表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲーム、壊れた。 ~バタフライ効果は、侮れない!~  作者: 灯乃
『西』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/28

薔薇の国の美春

 凰華学園高等部では、部活動への参加が必須である。

 そのことを知ったとき、美春はまだ自分のイケメンホイホイ体質を自覚していなかった。

 テキトーにどこか楽そうな部活動に参加して、できれば素敵なライバルキャラたちとお近づきになれたらシアワセシアワセ、と平和に呑気なことを考えていたものである。


(ふ……っ、そういえばおれにも、そんな純情可憐な時期がございましたかね……)


 ――自分の呪われた体質を理解してしまった現在、美春は過去の己がちょっぴりねたましくなっていた。

 あの頃の自分に、心から忠告してやりたい。

 今の幸福を、目一杯満喫しておくのだぞよ、と。


 だが、日本男児のプライドをいまだ失ってはいない美春はそこで遠くを見たりせず、先日来地道に懸命に作り続けている『危険な部活動リスト』の末尾に、新たに茶道部の名を追加した。

 この手の部活動ならば、その構成員はほとんどが女子だ。

 攻略キャラたちも棲息していないだろうし、おっとりとしたお嬢さま方の集いであるなら、おそらく安全だろうと思っていたのだが……甘かった。

 なぜなら、茶道部の部長は攻略キャラである生徒会長の、華道部の部長は同じく攻略キャラである生徒会副会長のファンクラブ会長も兼任しているという、とてもとてもオソロシイ部活動だったのである。


 武闘系の道場と同じく、茶道部と華道部の部室も学園の敷地内にそれぞれ和風建築の部室、というより部家屋ともいうべきものを所有しているのだ。

 茶道部で熱湯をぶっかけられたり、華道部で剣山を投げつけられたりしては、美春のドジっ子体質では――もしかしたら逆に愉快なナニカが生じて逃げられるかもしれないが、そんな奇跡を期待するのは愚かなことだ。

 我が身を確実に守るためには、そんな危険地域からは断固として距離を置いておかねばなるまい。


 ため息をつきながら凰華学園の部活動一覧と、自分の作り上げた危険な部活動一覧を見比べていた美春は、自分の生きる世界がどんどん狭くなっていっている気がしていた。


(く……っ。この学園にはイケメンのファンクラブ会員が所属していない、平和で安全で可愛い女の子ときゃっきゃうふふな青春を謳歌できる、普通の部活は存在していないのか!? おれはただ、ココロと生命の安全を確保したいと願っているだけなのに! なぜそんなささやか、かつ慎ましやかで小さな願いが叶えられない……ッ!)


 先日など、いっそ攻略キャラの所属していない運動部のマネージャーでも狙ってみるかと思い立ち、野球部のグラウンドを目指して歩いていたら、突然誤作動したスプリンクラーの直撃を食らってしまったのだ。

 そのとんでもない水圧に肝を潰し、全身びしょ濡れになりながら腰を抜かしていると、偶然通りかかったご親切な生徒会長さまが、よりにもよってお姫さま抱っこで保健室まで運んでくださったのである。


 もしかしたらあれも、何かのイベントだったのだろうか。それにしては、あまりにハードな水圧だったのだが。本当に鼻が潰れたかと思った。

 美春はそのときもちろん、生徒会長さまのにこにことしているくせにやけに押しが強く、かつ胡散くさい笑顔をぶん殴ってでもその腕から逃げ出したい、と心底思った。

 しかし、あのごく普通の審美眼を持っているお嬢さんなら誰でも一目でフォーリンラブしそうな顔にそんなことをしようものなら、今頃美春の命は彼女のものではなかったかもしれない。

 保健室に辿り着くまでの間、射殺すような視線を本当に震えが止まらなくなるレベルで感じていたから、もしかしたらすでに美春の命は風前の灯火なのかもしれない。


 ……とりあえず、その辺はあまり深く考えないことにする。考えたところで、なんの発展性もなさそうだ。

 はぁ、とため息をついた美春は、ふと眺めていた部活動一覧の中に、まだ赤線でチェックの入っていないものを見つける。

 今まで何度も見ていたはずなのに、その部活動が一度も意識に引っかからなかったのは、やはりそれが美春の性格と感性及び嗜好から、あまりにかけ離れたものであったからかもしれない。


