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イケメンの企み


 翌日の月曜、事件は起きた。

 放課後、帰宅しようとカバンを持って教室を出ると、柔道着を着た男に呼び止められた。

「きみが、遠藤龍輝くんかな」

「そうですけど」

「僕は柔道部の二年、佐川(えい)(きち)だ」

 そう自己紹介した彼は、かなりのイケメンだった。運動部でイケメン、間違いなくモテるだろう。

「なんのご用でしょうか」

「きみ、長谷部花菜さんと付き合ってるんだって?」

「ええ、そうですけど」

「花菜さんは柔道部員だよ。一度見学していきなよ。きみも花菜さんの勇姿を見たいだろう? 見ないのはかえって失礼というものだよ」

 そうして、半ば強引に、佐川という柔道部員に連れられて、俺は柔道場へ行くことになった。

 柔道場にやってくると、柔道部員たちが準備運動をしているのが見えた。男子は男子、女子は女子で固まっているようだ。女子はほとんど、というか全員がショートヘアだ。まぁ柔道部ならあたりまえか。男子も長髪はいない。

 花菜さんもいる。柔道着姿の花菜さんは初めてだ。彼女の柔道着の背中に、『長谷部花菜』と大きく刺繍してあるのがチラリと見えた。ほかの柔道部員も同様に、柔道着の背中に名前が刺繍してあるようだ。

「やあ、諸君。長谷部花菜さんの彼氏が、恋人と手合わせをしたいそうだ」

 そう言ったのは、俺を強引に連れてきた佐川栄吉だ。俺は、嫌でも注目を浴びることとなった。

 やられた! そういう腹か。俺と花菜さんを闘わせて恥をかかせようという(もく)()()だ!

「あっ、あの。試合には顧問が立ち会う決まりなので、先生を呼んできます」

 そう言って、背の低い(たぶん一年の)男子柔道部員が職員室へ向かった。

 花菜さんが近寄ってきた。

「佐川さん、困ります」

「おやおや、尻尾巻いて逃げるかい」

 佐川が、俺を見て挑発してきた。

「遠藤くん、本気じゃないよね」

 花菜さんは必死の様子だ。

「やります」

 俺は決然と言った。

「待ってよ、遠藤くんは帰宅部でしょ。女子の私でもさすがに試合にならないよ。断っても不名誉でも恥でもないよ」

 俺は、人差し指でおいでおいでをして、花菜さんを呼んだ。近づいてきた彼女に、「魔法比べの参考にする」とそっと耳打ちした。

 花菜さんも、これで腹が決まったようだ。

「なるほど。それなら手加減無用だね」

 彼女は笑顔を見せた。

 俺が、更衣室で柔道着を着せてもらって柔道場に戻ってくると、顧問の先生が来ていた。

「嫌々じゃないんだね」

 顧問の先生は、俺の意志を確認した。

「自分の意志です」

「ならいい」

 先生は、俺の爪の状態を確認し、柔道歴や、持病がないか聞いてきた。もちろん、柔道歴はない。中学の体育で少しかじった程度だ。その後、どんな行為が違反になるのか、いろいろ教えてくれた。

 すぐに試合……にはならない。準備運動が必要なのだ。

 ストレッチをしている間に、ビデオカメラがセッティングされた。

「これは、万が一のとき用だから。事故が起きたときに原因を特定するために使うカメラだから。事故は滅多に起きないから安心して。YouTubeとかに無断でアップロードしたりしないから、これも安心して。問題がなければ、一年でビデオを消すから」

 と女子柔道部員が説明してくれた。まぁ、このご時世だ、仕方あるまいて。

 礼をして、試合開始だ。

 見事な(いつ)(ぽん)()(おい)(なげ)で、俺は投げられた。佐川はニッコニコだ。「それ見たことか」という顔をしている。

「もう一本いいですか」

 そう言ったのは俺だ。これには佐川が驚いていた。いや、ほかの多くの柔道部員たちも。

「ああ。……かまわんけど」

 顧問の先生は困惑している。

 俺はやる気満々で、花菜さんも闘志を燃やしていた。

 二本目は、()()(がため)で負けた。

 三本目は、(おお)(そと)(がり)で負けた。

 四本目は……さすがに顧問が止めた。

「もういいだろう。怪我をされたら困る」

 礼をして、柔道の試合は終わった。

「遠藤くん。キミ帰宅部だって?」

 顧問の先生がにこやかに話しかけてきた。

「はい、そうです」

「今からでも柔道部に入らない?」

「いいえ、入りません」

「あっそう。まぁ、入りそうで入らない生徒よりかは分かりやすくていいや」

 佐川は渋い顔をしていて、ほかの柔道部員たちは花菜さんが手加減しなかったことに驚いていて、顧問の先生は少し残念がっている。

 もちろん、俺と花菜さんはスマイルだ。

 俺は更衣室に向かった。途中、「あんなに楽しそうな花菜ちゃんはじめて」とか「彼氏を投げ飛ばすのって楽しいのかな」とか「わからん、あのカップルは全然分からん」と言った声が聞こえてきた。おもに女子の声だった。

