7-6
グラート様から「さっさと帰れ」とのありがたい言葉を頂戴したので、私たちは素早く館を辞して馬車に乗り込んだ。そんな道のりで、向かいに座っているリオンから、
「急に設定を生やすな! 対応しづらいだろ」
という抗議を受けた私は、弁明に追われていた。
「何もなかったのに、メイアさんに手を出した、なんて言い張られたら困っちゃいますからね。グラート様ならやりかねないでしょう?」
「それはそうだが……」
考え込んだリオンは、はっと何かに気付いたかのように口を開いた。
「俺とお前がそういう関係だって広まるかもな」
リオンは私との妙な噂が立つことを懸念しているようだ。これは安心させてあげないと。
「それはないですね」
「なぜだ」
私が即答すると、リオンは何故か不服げに尋ね返す。その反応は予想外だ。
……リオンにとっては、私と恋仲なんていう噂は、ない方が絶対に良いでしょうに。
「グラート様から見れば、私がリオンの補佐ってだけでも目障りなのに、結婚なんて、おぞましすぎる出来事でしょう。噂であっても握り潰すはずですよ」
私はリオンより六歳年上で、年齢的には釣り合わない。
けれど身分的には釣り合いが取れているので「絶対にない」とは言い切れないところだ。
(現にジーク様は、私とリオンを結婚させようと企てていたし)
となると、グラート様の頭の中でも、その可能性はちらついていたはずだ。
「あの時の食堂は、私たち以外に誰もいなかった。話を聞いている人もいない。だったら絶対に隠しますよ」
「それはーーそうだな」
リオンは何故か、少しがっかりした様子でそう言ったのち、そういえば、と気を取り直したように話題を変えた。
「部屋を交換したが、お前にあてがわれていた部屋は、寝台は硬いし寒かった」
見た目は悪くなかったのになぁとぼやきながら、リオンはぐるぐると肩を回す。肩が凝っているらしい。
彼が一晩過ごした部屋は元々、招かれざる客である私に準備された部屋だ。嫌がらせをされてもおかしくない。
ただ私は腐っても領主の娘だ。表面上はもてなすていで取り繕っていたのだろう。
「でも、どうしてグラート様は私を目の敵にするんでしょう? 私はこんなに地味にひっそり生きているのに」
私がため息をつくと、
「地味? ひっそり??」
とリオンは含みを持たせた声で鸚鵡返したのち、
「色々あるが、直近では別荘の改装費用の中抜きを指摘されたからじゃないか」
と答えた。身に覚えはーーある。
「あれかぁ」
提出された見積もりで領地の財政から改修費用を助成したけど、実際支払われた金額を精査すると見積もりの半分だったんだよね。
浮いたお金の一部は業者への口止め料、残りは全て自分の懐に入れるという古典的な手口だ。
確かに中抜きを指摘したのは私だけど、業者を脅して口を割らせたのはリオンだから、私のせいじゃないと思います。
「ちなみにお前の部屋はどうだったんだ?」
「最高級の寝心地でした。ーーグラート様は貴方に、素晴らしい一夜をプレゼントしようとしてたんですねえ」
「……迷惑だな」
リオンがため息をついた。
「それに、大叔父上の手の者が夜這いにくるかもしれないと言いにきた時のお前、少しイラっとしてなかったか?」
「イラっともするでしょう」
だいたい今のリオンの様子にも、正直、ちょっとイラッとしている。
「貴方は仮とはいえ領主でしょう? 関係を持つなら、それなりの相手じゃないと問題になります。ましてやグラート様の手の者とか絶対ないし!」
上流階級至上主義思考のグラート様に弱みを握られては、領民のための施政が滞ってしまう。領民を税金を貢ぐためだけの存在としか思っていない輩だ。
「護衛くらい入れて欲しいんですよね。確かに貴方は強いけれど、刺客は普通、真っ向から来ませんから」
そう、私がリナに護衛してもらったように、リオンも護衛を入れるべきだったと今でも思っている。
彼はとても強いけれど、それは正々堂々と戦う場合に限る。こんなふうに搦め手で来られたら、戦闘力だけではどうにもならないでしょうに。
けれど。
「いや、俺が護衛を連れてきたら、それも問題だろう。お前を信用していないと公言しているようなものだ」
リオンの言うことももっともだ。けれど。
「バレなければいいんですよ」
私だって大っぴらにリナを連れてきたわけではない。そんな私の考えを察したのか、リオンが捕捉する。
「お前は弱いから護衛が必要だろう。というか護衛をつけずに外に出す気はない」
そう言いながら彼は腕を伸ばして私の頬に手を当てた。
「なあ。お前は、俺が女相手だったら躊躇するとでも思っているのか?」
リオンはにっこりと微笑んだ。どこか毒のある蠱惑的な笑みで、長年の付き合いがある私だからときめいたりしないけど、初心なお嬢さんならクラクラきてしまうだろう。
「その女が俺の寝室に侵入していたら、ためらいなく斬っていただろうな」
魅惑的に微笑みながら、言っていることは物騒だ。
「大叔父には、不審者が押し込んできたから、咄嗟に反撃したとでも言っておけば、どうにでもなるだろう?」
「えぇ……」
……何というかリオンは私にとって、小さい頃からよく知っている生意気な男の子なんだけど、領主らしい冷徹さも身につけているんだなと改めて気づく。
メイアは命拾いしたということなのだろうか。
何にせよ。
「脳筋だ……」
一体いつから、こんな脳筋になったんだろうか。子供の頃はエレナちゃん、エレナちゃんって着いてきて、可愛かったのになぁ。
「まあ、一年に一度の義務はこなしたから、当分この屋敷に行くこともないだろうな」
と言ってリオンはもう一度、凝っているらしい肩を回した。