 ――文芸部。


 それは、文学というものをこよなく愛する者たちの集う場であり、喧嘩上等な思考回路を搭載している美春にとってはまったく無縁のもののはずだった。

 しかし現在、自己防衛本能がすさまじいレベルでフル稼働している美春は、その分のーみその活動も活発になっていたのだろうか。

 突如として、ぴっかりと脳内でキラめくものがあった。


(文芸部……文芸部! それ即ち、和風美少女タイプのライバルキャラが、放課後ひっそりと読書に勤しんでいる場所だったような気がする! いまいち自信は持てんけど!)


 美春は一瞬、脳裏に思い浮かんだ可能性に浮かれる。

 だが、残念ながら彼女は己の記憶力にはあまり自信が持てなかった。

 少し悩んだものの、ほかの赤線チェックの入っていない部活動の中にピンとくるものはない。

 とりあえず、まずはコッソリ文芸部の様子をうかがってみるか、と結論を出す。

 それは、美春がこのところ連続して発生しているイケメンとの接近遭遇イベント――という名の命の危機に瀕していることより、以前よりはかなり慎重な行動ができるようになったからである。

 どんな人間にも、進歩というのは決して不可能ではないのだ。

 たとえそれが、美春のような三歩歩いたらイヤなことはすぐに忘れてしまうところが長所でもあり短所でもある、非常に脳天気なアホの子であろうとも。


 そうしてその日の放課後、教室を出た美春は右見てー、左見てー、また右を見てー、という小学生のお手本になれそうなきっちりとした危機回避行動ののち、別棟にある文芸部室へと向かった。


(おぉー、これが文化系部活棟ですかー。さすが、オカネモチ学園は違うやねー)


 普段使っている教室のある棟とは、またひと味違った雰囲気である。

 あちこちに飾られている調度品も、なんだかこちらの方がいかにもお高そうな感じがする。

 今まで足を踏み入れたことはないけれど、おそらく高級ホテルの内装とはこんなふうなのではないかと思う。

 柔らかな色合いの壁紙と、ほどよい毛足の絨毯。

 これならば転んでもダメージは低そうだ、と考えてしまうのは、美春が保健室の常連となってしまうほどのドジっ子属性の持ち主だからである。


 若干気分が明るくなった美春は、『文芸部』のプレートが掲げられている扉の前で、再び前後左右を確認した。慎重である。

 それから軽くノックをしてみたのだが、一向に返事がない。

 今日は、活動日ではなかったのだろうか。

 文芸部というのが日頃どんな活動をしているものなのやら、美春にはまるで想像もつかない。

 明日にでもまた出直そうかと思ったけれど、わずかな好奇心と、素敵なライバルキャラと遭遇できるかもしれないという期待が、そのときの美春を動かした。

 開いていなければそれまで、と軽い気持ちで回してみたドアノブが、素直に回って小さな金属音を立てる。


「失礼しまーす……」


 こそっと声をかけてから押すと、扉はあっさり開いた。

 少なからずどきどきしながら中をのぞいてみると、ガラスの扉つきの本棚がびっしりと壁一面を埋めている室内の様子が目に飛びこんでくる。

 その迫力は、今まで本というものにほとんど縁がなかった美春には壮観ともいえるものだった。

 大量の書籍が「ぴっ! 前へー、倣え!」という号令の相応しい整然とした佇まいで美春を迎えてくれる。

 しかし、そこにはライバルキャラどころか部員のひとりも存在していなかった。


 誰もいないのに鍵もかけていないとは不用心なことだな、と思う。だが、よく見てみれば本棚のガラス戸は鍵つきのもののようだった。

 その辺の廊下にぽんと置いてある置物だって、決して安物ではなさそうだ。お坊ちゃまお嬢ちゃまの集うこの学園では、校舎内での窃盗など想定外なのかもしれない。……やっぱり、不用心なことである。


(このお高そうな本って、売ったらいくらになんのかなー)


 そんなことを考えながらずらりと並んでいる分厚いハードカバーを眺めていた美春は、ふと部屋の奥にある小さな木製の戸棚に気がついた。その扉には、きっちりとした文字で『部員以外の解放を禁ず』と書かれた紙が貼り付けられている。

 美春は、ぱっと顔を輝かせた。


(おぉ! これはおれに開けろということだな!)


