7-2
何というか……妖艶な美女だ。開いた襟ぐりから覗く豊満な胸の谷間が際どい。
彼女はワインを注ぎながら、リオンの顔にその豊かな胸を近づける。
誘惑しているのが見え見えだ。
でも、そのあからさまな行動を誰も咎めることはない。つまりこれはグラート様の指図だということだろう。
既得権益を守るために、リオンと自分の手の者と懇ろにさせて、自分の陣営に引き摺り込みもうという魂胆かな。
確かに古今東西、ハニートラップというのは男性の生物的本能という弱点を突く、意外に有用な罠だ。
(でも、何故に年上??)
普通、こういう時には色気のある「年下」の子を選ぶものではないだろうか。
これは偏見かもしれないけれど、男の人はだいたい年下の女性が好みのような気がする。でも、この女性は私と同じくらいか少し年上だろう。ーーグラート様の考えが分からない。
ほら、リオンもなんか微妙な顔をしているし、体を引いているし。
というか、なんか助けを求めるような目で見てくるし。
(こっち見るな)
って思ったけど、リオンは若い男性だ。将来を一緒に考えてくれるようなご令嬢ならともかく、グラート様の手の者の誘惑にうっかり負けてしまって、弱みを握られてもまずいから仕方がない。
「私にもワインをくださらない?」
私は女性に声をかけた。
リオンに秋波を送っていた女性は当然のように無視してきたけれど、リオンが、
「彼女は私の補佐をしている者なんだ。彼女のことは私だと思って、同様にもてなしてくれると嬉しく思う」
と促すと、しぶしぶといった様子で私の元にやってきて、ワインを注ぐ。当然、私の顔に胸元を近づけることもない。
つまらなさそうな顔をしてワインの注ぎ口を拭いている女性に、私は空気を読まず、愛想良く話しかける。
「これはクオリー産二十年ものの記念ワインですよね。素晴らしいものを、ありがとうございます」
「いえ……選ばれたのはご主人様ですから」
私に対する態度は、当然ながら素っ気ない。ただリオンの手前、無視はできないようで、ちゃんと会話は返してくれるようだ。
私はワイングラスに口をつける。芳醇な香り楽しみながら、再び女性に声をかけた。
「そういえば最近、お酒がとっても安くなってきているんですよ」
「え?」
唐突に振られた話題に、女性は面食らっているようだ。
「領民の皆さんのお財布にはとても優しいですけど、どうしてお安くなっているのか、一緒に想像してみません?」
「それは……」
女性は視線を泳がせる。でも考える暇は与えない。
「たとえば、ちょっとだけ量を増やしたかったら、手っ取り早く、どうしたらいいんでしょうか……?」
私は思わせぶりに水が入ったグラスに手をかける。同時に、リオンが興味深げに女性を見つめ、無言で何か答えるよう圧力をかけて、私のフォローをしてくれる。
女性はリオンの期待に応えなければと思ったのだろう、おずおずと口を開く。
「水を……」
単純な答えは「水を混ぜて薄めて増やす」だろう。
……まあ、今、市中に出回っている酒の価格が下落している理由は、それではないけれど。
ただ、ここで「お酒の価格の変動に、私たちが違和感を覚えている」ということを、グラート様の前でちらつかせておくことが大事なのだ。
そう、これはリオンから女性を引き離すと同時に、グラート様の反応を窺うために振った話題だった。
「メイア!」
案の定、グラート様が声を荒げる。ーーやっぱり、突かれたくないところだったんだなあ。
それと、この人、メイアっていう名前だったんだ。
グラート様の館にどんな使用人がいるかは、防犯上、ある程度把握しているんだけど、この人は今まで見たことはない。ただ、名前には聞き覚えがあった。
とはいえ、このメイアという女性が、重要な情報を持っているとは思えない。ただのハニートラップ要員だろう。
けれど、万が一、彼女が何か余計なことを口走ったらまずいと思ったのだろう。グラート様は憎々しげな目つきで女性を見やると、
「もう良い、下がれ」
と突き放すように言い放った。メイアと呼ばれた女性は、
「も、申し訳ありません」
と青ざめながら食堂から出て行った。ともあれ、リオンの救援要請には応えられたわけだ。
(やれやれ)
その後の食事会は特段、何事もなく終わった。ただただ、気分を害したグラート様が、
「高級な酒を前にして安酒の話なぞ、さすがは貧乏領主の娘は品がないの。酒が不味くなる」
といった愚痴を延々と垂れ流すのを右から左に流しながら聞いていた。
何にせよ、
(あからさまに仕掛けてくるようなことはなかったな)
ということで一息ついた。
食事会が終わると、日々の心痛で表情筋が死滅していそうな使用人が、
「お部屋へご案内いたします」
と声をかけてきた。どうやら宿泊するための部屋を案内してくれるらしい。
(一泊かぁ……)
使用人に導かれながら、私はリオンに小声で声をかける。
「ねえ、リオン。ちょっとお願いがあるんですけど」




