009 王と剣士と
俺は敵の動きを、ぼっと待ってはいなかった。
一番手ごわそうな魔術師に向けて、突進する。
一瞬怯んだものの、再び魔法を発動しようとしたのはさすがだった。
だが――
「遅い」
おれはその魔術師を、大上段から真っ二つにする。
返り血をよけながら、すぐさま次の相手に斬りかかる。
二人目も仕留めると、三人目の炎が襲い掛かって来た。
それを刃でそらしつつ、剣を回転させて切り伏せる。
「おい、誰か!」
その頃ようやく、悪党二人の部下達が集まりつつあった。
だが俺の剣技にすっかり気おされたのか、遠巻きにしつつ立ちすくんでいるだけだった。
「こんな事をしてただですむと思ってるのか!こんな……大貴族たるこのわしの……」
「そりゃこっちの台詞さ。隠し武器、術式、魔術具。こいつらは暗殺教団だ。見ろ」
俺はフードを剣の先でめくる。
そこには蜘蛛の入れ墨があった。
周囲の人間は一斉に黙り込む。
「だから何だというんだ?」
バルビエはふてくされたように吐き出した。
「だから?暗殺教団は魔国と手を組み、アステリア王国と敵対した。俺たちの敵だ」
「もの知らずのお前に教えてやろう。正確にはギリヤル教団というんだ。彼らは魔族ではないし、魔国とも関係ない」
「ほう。暗殺教団への頼みごとが、暗殺以外にあるとでも?」
バルビエは言葉につまり、いまいましそうに唇をゆがめた。
集まって来たバルビエの部下達も、どうして良いかわからず、顔を見合わせている。
みたところ、魔術師らしき人間はいない。
「何も証拠はない。わしは伯爵と商売の話をしていただけだ」
「へぇ。あっちやあっちを調べられるとまずいんじゃないかい?」
俺は建物や倉庫を指し示す。
「多少は腕が立つかもしれんが、この人数相手に勝てるとでも思っているのか?」
「おやおや。小悪党らしい台詞を吐くじゃないか。じゃあ少し、俺の妄想ってやつを聞いてもらえないかな?」
「よかろう」
俺を取り囲む大勢の部下達を見て、バルビエも多少余裕がでてきたのだろう。
鷹揚にそう言った。
「かつてあんたたちは、表向きは禁じられていた奴隷や麻薬の密輸で暴利をあげ、その利益を前国王に献上していた」
「なるほど。それで?」
「そして暗殺教団に次々と反対者を殺させていた。あんたたちだけじゃなく、前国王にとって都合の悪い人間もな」
暗殺教団は独自の価値基準や利害で動いている。
魔大戦では、最終的には魔国の側についた。
だがひそかに魔国とアステリア王国を天秤にかけ、双方を操って共倒れさせようとしていたのかもしれない。
「……」
「だが時代は変わった。ギルベルト三世が即位し、今までのような暴利を貪る事ができなくなった」
「お前のような風来坊がどこで情報を手に入れた」
バルビエは落ち着きなく歩き回る。
「みんな薄々知っていることさ。あんたは手を広げすぎたんだよ。口の軽いろくでもない部下しかいないようだな」
「ふん!」
バルビエはどさっと椅子に腰を落とすと、テーブルの杯を手に取った。
「魔国との戦いは勝利に終わった。だが王都をはじめ各地は被害をこうむり、多くの人が亡くなった。混乱している今しかないと思ったんだろ?」
「わしらのやろうとしてる事を、知っているのか?」
「さぁね。表では賭博場や貴族の別荘の建設から、裏では奴隷や麻薬の売買、暗殺依頼の請け負い。いずれにしてもろくでもないね」
バルビエは先ほどから、ちらちらと周囲を見回している。
いつ攻撃の指示を下そうか、迷っているのだろう。
例の伯爵とやらは、ずっと黙ったままだった。
「なかなか面白い事を言う男だ。何の証拠があると?」
「証拠は持ってないよ。俺はね」
「あの子供はまさかお前の間諜か?」
「いや、ただの剣の弟子さ。それはともかく、あんたはあれもこれもやろうとしすぎた。そのせいで、一個一個が雑になる」
「もういいだろう、バルビエ。で、誰だか知らんが言いたいことはそれだけか?」
今まで黙って聞いていた伯爵が口を挟む。
「まぁ大方こんな感じだ。そう的外れではないと思っている」
「お前のような風来坊なぞ、急に消えても誰も気にもせんだろうよ。明日には魚の餌になっておるかな。今までのようにな」
伯爵はバルビエに目で合図する。