 ……美春は、ダメと言われたことはとりあえずやってみたくなる、本能と好奇心の赴くまま脊髄反射で人生を渡っていくことに、なんの疑問もためらいも持たないタイプのイキモノだった。

 生まれてはじめて赤い非常ボタンを目にした小学生のようにわくわくしながら、足取りも軽く戸棚に近づく。

 そしてうきうきした気分のまま、すぱーん! と景気よくその扉を開く。


(……?)


 戸棚の中をのぞきこんだ美春は、首を傾げた。

 部員以外は開いてはいけない、と注意書きがされているくらいなのだから、何か面白いものが隠してあるのかと期待していたのだ。

 なのにそこに整然と並べられているのは、妙に明るくカラフルな色彩の薄い冊子ばかりである。

 何かの文芸雑誌のバックナンバーなのかな、とも思ったけれど、それにしては厚みがなさすぎる気がする。


 一体なんなのだろう、と不思議に思ってその中の一冊を取り出した美春は、そのままびしっと固まった。

 なぜなら、その表紙に描かれているイラストが、先日接近遭遇した生徒会長が、腹黒鬼畜陰険眼鏡な生徒会副会長と手を取り合い見つめ合っているの図を描いたものだったので。


(こ……ここ、こ……っ)


 束の間、脳内でニワトリになってしまった美春の脳内で、むかーしむかし、遠い世界の姉が酔っ払った際に教えてくださった薄い本的情報がすさまじい勢いで駆け巡る。

 彼らは絶対に乙女を腐らせるために生まれてきたに違いないとか、王道とはやはり王道たる理由があるからこそそう呼ばれているのだとか、副会長の生徒会長にデレたときの笑顔が破壊力ハンパなさすぎるとか――そんなことは即座にスルーして忘れていたはずなのに、人間の脳とはまだまだ未知の可能性に満ち溢れているものであるらしい。

 美春は、ぎゅっと目を瞑った。現実逃避の基本のキである。


(こ……こんな腐ったモンは、読書が趣味の和風美少女が嗜んではいけないと思いますううぅううぅうーっ!!)


 ……『和風美少女』という素敵な単語に対し、正しい日本男児としてきっちり夢と幻想を抱いていた美春は、目の前にある情け容赦ない現実によって激しく打ちのめされた。

 しばしの間、よよよと床に座り込んでいた美春だったが、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 何も見なかったことにして立ち去ろう。

 この文芸部というのはある意味華道部や茶道部よりも遙かにレベルの高い危険地帯である、と自分に言い聞かせながら立ち上がる。


(おれは何も見なかった、おれは何も見なかった、おれは何も見なかった。大事なことだから三回……じゃ足りないか。おれは何も見なかった。よし。これだけ思えば大丈夫。たぶんきっとおそらくめいびー)


 そうして元通りにパンドラの匣――ではなく、文芸部員にしか開いてはいけない戸棚の扉を閉めると、美春は文芸部室をあとにした。

 再びもはや習性となりつつある安全確認を重ねながら、ようやく自分の教室に帰り着いたときには、まるで知らない街でコンビニを見つけたときのような安堵を覚える。

 やはり人間というのは、見慣れたものを見ると安心するようにできているらしい。

 美春は、ほっと息を吐いた。

 さて今日は何事もなかったことだし、さっさと帰ってお茶漬けでも食べましょうかね、と思ったところで、自分が右手に何かを持っていることに気づく。


(あれ、おれ手ぶらだったは……っ)


