デート
月曜日。
学校の廊下で、俺は、登校してきた長谷部花菜さんを捕まえた。
「長谷部さん、ちょっと話があるんだけど」
「はい、なんでしょう」
花菜さんは、不思議そうな顔をしている。
彼女と一緒にいた女子がしばらく俺を見つめると、「花菜ちゃん、先に教室に入ってるね」と言ってドアをくぐった。
「あの、長谷部さん。質問があります。あの、図書室は使いますか」
「ええ、利用しますよ。どうしてですか?」
「あの、読む小説のジャンルを教えてくれますか?」
「どうしてですか?」
花菜さんはたまらず笑い出した。
教室で俺たちを観察しているであろう女子たちの、「あれ、口説いてるのかな」「たぶん、そうじゃね。なんかヘンだけど」という声が聞こえてくるが、無視だムシ。
「SFは好きですか?」
「……たまに読みますが」
「ミステリーは好きですか?」
「……ときどき読みます」
「ファンタジーは好きですか?」
「ええ、よく読みますよ」
ビンゴ! これでHさんの正体が、長谷部花菜さんである可能性が高まった。
「あの、本当にどうかしたんですか? 腕相撲に負けて変になっちゃったとか?」
花菜さんはあどけない笑顔を見せる。
龍輝、勇気を持つんだ。勇気を!
「あの、週末、一緒に映画を観に行きませんか?」
よし、言ったぞ。自分、えらい。
これを聞いた花菜さんは、驚いているようで、少し体が揺れている。
映画は土曜日に行くつもりだったのだが、花菜さんの部活が土曜にもあるとかで、結局日曜日になった。
俺はまぁまぁおしゃれな格好をし、駅で待っていると、明るい色のワンピースを着た花菜さんがあらわれた。化粧をした花菜さんははじめてだ。とても美しい。
ふたりで映画を観た後、午後二時、レストランに入った。昼食のピークを過ぎているせいか、客はまばらだった。少々遅い昼食だが、映画が長かったのだ。二時間半超えだった。
俺がハンバーグ定食を注文すると、花菜さんも同じものを注文した。
「長谷部さん、これから変な質問をするよ」
と俺が改まって言う。
「月曜日にもう何度も変な質問をされました」
花菜さんが余裕で返してきた。
「う~ん、そうなんだけどさ。あの、よく聞いてね。『幽閉された炎の魔女』ってファンタジー小説知ってる?」
「あら、普通の質問ですね」
「この質問、学校じゃできなかったんだ」
それを聞いた花菜さんは、少し考え込んだ。
「わかりました。答えます。その代わり、私も質問をするので答えてくださいよ」
俺はうなずいた。
「その小説はよく知っています。私の愛読書ですから。今度は私から質問ですよ。『幽閉された炎の魔女』の作者、海原悟也先生は、遠藤龍輝くんですか?」
うわ~ん、バレてる。バレバレだ~。
「……そうです」
俺はぼそっとつぶやいた。
「おやおや、声が小さいですよ。もっと大きな声で」
「俺が、海原悟也です。あっ、『サトヤ』って書いて『ゴヤ』です」
たまらず、俺は視線を逸らした。
「その、感想欄のHさんは、長谷部さんですか?」
視線を逸らしつつ、気を取り直して質問してみた。
「そうです。私がHです。ファンタジーが大好きなんです。……ファンタジー好きの柔道部員はおかしいですか?」
俺は花菜さんを見た。なぜだろう、いままでにも増して花菜さんがかわいく見えた。
「いいと思う。似合ってる。長谷部さんにぴったり」
それを聞くと、彼女は満面の笑みを見せた。
どうしてそんな手の込んだことをしたんですか、と花菜さんが聞いてくるので、俺は差し障りのない範囲で正直に答えた。
「なるほど。SNSで炎上したら一生を棒に振るので、オンデマンド印刷というもので本を五冊作り、一冊を図書室に置いたと。それで感想欄が六ページもあったんだ」
「十ページだよ、感想欄」
「そうでしたね」
花菜さんがいたずらっぽい笑顔を見せた。どうやら引っかけ問題だったようだ。
「でも、どうして俺が作者だって分かった? このことは従姉の英美里さんくらいにしか言ってないのに」
ウエイトレスがハンバーグ定食を持ってきて、俺と花菜さんの前に置いて去った。
「う~ん、遠藤くんが作者だと分かった理由かぁ。でも企業秘密だしなぁ。どうしよう」
「じゃあ、これだけは教えて。俺が作者だって、君以外にもバレてる?」
「それは、大丈夫だと思うよ」
花菜さんは、意味ありげに俺を見つめてきた。しばらく訳がわからずにいると、花菜さんは視線を落として、温かい湯気を昇らせているハンバーグ定食を見た。
「あっ、いただきます」
あわてて俺は、ハンバーグ定食を食べ始めた。花菜さんは、俺が先に食べるのを待っていたみたいだ。彼女も食べ始めた。
食べながら、花菜さんが話し始めた。
「第一章の冒頭部にこうあるでしょ。『彼女の名前はジラーラ、炎の魔女と呼ばれている。ごく稀に、マグマの魔女と呼ばれることもある』って」
「うん、それがどうしたの?」
「それがさぁ、小四の時に、『炎をマグマって呼ぼうぜ』ってしつこく言ってたクラスメイトがいてね。みんなには相手にされてなかったみたいだけど」
思い出した。俺は確かに、小四くらいで『炎をマグマって呼ぼうぜ』って言ってた記憶がある。理由はもう覚えていないが、マイブームだったのだ。だが、おかしい。
「誰から聞いたの?」
俺は訊ねた。
「本人から」