バルビエが大きく息を吸い、命令を下そうとした。
その時だった。
「そこを動くな!」
鋭い声とともに、完全武装の王国兵たちが大挙して押し寄せてくる。
百人はいたかもしれない。
あっという間にバルビエの部下達を制圧する。
率いているのはもちろん、警備隊長のレティシアだった。
「何をする!卑しいその手で触るな!」
伯爵だけは大声でどなっている。
兵士たちも遠巻きに囲んで、少し困った様子だった。
「警備隊長のレティシア・マリアーノだ。大人しくお縄につけ、バルビエ伯よ」
「貴様のような馬の骨なぞ知らん。なぜわしがこのような……」
「そうか。ならばそなたの王の顔は知っておろう」
兵士の背後から、声が響いた。
人垣が割れ、一人の壮年の男が前へ進み出てくる。
「陛下……」
それはアステリア王国の国王、ギルベルト三世だった。
バルビエやガモンズは、慌ててひざまずく。
それを見て、配下の荒くれどもも、ややぎこちなく平伏する。
「ふむ。見覚えがある。ガモンズ伯爵であったかな。おぬしは幸運な男だ」
「まったくでございます。私めはこの卑しい暴漢に、酷い目にあわされておりました。陛下に助けていただき感謝に……」
「そうではない。もしロイがその気なら、そなたたちは皆殺しにされていた。だから幸運な男だと言ったのだ」
「なっ、なにをおっしゃい……」
ガモンズは息を飲んだ。
王は言葉を続けた。
「わしが何もしらぬと思っていたか。おぬしらの悪事はとっくに把握し、機をまっておったのだ」
「私は何もしておりません!全てこのバルビエたちのせいでございます」
バルビエたちに動揺が広がる。
何か叫ぼうとしたところを、レティシアが剣を突きつけ、バルビエは口を閉じた。
「なるほど。おぬしは何も知らぬと?」
「左様でございます。左様でございます、陛下!」
「わしはラッセル公爵に命じた。なるべく民の要望をきき、早急に元通りの生活ができるようにせよ、とな」
「はい。私めはラッセル公爵のご指示の通りに働いておりましただけで」
「だが、おぬしらの悪事は目に余る。そうわしに報告してきたのはラッセル公爵だ」
王の顔に皮肉っぽい笑みが浮かぶ。
バルビエとガモンズたちを陰で操っていたのはラッセル公爵だ。
その公爵が知らないはずはない。
おそらくこれ以上は危ないと見て、ガモンズとバルビエを切ったのだろう。
さすがに前王の頃から暗躍する、年季の入った悪党だった。
「陛下!本当に私は何もしておりませぬ。それよりこの無礼な男は何者でございますか?こやつにこそ罰をお与えください」
ガモンズは俺を指さして言った。
「こやつを知らぬか。無理もない。魔大戦での極秘任務であったからな」
「陛下……」
「この男は魔王を倒した幸運団の最後の生き残り。剣士ロイだ」
「まさか……魔王を倒した冒険者が……陛下はこやつにお命じになって、私どもを……」
ガモンズ伯爵はがっくりとうなだれる。
どうやら観念したらしかった。
別に国王から依頼を受けたわけではなかった。
俺の行動とバルビエやガモンズの逮捕が重なったのは、単なる偶然の一致である。
バルビエの言葉は過大評価だった。
もちろん俺は、この場で正直にしゃべる程お人よしではない。
一旦その場が落ち着くと、俺はさっきから気になっていた事を王に告げる。
「陛下。屋内に私が探しておりました少年と、他にもおそらく何人か囚われております」
「今探させている。おぉ、どうやら無事らしいな」
「ロイのおじさん!」
ダンが駆け寄ってきて、俺に抱き着く。
「大丈夫だったか?」
「うん、全然。ありがとね」
兵士に連れられて、ミランダたちもやってくる。
「ダン!」
「ごめん、母ちゃん」
「まったくこの子は、全く……」
ミランダは言葉に詰まり、それ以上何も言えないようだった。
その様子にギルベルト三世は声をかける。
「なかなか利発で良い子だ。無事でなによりであった」
「ロイさん、この方は……」
ミランダは俺と王を交互に見る。
「アステリア王国の国王、ギルベルト三世陛下だ」
「ええ!」
ミランダや周囲の男たちも慌てて平伏する。
「よいよい。このような時だ」
国王はそれに鷹揚に応じ、そして俺に向かって告げる。
「さて、ロイよ。そなたに言わなければならない事がある」




