第11話 山寺に戻る
11月もそろそろ終わるころ、父がお相手の親子に会わせたいと言い出した。
父は35歳。お相手の女性は28歳。子供は3歳。
お水系だと思っていたのだが、その店はもうやめたそうだ。
父の関係かと思ったのだが、娘の年齢から考えて、夜の仕事から弁当屋に変えたそうだ。
ママとの失敗例から考えれば、家庭的な女性がいいのだろうけど、対極に振り切れるのもどうかと思う。
どうでもいいけど。
商店街がクリスマス飾りで一色になったころ、新宿の高級中華で会食になった。
個室もあって遠慮なく話せるという事だろうけど…
回転テーブルは、3歳の子供を飽きさせないという意味では、なかなかに良いツールだ。
だけど、見たこともないランチコースに戸惑ったのは、私とお子様だろう。
フカヒレスープや桜鯛の蒸し物よりも、チャーハンと単品で注文した麺類がうまかった。
できれば次は、バーミアンにしてほしい。
戻ってきた夜に『どうだ?』と聞かれたけど、正直、同居はきつい。
「ん~ 父さんが女性親子と同居するのがいい」
祖母も気を使うから、別居を希望している。
そうは言っても、父が相手の公営住宅に転がり込むには無理がある。
新しい借家を探すのが、現実的だろう。
そんな話し合いに、麦茶で11時まで付き合わされた。
(カフェインゼロの麦茶だからね)
蘭にはLINEで、高級中華の写真や集合写真を送ったけど、俺はとにかく煩わしい事から逃げたい気持ちで一杯になっていた。
孤独は寂しいと思っている人が大勢いるけど、今の俺は孤独が欲しかった。
クリスマスを前にして、発作的に現実から逃げ出してしまった。
朝、自宅を出て学校には行かず、品川駅を目指す。
新幹線に乗ってからLINEで、蘭と父に奈良の山寺に行く事を伝えた。
京都からは近鉄特急に乗る。
そして寺に着いたのは、夕方16時過ぎだった。
既に父から連絡が入っていたようで、住職の健一さんはいつものように
「おかえり」
と言って
「ただいま」
そう答えて、住職に抱きついて泣いた。
自分でも原因は分かっていた。
あのクリスマスソングが、俺以外の人の幸せを見せつけてる気がして、あの空間に居たくなかったのだ。
それとの対比で、この山寺には『無』があった。
そんな感情を住職に正直に告白した。
住職は
「いつもここに戻って来られる訳ではないから、どうすれば、何があれば、そんな気持ちにならなくて済むのかを、町に戻る前に考えてみよう。良いな?」
再び住職に抱きついて、自分の頭が住職の肩にある今の姿に思い至り、涙が止まった。
(そういえば俺、165㎝になったんだった)
「ははは…」
「ん? おさまったのか?」
「はい」
「そうか、では燭台の点検が終わったら、食事にしよう」
山寺の気温は、東京の平地と違って断然寒い。
既に雪が降っていてもおかしくない季節だった。
バスが運行していない可能性もあった。
考えてみれば、無謀な行為だったのだ。
朝5時に起床して、布団をたたんで、身支度してから部屋の掃除。
朝食のあと、本堂の雑巾がけ、燭台の点検、庭の掃き掃除。
学校に行かない分、余裕がある。
住職のうしろに座って、朝のお勤め。
「勉強はサボるのか?」
「本は持って来なかったんだ。衝動的に動いた罰だね」
「パソコンならあるぞ…」
「えっ?インターネットが使えるの?こんな山奥で…」
「はは。春に役場からケーブルを引いてもらってな~ 政府の補助金が出たらしい」
寺務所にパソコンがあった。
だけど、あまり使っている気配はない。
レーザープリンターがある。
ま~ インクプリンターでは業務には使えないだろう。
コピー機は役所のカラーコピー機を使わせてもらうらしい。
当然、有料だが。
それでも少しだけ近代化したようだ。
寺にWi-Fiルーターがあるのだ。
円高は更に進んでいて、株価は下落傾向のまま。
このPCでは取引はできないから、携帯から上昇傾向の銘柄を物色してデイトレードを開始する。
蘭からLINEが届いた。
「大丈夫?」
「ごめんね。今は落ち着いた」
「良かった」
「クリスマスソングや、幸せそうな雑音、初詣のカップルがいなくなって」
「街が静かになったら戻ります」
「そう 」
「わたしもそっちに行っちゃダメかな」
「ちょっと待って」
雪が降ると、四駆の車が無いと、来る事も帰る事もできなくなる。
とにかく、住職に相談してみよう。
「あの~ 友達がここに来たいと言ってるんだけど…」
「あきらにとって、その友達はどういう人なのか説明できるかな?」
それから、彼女との出会いと、彼女の背景について説明した。
だけど、彼女自身については説明できないと言った。
それは俺自身が、彼女の事をまだ何も知らないから。
「そうか…」
そして、今は同じ中学を目指している事も。
「彼女といると楽しいと感じる事が多いのと、気持ちが落ち着きます。だから、彼女と一緒に、この寺で色々な活動をしてみたいです」
「そうか。しっかりと考え、良く言えたぞ。ならば、受け入れることにしよう」
「ありがとうございます」
「うむ」
蘭に住職の許可がもらえたことと、住所と交通路などを送った。




