞬『魅了』の魔法に掛かったように目が離せなくなった。
自分の弱さを初めて知らされた気持ちだ。
魅了の魔法をはじく方法があればいいんだけど…
春休みに入った。
昨年11月に15000円台で売った225株だが、再び12000円台に値崩れしている。
ここで拾っておく。
リックトレードの定期ミーティングで上がってきた提案は2つ。
取締役3人の提案は、自社のECサイト開設による売り上げ増の計画。
サーバーなど大きな費用ではないが、開設条件は、毎日見たくなるサイトで、そのためのしくみを考える事。
その場では、覗きたくなる日替わりの割引が案として出された。
だが、経営者は1円でも高く売るのがミッションだと言っておいた。
割引販売は現場クラスの提案であり、経営者が出す案ではない。
許可したのは、在庫のある自社の取扱品とB級品の割引販売。
サイトは日々変化させて、放置するのは厳禁。
テスト運用は最大半年間で評価する。
秘書役からは、新規に女性下着を扱いたいとの事。
オーストラリアでは日本人サイズの調達が困難で中国製品のブラは硬いとの事。
定期ミーティングが蘭の担当で良かった。
俺では『硬い』と言われても意味が分からない。
アパレル製品は圧倒的に中国製が安く、価格で対抗するのは不可能。
文具は日本製の偽物が氾濫しており、自社サイトこそ強みになるだろう。
メジャー(巻き尺)などは、中国製を数個並べると、全て寸法が異なる事が分かる。
なんと、3人の部長職たち、正しい寸法の日本製を持っていたのは1人だけだった。
そして1-3月期の決算は、速報値だけど第4四半期の1.6倍らしい。
不良在庫の新規発生は、ごく少数だったそうだ。
受注から発送までの期間が1日(翌日)になって、返品が激減したのが大きいらしい。