 そのとき、美春の左手が勝手に動いた。

 中途半端に開きかけの口を、べしっと塞ぐ。

 危うく盛大な悲鳴を上げそうになったのを、「ダメ! 終わる! いろいろな意味で!」と叫ぶ本能が辛うじて抑える。

 美春は自分の防衛本能に、ココロの底から感謝した。

 冷や汗が滝のような勢いでだらだらと背筋を伝い落ちていく。

 己の右手にあるのは、何度見直しても先ほど文芸部で発見してしまった薄い本。


 ……どう言い訳をしようとも、これは立派なドロボーである。ここは素直に文芸部に返しにいって、ゴメンナサイをするのがスジというものだろう。

 いかに本能のままに生きている美春とて、それくらいの常識と良識と判断力くらいはあるのだ。

 部外者は見ちゃダメダメよ、と言われているものをコッソリのぞくくらいなら、些細なイタズラで済むだろう。

 だが、ドロボーは刑法で罪を問われてしまう立派な犯罪だ。


 盗まれて、泣くひとがいる、ダメ絶対。


 ――姉から何度もそう言われて育った美春は、その教えに背くことだけはできなかった。

 たとえその教えを貫くためには、己のライフをほぼゼロにまで減らすことが確定している苦難の道を、たったひとりで乗り越えなければならないとわかっていようとも。

 美春は、姉に祈った。


(ねーちゃん……。おれに力と勇気を与えてください。自業自得と言われようと、他力本願も甚だしいと言われようと構いません。おれに搭載されているドジっ子属性は、ときに平気でおれ自身を滅ぼそうとしてくるんです)


 祈りというのは、ときに強固な自己暗示となりうる。

 美春は心からの祈りによって、力はともかく勇気は得た。ブラボー。

 だがこんな煌びやかな薄い本を、再びそのまま持ち歩く勇気はさすがにない。鞄の中に丁寧にそれを収め、パン! と両手で頬を叩く。

 そうして気合いを入れ直し、再度魔窟――ではなく、文芸部の部室へ向けて、己の誇りを懸けた第一歩を踏み出す。

 美春はイヤなことはさっさと済ませて、とっとと縁を切りたい派なのである。

 文芸部員がやってくる前に、さっと侵入してささっと薄い本を元に戻し、さささっと撤退すれば何も問題はないはずだ。


 まるでイニシャルG、もしくは忍者の如き素早さで再び文芸部の部室へと辿り着いた美春は、そこがまだ無人であったことに心底ほっとする。

 素早く内部へと侵入し、奥の戸棚に突撃。すかさずしゅびっと取り出した薄い本を、ターゲットロックオンののち、適当な隙間に電光石火で叩きこむ。

 常日頃のドジっ子美春を知っている者が見たなら、きっと目を疑うに違いない、別人の如き早業である。


(ふ……っ。今のおれには、ねーちゃんの守護がついているのだッ)


 うっとりと自画自賛した美春は、唇の端を吊り上げながらそっと戸棚の扉を閉めた。

 たまには豪華に鮭茶漬けもいいかもしれん、と今夜の夜食に思いを馳せながら立ち上がる。

 見事にミッションコンプリートした己を讃えつつ、いざ撤収と部室の扉を開こうとして――


(へ?)


 ドアノブを掴もうとした右手が、すかっと宙を切る。


「まぁ……?」


 目の前に佇んでいるのは、切れ長の瞳と腰まで伸ばした漆黒の髪が実に魅惑的な極上美少女。

 どこか西洋のお姫さまめいた雰囲気のある花音とは違い、こちらは数年後には見事な純正和風美人になりそうな、それはそれはたおやかな風情の少女である。

 美春は咄嗟に、彼女の胸元に目をやった。


(……うむ、ナイス盛り! これはかなり着やせするタイプと見た!)


