第100話 宮廷内殺人事件のその後
361年2月1日
ドラム缶を作りに行っていたローリーとハナが、少し日焼けして帰ってきた。
サンプルのドラム缶は、なぜか2サイズあり、1つは直径1mの物。
そしてもう1つは、直径30㎝のミニサイズ。
最初に鉄板の大きなサイズが出来ない時に、ミニサイズでイメージを共有したそうだ。
難民寮の建設費用として、宮廷内で使われている為替をベーカー補佐官が届けてくれた。
配達に来たわけではなく、父上からの呼び出しであった。
平民は別だが、貴族の報酬は月初に支払われる。
いわゆる、サラリーと呼ばれるやつだ。
公爵、侯爵、子爵には、国からの支払いが為替で行われている。
男爵位は寄り親からの支払いのため、現金支給。
通貨は、銅貨、大銅貨(10銅貨)、銀貨(10大銅貨)、大銀貨(10銀貨)、金貨(10大銀貨)の5種類。
だが、通貨の劣化が激しいため、エリア内、エリア外を問わず交換交易が多い。
物流を担当する『子爵位』が、通貨を預かり、公爵、侯爵と為替を交換している。
定期的に王都便を運用している事も、子爵位が現金輸送を担当する理由だ。
だが、南部エリアだけは王城があるため、ヘンリー子爵は輸送を行わない宮廷貴族。
南部貴族であるウォーカー公爵とライアン侯爵への支払いは、宮廷の勤務者が受け取り輸送する。
庶民は日払いが一般的で、中堅以上の小売業で週払いが普及している。
ある意味、王家(ジョンストン公爵家)の官僚が、国費の支払い業務をしているのは特殊対応と言える。
「アキュラ、よく来てくれた」
「いえ、為替をありがとうございます。でも、あの為替をどうすれば?」
「うむ。宮廷にいるジョンストン公爵家の所で現金に交換できるのだが、一旦は為替をアキュラに渡しておきたかったのだ」
「屋敷で為替を見た事が無かったので全く知りませんでした」
「実は、公共工事の予算案は裁可されたんだが、同時に、今回のような少額で日払いの国費支出の業務を、王家(ジョンストン公爵家)の官僚が嫌がっていてな」
「確かにそうでしょうね…庶民、それも難民を使った工事なんて初めてですからね」
「だが、業者に一括払いすると、ピンハネ、不払いなどが起こるのは目に見えているからな」
「では、銀行でも作りましょうか…」
「ん? その銀行とは?」
「王国のお金はいま、王城の地下金庫に眠らせているのでしょう? その国費を銀行に預けて、銀行はこのお金でさまざまな事業を行うんです。例えば」
アキュラが説明した銀行業務は以下の通り。
公爵家に対する貸付:利息を取って公爵家に貸す(公爵家なら逃げられる心配はない)
紙幣の発行:保有者の要求に応じて同額の金貨や銀貨と引き換える約束をした紙のお金。難民などに支給。
両替:金貨から大銀貨、銀貨、銅貨に両替する業務。手数料あり。
摩耗硬貨の交換:摩耗硬貨を重量、金属比率に応じた金額に交換する。
「だが、国費を銀行に預けたら、間違いなく襲われるだろう?」
「だから銀行は城壁の中に建てて、城壁に何個か窓を付け、そこを窓口として対応するんです。城壁内ですから、大金が必要な時に、地下金庫に取りに行けばいいんですから…」
「なるほど。実際に現金を移動しなくていいのか…だったら、実現できそうだな」
「でも父上、銀行は父上の管轄になりそうですけどね…」
「ま~、仕方ないだろう。実際の運用はアキュラ、お前に頼む事に成るが、いいか?」
「銀行の職員は、宮廷の官僚から出して頂かないといけないですよ」
「分かった。それと、公共工事の業者だが、オリビアの実家、ノース・アウレットがやらせてくれと言って来ているが…」
「公共工事は、基本的に競争入札という方法で業者を決めるものです」
アキュラが説明した競争入札は以下の通り。
工事の目的、目標を明示して、引き受けを希望する業者を募る。
『難民が人頭税を払えるように仕事を与えるのが目的』
『王城への街道を整備して、交通の安全性、安定性を向上させるのが目標』
引き受け業者には、規模や経験の条件を付ける。
『1ルートにつき荷馬車が2台、難民は10名で1班、休憩1時間を含む最大8時間の労働』
『工事実施日は雨天、降雪時を除く年間通期』
『業者は事故の発生がないように、誘導を行う』
工事の引き受けを希望する業者は、いくらで引き受けるかの金額を箱に入れる。
『道幅4m、厚み10㎝、長さ1mにつき、単価を入札』
*最も安く引き受けた業者に、工事を依頼するが、実現不可能な安すぎる金額は排除する。
「なるほどな…公共工事の意味が分かってきたよ」
「業者を決定するまでの過程が公開される事が重要です。それなくしてアウレット家に決めると、ヘンリー子爵と豪商アウレット家は一体だと言われかねません」
「いやいやいや、それだけは避けねばならん」
「ま~、『李下に冠を正さず』という言葉もありますからね…」
「何だそれは?」
「すももの果実が実る下で、被り物を直そうと手を上げれば『果実を盗もうとしている』という誤解を生むからやめろ!という教訓です」
「ははは。初めて聞いたが面白い例え話だな」
「ところで、難民寮に父上の配下の者が訪れて、何人働ける者がいるか調べに来たと聞きましたが?」
「なに!?それは本当か!」
「宮廷手配の臨時寮長から聞いた話ですので間違いないかと…いまだにこの部屋は盗聴されているようですね…」
ちらっとお弁当を持って来たオリビアの方を見て、父もつぶやいた。
「…確かに、困ったものだ」
このあと、父上は執務室以外に、小さな防音装置を付けた面談室を与えられたそうだ。
そしてその2日後、公共工事と寮長委託の入札に関する告知が出された。
俺には、銀行の設計と建築の依頼書を持った補佐官のベーカーさんが来て、下見という事で宮廷に連れて行かれた。
事件の件、宅配便の配達員はアウレット輸送隊の人間ではなかったそうだ。
宮廷内の地下通路で裸の遺体が発見され、この者の入門許可証を奪って入れ替わったらしい。
とにかく、宮廷内で発生した事件であり、宮廷内の貴族が係わっている事は間違いない。
だが、この災いが逆にアウレット家と父ヘンリーを親密にさせるとは、世の中分からないものだ。




