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「こんにちは」
私は店の扉をくぐり、店員に声をかけた。
大通りの脇に伸びる、ひっそりとした小道。その入り口に建つ小さな店構えの酒店だ。
(前にリオンと出かけた時から、ちょっと気になっていたんだよねぇ)
特に闇営業をしているという怪しい雰囲気もなく、普通に一般のお客さんが出入りしていることは、事前に確認済みだ。客数が少なく、店舗での売買比率が少ない様子であることも。
(飲食店か何かの契約店に卸しているってとこね)
配達が主なのだろう。
ぐるりとあたりを見回す。やっぱり、ごくごく普通の店内で、現在の客は私一人だった。
「いらっしゃいませ」
四十代くらいの男性が、カウンターに立っている。店主だろうか。それとも雇われ人だろうか。彼以外の店員もいない。
「お安いですね」
私は、扉近くの棚の陳列された葡萄酒の瓶を手に取り、気軽な感じを装って話しかける。
「スレー地方で取れる葡萄で作られた、うーんと……辛口? のお酒でしたっけ?」
敢えて中途半端、かつ誤った知識を披露してみる。すると男性は苦笑しながら、私の言葉を訂正した。
「スレー地方で取れる、というところまでは合ってますが、辛口、ではないですね。寒さに耐えて、ぎゅっと糖分を溜め込んだ葡萄から絞り出す、希少な逸品で、甘口ですよ」
「すみません、生半可な知識を披露してしまって……。さすが、お詳しいですね。店主さんですか?」
尋ねると、男性は頷いた。
なるほど。この人は店主本人か。だったら話は早い。
私は葡萄酒の瓶を元の場所に戻しつつ、会話を繋げた。
「実は私も、今、ちょっと勉強している分野があるんです」
優しく微笑んだつもりだったけど、何故か店主が警戒した目つきになる。
……ん? 私の笑顔って、もしかして胡散臭い?
「酒税法っていうんですけど……三日間、寝ないで頭に詰め込みました」
私がそう告げると、店主の笑顔がみるみる間に強ばった。殺気立った目で私を睨みつける。飛びかかって来ないよう、警告しておこう。
「あ、入り口には警ら隊を配置してますからね」
自慢じゃないけど体力に自信がない。へなちょこな私が、成人男性と殴り合って勝てる要素など皆無だ。だから、勝てる人を呼んでおくしかないのである。
それに私は一応、隣の領主の娘だ。私の身に何かあったら、リオンが責任を感じるだろう。リオンはああ見えて、新領主として、私の身の安全には注意を払ってくれている。
店主は、ちらと入り口に視線を走らせた。人の気配を感じ取ったのだろうか、舌打ちをし、激昂した口調で訴える。
「密輸品なんて、他の店だって扱ってる! どうして俺の店なんだ!?」
まあ、確かに密輸なんていうのは、よくある犯罪だ。極刑とかにはならない犯罪の部類ではあるけれど。
「あら、密輸されていたんですか?」
私は首を傾げてみせた。だって私、密輸のみの字も出していないのに、向こうから言及してきたのだもの。
まあ、密輸の事実は、既に調べてもらって掴んでいたんですけどね。
私は微笑んだ。
「確かに密輸だけなら、追徴金の徴収とか、もうちょっと穏便に済ませますよ。でも……分かってますよね? 本当は。どうして警ら隊が張り付いているのか」
そう、この男性が容疑を受けている犯罪の名は殺人だ。密輸のようにお金で解決できるものではない。
「グラート様とは、どうやってお知り合いに?」
直球で尋ねてみる。しかし当然ながら、
「何のことでしょう」
ととぼけられた。まあ、認めたら即、牢獄行きですからね。
仕方ないので私は寂しく、独り言を披露することにした。




