二回目のデート
家に帰ると、俺は悪友の木村貴史に電話をした。
「貴史? 今いい?」
『いいよ。そういや、デートどうだった?』
「それがさぁ。俺は、単なる好奇心から長谷部さんをデートに誘ったんだけどさぁ、彼女、俺と付き合ってるつもりみたいなのよ」
『いいじゃん』
「いいのかな? ただの好奇心だよ?」
『……龍輝。お前さ、花菜さんと散歩したい?』
「どうしたん、急に」
『いいから答えろよ。花菜さんと散歩したいのか?』
「したいよ。一緒にいたい」
『オーケー。金賞だ。お前は花菜さんと付き合う権利がある』
「わけわからん。ちなみに、『散歩は嫌だ』って言ったらどうなるん?」
『それは銀賞。それもアリだ』
「アリなのかよ! やっぱりわからん」
『『縁は異なもの味なもの』って言うだろ』
どうやら、俺の悪友は、その名に恥じるとてもいいヤツのようだ。いや、長谷部花菜さんのことをずっと『花菜さん』呼び。やっぱ悪友だな。
その日の夜、俺は『幽閉された炎の魔女』下巻の執筆に入った。相棒のノートパソコンを一週間ぶりに起動させる。デートがうまくいくかどうか、長谷部さんが直前に断ってこないか、この六日間は気が気ではなかったのだ。
懸案事項がひとつ消えたお陰か、きょうは六千字も書けた。最高記録ではないが、ベターな状態だ。花菜さんの感想を参考に、いいものが書けたと思う。これがゾーンというやつだろうか?
翌日の学校。
俺と花菜さんは、一緒に昼食をとることになった。
昼食中の話題は、ファンタジー以外ならなんでも。ファンタジーは極秘だからね。
月曜は、俺の家族構成などを話した。俺には、両親以外に一緒に住む家族は、お婆ちゃんと生意気な妹がいる。だが、花菜さんは自分の家族構成について、あまり話したがらなかった。彼女の両親が離婚していることもあり、俺も深追いはしなかった。
花菜さんが家族構成を話したがらない理由は、次のデートで判明する。
翌週の日曜日。
美術館を巡る、俺と花菜さん。
きょうの花菜さんは、黒のワンピースにジャケットを羽織っている。市営の美術館は、弱暖房中のようだ。
「わかんないね」
と俺。
「わかりませんね」
と花菜さん。
さっきからずっと、この会話が続いている。
美術館は、先週から『現代アート展』を開催中なのだ。俺と花菜さんの目の前には、科学雑誌に載ってそうな幾何学模様の絵が飾られている。
俺と花菜さんの後から来るおじさんが、「なるほどなるほど」「ほほう、これは新しい」「これはダメだ、全然わかってない」などと言い続けている。
「本当に分かってるんだろうな、ジジイ」
小声で俺が言った。
「『ジジイ』なんてSNSで発言したら、炎上しちゃうかもよ」
小声で花菜さんが反応した。彼女は笑っていて、つられて俺も笑った。
「ヤバい、それはヤバい。出版社がお断りしてくる」
「先生、自費出版があるよ」
「それはそれでヤバい」
ああヤバい、気をつけないと。
ジジイ……もといおじさんが、俺と花菜さんに笑顔を与えてくれた。
それで、レストラン。
先週とは違う店だ。午後十二時代なので、割と混んでいる。
「はっ? ジラーラとエイバがくっつかない? 結婚しないの? 何でよ! 何でよ!」
ナポリタンを食べている最中の花菜さんが、少し大きい声を上げた。驚天動地という風にも見える。
俺は今、食事をしながら『幽閉された炎の魔女』下巻のあらすじを、花菜さんに説明中だ。
「リアリズムってやつだよ。確かにジラーラとエイバは冒険旅行をするけど、最後にジラーラが気づくんだ。『エイバとは一生添い遂げられない』って」
「いや、そこは意地でもくっつけるでしょう。あのジラーラとエイバだよ。ふたりはお似合いじゃない」
「だ~か~ら~、クロサワ的リアリズムだってば。ハッピーエンドよりビターエンドのほうがこの作品にはあってるよ」
ハッピーエンドは、物事がすっきり解決して終わる話のことで、ビターエンドは、うまくいかなかった部分を残して終わる話だ。ハリウッド映画はハッピーエンドが多いね。