 更衣室で自分の服に着替えた後、柔道場に戻ろうとしたら、見知らぬ女子柔道部員に女子更衣室に引っ張り込まれた。

「はいはい、ちょっとこっち来てね」

「困ります。あの、ここ女子更衣室ですよね」

 周りを見ると、ピンク色が支配している。忘れ物コーナーに下着が見えたりもした。

「静かにして、すぐに解放するから。私は葉山(なつ)()、花菜ちゃんの友達よ。どうしても言っておかなくちゃいけないことがあるの。単刀直入に言うけど、あの佐川って男の誘いにはもう乗らないでね」

「どうしてですか」

「遠藤くん……、あなた遠藤くんよね。遠藤くん、キミと花菜ちゃんを闘わせようとした佐川さんは、『ストーカーさん』と呼ばれているのよ」

「ストーカーさん? どういうことですか?」

「高一のとき、花菜ちゃん、タオルを部室に忘れて帰ったことがあるの。その日、花菜ちゃんが家でくつろいでいると、ピンポーンとチャイムの音。ドアを開けると、タオルを持った佐川さんが立っていて、『花菜さんが学校にタオルを忘れたので届けに来ました』って平然と言ったらしいの。ふたりは親密な関係じゃなかったのに、よ」

 このとき、俺はどんな顔をしていたのだろう。

「そうよ。それを聞いて、特に女子の柔道部員はみんなそういう顔になったの。……これは当時大問題になったわ。男子部員と女子部員が集まって議論していたら、佐川さんは『タオルを届けただけだよ』『女性はみんなよろこぶ』『女性にアプローチして何が悪いんだ』って(きよう)(べん)してね」

「信じられない。イケメンなのに」

「そうなのよ。放っておけばモテるのに。……というわけで、佐川さんの誘いにはもう乗らないで。自分でうまく切り抜けてね」

「わかりました。あの、それ以降、ストーカー行為は?」

「周りのみんなが気をつけてるから最近までなかったんだけど、今日のはたぶん、ストーカー行為に入るんでしょうね。佐川さん、諦めてくれたと思ったんだけど」

 俺は口をつぐんだ。

「……あなたたちが付き合い始めたの、ここ二、三週間よね?」

「そうです」

「でしょうね。最近の花菜ちゃん雰囲気が明るいもん。しかし、キミみたいのが好みだったとはね。地球が温暖化してるかどうかを腕相撲で決める人が、花菜ちゃんを射止めるとは」

 あの話、どこまで広まってんだよ。

「遠藤くんがいったいぜんたいどんな魔法を使ったのか知らないけど、とにかく、花菜ちゃんを泣かせないでね」

「努力します」

 俺は女子更衣室から解放された。

 この日の柔道部は、急遽、自由練習になり、用事のあるものは帰ってよい、ということになった。

 顧問の先生が気を利かせてくれたようだ。


 というわけで、俺は花菜さんと下校中なのだが、ふたりでの下校はこれが初めてだ。いつもは、花菜さんの柔道部の練習が夕方遅くまであるので、一緒に帰れなかったのだ。二度デートしていたおかげか、俺はあまり緊張していなかった。

 が、花菜さんはハイテンションのようだ。

「で、先生、どうだった? 柔道の試合、参考になった?」

「なったよ、すっごく参考になった。魔法比べ、書き直そうかな。あと、先生はやめて」

「やった!」

 花菜さんは嬉しそうに拳を握った。

「でも龍輝くん、ほんとうに記憶力がいいんだね。説明を聞いただけなのに、一度も反則がなかったよ」

「反則はあったよ」

「えっ? ……なかったよ。どこか変だったかな?」

「花菜ちゃんのキレイさが、それはもう反則だったよ」

 彼女の(そう)(ぼう)がキラキラと輝いた。

「……もう一回言ってくれる?」

「ゴメン。いまので在庫切れ」

「えー!」

「そのうち在庫が復活するから待ってて」

「えー、いま言ってよ!」

「また今度ね」

 会話は盛り上がっていたが、俺は、慎重に話題を変えた。

「ストーカーさんのことを聞いたんだけど」

「あっ、アレね。佐川くん、第一印象はすごく良かったんだけど……」

 花菜さんが一気に憂鬱になった。

「花菜ちゃん。ひょっとして、キミはジラーラ?」

「そうですよ。私がジラーラで、ストーカーさんがドゴンです」

 花菜さんは、ストーカーされた自分の境遇を、あくどい魔法比べを申し込まれたジラーラに重ねていたんだ。それで、ジラーラがエイバとくっ付かないと聞いて(はん)(ぱつ)してきたのかな。是が非でも、ジラーラには幸せになって欲しいのだろう。

「ふ~ん、女性はたいへんだね」

「いまごろそれを言うの?」

 驚いた花菜さんは立ち止まり、つられて俺も立ち止まった。彼女が顔を近づけてきて、じっと俺を睨んでる。かわいい。俺はキスした。ふたりの影は数秒重なって、離れた。

「龍輝くん。とにかく、女の子も大変なんだよ」

「よく分かったよ」

 初めてのキスで、俺はドキドキしている。たぶん、彼女も。

「……その、小説、ビターエンドでもいいよ。やっぱり腕相撲で結末を決めるなんておかしいし」

 とても艶やかな声を花菜さんは発した。

「いや、今回はハッピーエンドにしようと思ってるんだ」

「ホントに? やったやった!」

 彼女はその場で飛び跳ねた。

 災い転じて福となる。こうして、イケメンの企みは無事(つい)えた。



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