第20話 調査2
空港でイーサンにもハグされたが、ママにもハグされた。
ハグ初体験だ。
イーサンの車で家まで送ってもらい、ゲストルームにスーツケースを置かせてもらう。
生活空間へ割り込む感覚で家に入ったのだが、2LDKどころか、その2倍はある。
蘭は1ランク上の婚約者待遇というのだろうか、サブベッドルームへ。
今は夫婦と1歳の赤ちゃんが一緒にメインベッドルームで生活していて、化粧室として使われているらしい。
部屋の説明以外の話題も込みで、わいわいと英語で会話している。
(俺はこういうにぎやかな場面は苦手なので、見守り役に徹していた)
この後、中心部の『シティー』と呼ばれるエリアに行って、食事を食べたが、全てイーサンの手配で肉料理が多い。
ブリスベンは首都でもないし、ゴールドコーストが近い『海洋レジャーが盛んな所』というイメージだったが、ここは単なる都市だった。
「料理を食べて、帰ってきた事を実感するわね」
「蘭の味覚に合うってこと?」
「違う違う。ママが作る料理は日本料理が主で、外食するとお肉、お肉、お肉だった。だから、多分2日で日本食が欲しくなると思う」
ママたちは蘭から俺の事を聞いているようで、うれしそうにしている。
わざと英語がそれほどできないふりをして
「なんか俺の事をしゃべってないか?」
と聞いてみた。ママがイーサンに通訳をしている。
「奈良に行って山菜取りをしたり、クリスマスに雪が降ってきた事を話してたんだよ」
蘭が俺にウインクをしたので、意図は分かってるよ、という意味だろう。
同じ中学に行っていて俺が1組になった事も言っている。
イーサンも嬉しそうに笑っていた。
楽しい時間が過ぎて、イーサンから弁護士事務所に電話でアポを取ってもらう。
俺たちが持っている日本からの携帯が使えないからだ。
短期の滞在なので、手配はしていなかった。
すると、イーサンが使い捨て携帯を買ってくれた。
短期間ならプリペイド携帯はちょうどいい。
神田弁護士事務所はシティーにあるので、歩いて行くつもりだったのだが、イーサンとは面識があるらしく、紹介客でもあるため、レストランまで来てくれた。
「初めまして、神田です」
「初めまして、石山です。彼女が依頼者の有本です」
「よろしくお願いします。では車へどうぞ」
路上で頭を下げて挨拶しているなんて、日本人だけだろう。
ともかく、事務所までは数分の距離だった。
12階建ての中層ビルの5階が事務所だった。
事務員さんが1人いるだけの小さなオフィス。
だが、壁には感謝状やら、許可証やらがたくさん飾ってある。
ソファーに座って、もらったリックトレードカンパニーの名刺を見せる。
そして、蘭が身分証明になるパスポートと、会社から給料をもらっている杏子ママの給料明細書、昔撮ったと思われる杏子ママ、赤ちゃん、リック・ターナーが写る写真を手渡した。
神田弁護士は、少し驚きながら、コピーをしてもいいか?と確認のうえ、コピー機やFAXなどの機械が置いてある部屋に移動して、事務員に飲み物の準備を指示していた。
事務員さんはこちらに来て、飲み物は何がいいか、聞いてきた。
「コーヒーはありますか?」
もちろん、ドリップの機械が見えたので、そう言ったのだが、日本語に驚いていた。
「あぁ、もちろんございます」
「じゃ~ わたしも」
蘭も日本語で言ったので、更に驚いた顔をしていた。
イーサンからの回答にあったCAN及びABNのメモを渡すと
「あ、ありがとう。まず、Ran Turner Arimoto さん、あなたに伝えなければならない事があります」
そう言って、『財産管理委任契約書』という書面を見せた。
そこには、委託者:リック・ターナー、受託者:神田浩 受益者:ラン・ターナー・アリモト と書かれていた。
神田弁護士によれば、この契約はリック・ターナーが持つMenber(株主)の権利を、受託者(弁護士)が、受益者が成人するまで預かり、又は処分する権利を与えられる契約で、娘が成人前であっても要求があれば、一部を譲渡する特例が定められている。
契約を履行するために必要な費用は、株主配当から引かれる契約だそうだ。
本来なら、受益者本人からの申し出により、株主配当されたお金を譲渡するのだが、なぜか本人が本契約を知らないと判断したために、今、説明をしているとのこと。
「それにしても、ご本人が知らずに私の所に来たのは、偶然というより、お父様のお導きなんでしょうね」
「マイク・ウィルソンの取締役(Director)登録申請書類が署名偽造されている嫌疑については、こちらにお父様の書類が残っていますから、すぐに筆跡鑑定はできますが、さすがに殺人の嫌疑は私ではちょっと手に負えない案件ですので…」
「無理ですか?」
「いえ、無理とは言いませんが、署名偽造されているなら警察も動くでしょうから、ひとつずつ慎重に片付けていきましょう」
「はい。お願いします」
「では、着手金が必要になりますが…」
蘭が出したクレジットカードは祖父の有本英二のもので
「ご本人のカードでないと使えませんよ」
少額の買い物なら、スーパーやコンビニで使えるが、このような契約がともなう本格的な支払いには使えない。
「じゃ~ このカードで。豪ドルはありますから、それで払えますか?」
「いいえ、カードでは外貨預金からの支払いはできませんよ。日本円からの支払いになります」
「あちゃ~ 準備した事が無駄だったのか~」
「ははは。でも今は豪ドル円レートは最安値圏ですから、損はしないでしょう」
「では、着手金と預託金として、20万円ほどをこのカードでお願いします」
「わかりました。」
「それで有本さん。あなたの株主配当金はどうしましょう?オーストラリアの銀行口座があればいいのですが…」
「日本に振り込みってできますか?」
「送金になりますが、外貨送金手数料は高いですよ。1件4000円はするでしょうね」
「え~ じゃ~ 銀行口座を作るかな~」
「オーストラリア国籍でパスポートを持っておられるので、すぐに作れますよ」
「でも、どうして父は委託契約を結んだんですか?」
「委託契約を結んでしまえば、その時点で処分も管理も弁護士に権利が移りますから、例え契約者がお金を欲しくなっても、受益者のためにならない、或いは、正常な判断ではないと私が判断すれば、株を売る事はできず、財産は守られますからね」
「ですから、この契約は認知症の場合に良く使われています」
「なるほど…」
「ところで、今どれほどの金額になっているんですか?」
「事務手数料などを引いて、年間9000ドル程度、12年分ですから約10万5000ドルほどです」
「え~と、1豪$/70円として735万か~ すごいな~蘭!」
「あげないからね」
「ははは。ですが、受託者としては、必要と思われる金額しか譲渡しませんから、あしからず」