花菜さんは頬杖をついた。
「はぁ~、これにはおっとりなお父さんもびっくりだよ」
えっ、お父さん? 疑問に思った俺は質問をしてみた。
「……離婚したお父さん?」
「ううん違うよ、新しいお父さん」
「じゃあ、長谷部は新しいお父さんの名字?」
「違うよ」
「だよね。長谷部は母親の名字だって、先週言ってたもんね。あ~、もうすぐ再婚するってこと?」
「半分あってるよ。半年前には再婚が決まったんだけど、私が高校生の途中に名字が変わるのはどうだろう、って気を回してくれて、再婚は私の大学進学と同時にってことになったの」
「ああ、なるほど。でも数年もよく待てるな」
「ふたりともバツイチ同士だから、急いでないんだって」
「あのさ、言いたくないけど……結婚詐欺師かもよ」
最後の『結婚詐欺師かもよ』は、もちろん小声で言った。
「それは無いと思う。もう一緒に住んでるし」
複雑なんだな。それで花菜さんは、学校では家族構成について話したがらなかったんだ。
「そうか。変なこと聞いちゃってゴメン」
「それはいいけど、ジラーラとエイバをくっつけないのは詐欺でしょ。ファンタジー詐欺だよ」
花菜さんが執拗に蒸し返してきた。
「リアリズムだって」
「ファンタジーにそんなリアリズム、いらない」
花菜さんは語気を強めた。
「トールキンの前でも同じこと言える? ルイスやグウィンの前でも」
それを聞いた花菜さんは、口をつぐんだ。
やった、論破したぞ。俺の勝ちだ。
おや、花菜さんがナポリタンの皿などを横にどかしだしたぞ。まずい、右手を前に出して肘をテーブルに着けた。これは非常にまずい。
「龍輝くん、これで決めよう。私が勝ったらハッピーエンド、ジラーラとエイバは結婚する。龍輝くんが勝ったらビターエンド、ふたりは別れる」
「いや、でも、創作はそういうものじゃないし」
焦りながら俺は反論した。
「龍輝くん、地球が温暖化してるか、これで決めてたよね。腕相撲で!」
「花菜ちゃんは有段者だし」
「ただの初段だよ」
「ハンデくれる?」
「十秒以内に勝ったら私の勝ち。十秒以上かかったら龍輝くんの勝ち」
俺は少し考え込んだ。
「五秒じゃダメ?」
「さすがに五秒は……」
「よし、いいよ。十秒ね。妥当なハンデだ」
十秒のハンデは当然だ、という風に装った俺は、テーブルのナポリタンを横にどけた。花菜さんと手を組み合わせる。周囲の客や店員の視線を感じるが、不思議とあまり気にならない。ファンタジーの話ができる仲間ができたという心強さのほうが、ほかの外的刺激よりも大きかったのだ。
「ルルドン、三十秒数えて」
花菜さんが言った。
『わかりました。ゼロ、イチ、ニー』
花菜さんのスマホが反応したのだ。AIのルルドンが秒読みを開始している。
「二十秒で勝負開始ね」
花菜さんは俺を睨んでいる。
なるほど、そういうことか。二十秒で腕相撲開始、三十秒までに負けていなければいいんだな。楽勝だ。
だが、二十四秒であっさり負けた。
「やった、ハッピーエンドだ。ハッピー!」
喜ぶ花菜さん、俺は口を尖らせた。
「龍輝くん、三本勝負でもいいよ」
彼女は余裕だ。
俺は無言で食事を再開した。
花菜さんは鼻歌を歌いながら食事を再開した。
家に帰ると、母に呼び止められた。
「龍ちゃん、どこへ行ってたの?」
「だからデートだよ」
「あのねぇ。龍輝。人間はね、一に正直、二に正直、三、四がなくて、五に人を傷つけないための良い嘘なんだよ。お前のは悪い嘘だよ。友達と遊びたいなら素直に言えばいいじゃない。デートだなんて親に嘘までついて、この子はもう」
俺は、スマホの写真を母に見せた。花菜さんとのツーショット写真だ。母はたいへん驚いているようだ。
「龍輝。デートって、本当だったの?」
「まさか、こんなに信頼されてないとはね」
「このお嬢さん、こんど家に連れてらっしゃい」
「考えておくよ」
俺は自室のある二階に上がった。




