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第五章 評価の格付けとミントの氷結

 第一演習場の熱気はいまだ冷めやらぬまま、学院対抗戦の次なる局面へと移行していた。観客席の緊張感は、開始当初とは全く異なる質のものへと変化している。当初は「アストリア家の落ちこぼれ令嬢がどう惨敗するか」を見物する冷やかしの視線であったが、いまや全校生徒の目が「彼女は今度はどんな『味』として魔法を食すのか」という、一種の期待と恐怖に満ちた好奇心へと変わっていた。「おい……気づいたか?」「ああ……リゼット様の『食レポ』、魔法の威力や格によって明らかにテンションと評価が変わってるぞ……」観客席の鋭い生徒たちがひそひそと囁き合う。それもそのはずである。 初戦の雑兵が放った初級火球術(ファイアボール)に対して、リゼットは一口で呑み込んだ後、「……可もなく不可もなく。少々火力が強すぎて、焦げ臭さが目立ちますわね。下ごしらえの甘い露店の焼き串のようですわ」と一蹴していた。中級の練気水弾(アクアバレット)に対しては、「ふむ……のど越しは滑らかですが、少々ミネラル分が足りません。井戸水に一滴のシロップを垂らした程度の『なかなか』なお味ですわ」と評していた。つまり、彼女の底知れぬ胃袋と舌において、魔法の等級(ランク)と術者の魔力精度は、そのまま「料理の格付け」として厳格に査定されていたのだ。「なるほど……雑魚魔法は『ファストフード』、中級は『大衆食堂』……そして……」観客席のざわめきを切り裂くように、一人の男が優雅に演習場の中央へと歩み出た。氷の結晶を模した銀色の刺繍が施された、絢爛豪華な青い法衣。 北方の名門魔導貴族——フロストベルク公爵家の嫡男、シルヴァイン・フロストベルクである。「フッ……無知な豚どもが。私の至高の氷結魔法を、そのような下等な『食べ物』と同列に語られては困るな」シルヴァインは長髪をなびかせ、細身の魔導細剣(レイピア)を優雅に構えた。周囲の空気が一瞬にして凍りつき、演習場の地面に白い霜がサッと広がっていく。「リゼット・アストリア。お前の異能……実に不愉快だが、私の前ではただの余興に過ぎん。我がフロストベルク家に代々伝わる究極の氷結魔術は、魂すら凍てつかせる絶対零度の芸術。それを『味わう』余裕など、一切与えん!!」絶対的な自信に満ちたシルヴァインの宣告。だが、その対峙する位置に立つリゼットはといえば——。(まあ……!なんて涼やかで清冽な魔力……!)リゼットの瞳はキラキラと輝いていた。周囲の温度が下がるにつれ、彼女の鼻腔をくすぐるのは、初夏の朝に澄み切った高原で吸い込む空気のような、どこまでも清涼で甘やかな香りであった。「爺……あのお方のお召し物、どこか高級洋菓子店のパティシエのように見えませんこと?」「お嬢様、失礼ながらあちらはフロストベルク家の若様でございます。ですが、漂う魔力の結晶度は極めて高く、最高級のアイスデザートに匹敵する純度かと拝察いたします」アルベールが胸に手を当て、そっと耳打ちする。「まあ! デザート!前菜、メイン、フルコースと続いて、ついにデザートの時間ですのね!」リゼットはお腹にそっと手を当て、期待に胸を膨らませた。「戯れ言はそこまでだ!我が一族の誇りにかけて、貴様を永遠の氷漬けにしてやる!」シルヴァインが魔導細剣を頭上に掲げた。彼の全身から解き放たれた青白い魔力が、空中で巨大な魔法陣を描き出す。その魔法陣は一段にとどまらず、二段、三段と重なり合い、演習場全体を包み込むほどの広大な絶対零度の空間を形成していく。「見よ!これぞ我が一族が到達した氷術の極致——『絶対凍結の小夜曲(セレナード・フロスト)』!!!」



ドバァァァァァンッ!!!!!



 空間そのものが軋むような音とともに、巨大な氷の嵐がリゼットへ向けて解き放たれた。 ただの氷ではない。一瞬で十メートルを超える氷柱が幾重にも連なり、あらゆる存在を分子レベルで凍結させる、まさに究極の広範囲攻撃魔法であった。「熱気すら凍りつく超低温……!これなら飲み込む隙すらなく、口に入れた瞬間に全身が凍結破砕する!!」シルヴァインが勝ち誇ったように叫ぶ。襲いかかる極寒の濁流。 観客席の生徒たちが寒さに震え、思わず顔を背けた。しかし、その灼熱ならぬ極寒の嵐の中心で、リゼットはうっとりと目をつむり、小さく息を呑んでいた。(ああ……素晴らしい……! この密度の高い、不純物の一切ない純白の氷……!)リゼットは『ひとときの食卓』の領域をさりげなく足元に展開すると、目の前に迫る巨大な氷柱の嵐へと、そっと指先を伸ばした。



カチャ。



 彼女の手元に現れたのは、クリスタルガラスでできた美しく繊細なスプーン。迫り来る氷柱の尖端を、リゼットはスプーンで優雅に「すっと」すくい取った。効果音:シャリッ……。本来ならばすべてを凍てつかせるはずの究極の氷結魔法が、彼女のスプーンに触れた瞬間、まるで極上の氷菓(シャーベット)のように柔らかく解れ、可憐な銀の器の中に美しく盛り付けられていく。「な……!?私の『絶対凍結の小夜曲』が……すくい取られた……!?」シルヴァインが目を見開く。リゼットは襲いかかる巨大な氷の嵐を、右へ左へスプーンを滑らせながら、次々と「すくって」いく。