「いやいや。小四の時、長谷部花菜って名前のクラスメイトはいなかったよ。カナって名前の女子は何人かいたと思うけど」
「記憶違いじゃない?」
「……いや、いなかった。俺は記憶力はいいほうなんだ」
「じゃあ、内村花菜、この名前に覚えはある?」
俺は一度レストランの天井を見て、花菜さんに視線を戻した。
「うん。小三、小四の時の同級生だね。あまり話さなかった記憶があるけど」
「私の両親、中一で離婚したの。それで、母の名字の長谷部になったんだけど、その前は父の名字の内村、私、内村花菜です」
俺は口をあんぐりと開けた。
「元クラスメイトの内村花菜さん!」
「そうです。お久しぶりです、遠藤龍輝くん」
花菜さんが右手を出してきたので、俺は握手をした。彼女の握力は強い。伊達に柔道部にいる訳ではないらしい。
元クラスメイトの女子と再会しても、普通は握手はしないのだろうが、そこはそれ、俺と花菜さんはすでに腕相撲で闘った間柄だ、自然に握手ができた。もちろん、とても気恥ずかしかったのだが。
しかし、なるほど、見覚えがあった訳だ。元クラスメイトか……。
「『幽閉された炎の魔女』を読んだとき、ひょっとして、作者は遠藤くん? って思ったんだけど、先週鎌を掛けたら、まんまと乗ってきたってわけなの」
これで謎は解けた。彼女以外に極秘情報は漏れていないようだ。まぁ良かった。
食事を済ませると、花菜さんはバッグから一冊の本を取り出した。『幽閉された炎の魔女』だ。
「先生、サインください」
そう言って、花菜さんは本とフェルトペンを差し出してきた。
「持ってきたの? これ貸し出し禁止なんだけど。あと先生はやめて」
花菜さんは、本の感想欄を開いた。何も書き込まれていない。
「えっ、じゃあこれ、一号?」
「そう呼ぶんだ。私がこれを貸し出しカウンターに持って行くと、『これ、ここの本じゃないですよ』って言われたから、持って帰って、読み終わったら元に戻そうと思ったの。一週間後くらいかな、返しに行ったら同じ本がもう置いてあったの。だから、なんとなく悪いけど、これ、自分のものにしちゃったの。そういう経緯があったから、この作者はこの学校の関係者に間違いなし、読んでる最中に『炎の魔女』と『マグマの魔女』の記述が出てきたから、作者は遠藤龍輝くんかも、とそう睨んでいたんだよ」
そういうことか。俺は本にサインした。サインは初めてだったので、なんと本名のほうを書いてしまったが、花菜さんが「これでいいよ」と言うので、そのままにした。ペンネームもその横に書いた。
初サイン、普通はドキドキするんだろうが、俺はこの時、花菜さんから情報が漏れやしないかと心配して、別の意味でドキドキしていた。
それにしても、可憐な少女が長谷部花菜さんだったとは。
「で、私をデートに誘った本当の理由は?」
可憐な少女、長谷部花菜さんは意外と大胆だ。
「本の感想が聞きたかったんだ。秘密裏に」
そう、これは学校では聞けない。聞いていたら、『あれ、この本の作者、遠藤じゃね?』と噂が広まってしまうかもしれない。そうなったら、これまでの極秘作戦が台無しだ。
「ふ~ん。そういうものなんだ。案外、気が小さいのね」
花菜さんは、食事をいったん止めて、本の感想を事細かに聞かせてくれた。俺がメモを取ったのは言うまでもない。
具体的には、「物語は文句なしに好み」からはじまって、誤字脱字が五つあること(二つじゃなかったのか)、主人公クラスのキャラは立っているがモブのキャラの魅力が薄いこと、王国民の生活の描写が弱く、中世ヨーロッパの知識に頼りがちに思えて独自性が薄いと感じたことなどを正直に話してくれた。
どれも思い当たる節ばかりだったが、読者から、それもファンタジー好きの人から直接聞かされると、参考になる情報ばかりだった。本当にありがたい。しかも、ほとんどが的確な指摘と感じた。この柔道部員、相当ファンタジー小説を読み込んでいるぞ。
作品の欠点を言うときには、ちゃんとオブラートに包んでくれた花菜さんに、俺の心が惹かれたのは……まぁ事実だ。腕力だけではなく、人間的な魅力も満点な女性だった。
「ところで、その。俺が、海原悟也であることは、このまま内緒にしててくれるかな」
「……いいよ」
花菜さんは、意外と簡単に俺の提案を呑んでくれた。良かった。
レストランを出ると、花菜さんが千円札を差し出してきた。食事代は割り勘だったはずだ。それに、口止め料なら本来俺が払うところだ。
「なに?」
「本の代金です。定価、税込み千円って印刷されてます」
そういうことか。
「いいよ、あげるよ」
「そうはいきません」
「いいってば」
「私を借りパク女にさせる気ですか?」
「……うん、わかった」
俺は千円札を受け取った。
千円というのは、適当に考えた金額だ。本に定価の表示がないのはおかしいだろうと思ってつけた金額だ。ハードカバーの小説は二千円前後が普通だが(ペーパーバックの小説は日本では少ないので、サイズの近いハードカバーを参考にした)、この本は半分くらいの文字数しかないので千円にしたのだ。本当は、作るのに一冊千円以上してるんだが、それは言わないでおくのが花だ。
別れ際、花菜さんは妙なことを聞いてきた。
「今度のデート、いつにしますか?」
どうやら、俺と花菜さんは付き合っているらしい……。