 内心、ぐっと親指を立てる。

 花音ほどのわかりやすい特盛りではないが、このしっとりとした美貌は「すいません、ちょっと和服を着て見せてくださいお願いします」と拝み倒したくなるレベルである。

 この麗しさといい、この盛りといい、彼女は和風美少女タイプのライバルキャラである『鳴宮奏』に違いない。

 じーん、と感動した美春は、目先の欲望に思いきり引きずられるタイプだった。

 何度か瞬きをした奏が、不思議そうな顔をして口を開く。


「あの……。もしや、文芸部の見学にいらした新入生の方でしょうか?」

「はい!」


 美春は、いい子のお返事をした。

 なぜなら、確かに当初の目的はその通りだったので。

 人間というのは、向けられた質問に合致する答えを持っていた場合、たとえそれが多少過去のものであろうとも、反射的にその通りの反応をしてしまうものなのである。

 満面の笑みを浮かべてうなずいた美春に、奏も嬉しそうな顔をしてほほえんだ。


「嬉しいですわ。文芸部の部員は今のところ、部長の海原由梨那さまとわたくし――あら、申し訳ありません。自己紹介もまだでしたわね。わたくし、二年の鳴宮奏と申します」


 美春は、ビンゴー! と叫びたい気分になったものの、さすがにそこはぐっと我慢する。


「一年の愛川美春でッス! 勝手に部室に入ったりして、申し訳ありませんでしたーっ!」


 潔く頭を下げる。

 美春は自分が悪いと思ったら、きちんと『ゴメンナサイ』ができるいい子なのである。ただし、相手がイケメンである場合を除く。

 奏は美春の勢いに少し驚いたようだったが、すぐに再び笑みを浮かべる。


「こちらこそ、せっかく見学にいらしてくださったのに、お迎えできなくて申し訳ありません。どうぞ、ごゆっくりしていらしてくださいな」

「ハイ、喜んでー!」


 ……再びいい子のお返事をした美春は、三歩歩いたらイヤなことはすぐに忘れて生きていくことのできる、とてもとても前向きで幸せな思考回路の持ち主でもあった。


(あぁ……ッ、巨乳の和風美少女ってーのはやっぱり日本男児の魂にとって、非常に趣深くボディブローを抉り込んでくるモンなんですね! おれは女の子の柔らかそうな二の腕が大好物です。マジで早く夏服希望ッ!)


 にへにへと緩みきった笑顔を浮かべながら、奏が淹れてくれた紅茶を内心「苦ー、でも男の子だからミルクと砂糖は我慢しますッ」と思いながら啜る。

 美春は、至高の幸福とはこれかと感涙した。

 何しろかねてからの願いが叶い、素敵美少女なライバルキャラである奏と、ふたりきりでのティータイムを堪能中なのである。

 これを幸せと言わずしてなんと言う。


 世の男どもうらやましかろう、はっはっは。白いハンカチを噛みしめて「キーッ!」となってくれても構わんぞ? と、それはそれはもう心の広さが太平洋並に膨張しつつあった。

 美春は、その後遅れてやってきた文芸部部長の海原由梨那からも、心からの笑顔で歓迎された。幸せいっぱい夢いっぱいの気分のまま、文芸部の入部届にサインする。

 奏が、おっとりと由梨那に話しかける。


「由梨那さま。美春さんが入部してくださって、本当によかったですわね」

「そうだな。これで今年度の新入部員がゼロという憂き目は免れたわけだ。……最悪でも、部費は現状維持といったところだろう」


 ふっと由梨那が短く息を吐く。クエスチョンマークを浮かべた美春に、由梨那は少し気まずそうな顔をする。


「いや、すまない。せっかく入部してくれたきみの前で言うことではなかったな。忘れてくれたまえ」

「はぁ……?」


 なんだかよくわからないが、たとえ相手が地味系眼鏡女子であろうとも、女の子のお願いとあれば素直にうなずく美春は、すべての盛りを愛する公平で健全な日本男児であった。


(奏サマはなんちゅーかこう、キレイすぎて観賞用なノリだしなー。部長のデキる女オーラとスレンダーバディに相応しいささやかサイズの盛りも、それはそれで全然アリだと思います、ハイ)


 美春が愛せない盛りは、まな板と評されても誰にも文句を言えない、つるぺたな己自身のものだけだ。

 そこでこっくりとうなずく美春を満足げに眺めた由梨那が、新入部員を確保できたことで少しばかり心の平穏を得た結果、薄い本の製作スピードはこののち一気に減速することになる。

 それにより欲求不満に陥ったファンクラブ会員たちが、その原因となった美春に一層の逆恨みを募らせていくことは――今の時点では、誰も知る由もないことなのであった。






由梨那「足を洗うにはいい機会なのかもな……(最近、薔薇の世界から帰ってこられなくなりそうな自分が、ちょっと怖かった)」

奏「わたくしはパーティー会場でおふたりのご様子を生で堪能できますから、さして問題ありませんわ(今までソッチの世界に免疫がなかった分、己の欲望にはかなり忠実)」

美春「あれ、なんか大事なことを忘れているような気が……(自己防衛本能により、記憶の一部が欠損中)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