シャリッ、シャリッ、シャリッ……♪



 幾重にも迫っていた恐ろしい氷柱の群れは、ものの数秒で綺麗にカッティングされ、リゼットの手元にあるクリスタルグラスの中に、山盛りの涼しげな氷菓子へと姿を変えてしまったのである。残された氷の嵐は綺麗に消え去り、演習場には心地よい涼風だけが残されていた。リゼットはクリスタルグラスを手に持ち、静かにスプーンで一すくいすると、それをそっと唇へと運んだ。すうっと、舌の上に乗せる。



シャリ……。



 リゼットは静かに目を閉じ、その味わいを全身で噛み締めた。数秒間の静寂。 会場にいる全員が、彼女の唇から発せられる言葉を、固唾をのんで待っていた。「……あぁ」リゼットの口から、うっとりとした感嘆の吐息が漏れた。 彼女の頬がぽっと淡い桃色に染まり、エメラルドグリーンの瞳が潤みを帯びて輝き始める。「ひんやりとして……舌の上で静かに溶け……後味にミントのような爽やかさが残る……まさに逸品ですわ……!」その声は、真実の感動に満ちていた。「この澄み切った魔力の結晶化……余計な雑味が一切なく、氷の粒子が均一に整えられていますの。そして何より、魔法が消え去る瞬間に広がる、このほのかなミントのような清涼感!重厚なお肉料理(ドノバンの火炎)と、濃密なグラタン(ゼルギウスの召喚)をいただいた後の食後に、これ以上ない最高のお口直しですわ……!」リゼットは涙ぐみながら、うっとりと手で頬を包み込んだ。「星三つ……いいえ、星五つですわ! これほどのデザートに出会えるなんて……!」大絶賛である。これまで数々の魔法を「立ち食い」「ファストフード」と切り捨ててきたリゼットが、初めて見せた最高ランクの評価。シルヴァインは一瞬、己のプライドをくすぐられ、不覚にもフッと鼻を鳴らしかけた。(ふ……フン、当然だ。我がフロストベルクの氷結術の美しさが分かったか……)だが、リゼットの次の言葉が、彼の誇りを根底から打ち砕いた。リゼットは満足そうに口元を拭うと、すっと背筋を伸ばし、大真面目な顔でシルヴァインに向かって言い放ったのだ。「すばらしいお味でしたわ。——料理長を呼んでいただけます?」間髪いれずに、シルヴァインの絶叫が演習場に響き渡った。「魔法だよ!!!!!!」シルヴァインは魔導細剣を叩きつけんばかりの勢いで叫んだ。「何が料理長だ!俺だ!!撃ったのは俺だろ!!フロストベルク公爵家の嫡男、シルヴァイン・フロストベルクだ!!パティシエでもシェフでもねぇんだよ!!」「まあ……?」リゼットは驚いたように可憐な口元に手を当てた。「では、あのミントのような清涼感と絶妙な氷のシャリシャリ感は……すべてドノバン様……いいえ、シルヴァイン様がお作りになったのですか?」「作ったんじゃなくて放ったんだよ!!殺すために放ったんだよ!!」「信じられませんわ……このような繊細な味わいを、攻撃として放ってしまうなんて。あまりにも勿体なさすぎます……!シルヴァイン様、ぜひ我がアストリア家の専属専任パティシエとしてお給仕していただけませんこと?」「行くかぁぁぁぁっ!!誰が専属パティシエだ!!俺は宮廷魔導師を目指してるんだよ!!」膝から崩れ落ち、頭を抱えて叫び続けるシルヴァイン。究極の氷結魔法を「ミント味の絶品シャーベット」として完食され、スカウトまで打診された彼のメンタルは完全に崩壊していた。



「勝者……リゼット・アストリア……!」



 もはや恒例となった審判の動揺したアナウンスが響き渡る。観客席の生徒たちは、崩れ落ちるシルヴァインを哀れむ目で見つめつつも、興奮を隠しきれずにいた。「すごい……あのフロストベルクの氷結魔法が『ミント味の氷菓子』評価だぞ……!」「絶賛だったな……やっぱり魔力の純度が高い魔法ほど、美味い料理になるんだ!」「おい、次の対戦相手は誰だ!?」「次は雷属性のバゼル先輩だぞ!」「雷……!?雷って一体どんな味がするんだ!?」 「パチパチ弾けるキャンディみたいな感じか!?」「いや、スパークリングワインのような炭酸系じゃないか!?」観客席の議論は、もはや勝敗の予測ではなく、「次の魔法は何味なのか」という完全なグルメ品評会へと化していた。戦場であるはずの演習場が、一人の令嬢の類まれなる「食欲」と「評価」によって、至高のレストランへと作り変えられていく。「ふふ、皆様とても熱心にメニューを予想してくださっていますわね、爺」リゼットは観客席を見上げ、嬉しそうに微笑んだ。「左様でございますね、リゼットお嬢様。お嬢様の格付けが、学院の生徒たちの美意識(食育)を高めているようで、わたくしも誇らしく思われます」 アルベールは恭しくお辞儀をしつつ、そっと次の対戦相手の資料を手元で確認する。「ですがお嬢様、次は雷属性。刺激が強すぎますと、お腹を壊される危険もございます。温かい紅茶をご用意しておきましょう」「まあ、嬉しい。爺の入れる紅茶と、パチパチ弾ける雷のコンビネーション……楽しみですわ!」リゼットは可憐にスカートを揺らし、次なる「料理人(対戦相手)」が立つ舞台へと、優雅に歩みを進めるのであった。——誰もが「次の魔法は何味なのか」と胸を躍らせる、お嬢様の飽くなき美食の探求は、まだまだ続いていく。


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