008 乱闘
「ダンはいないが……あんたは?」
「ミランダさんの使いのもんで」
そういえば、どことなく見覚えがあった。
あの時ミランダと一緒にいた船大工だろう。
「ダンがどうかしたのか?」
「実は朝から姿が見えねぇんでさ」
嫌な予感がする。
「わかった。すぐ行く」
俺は男と共に、ミランダの家へと向かった。
「あぁ、ロイさん。来てくれたんだね」
「余計なことはいい。何が起こったか話してくれ」
「地主に何も聞かずに出ていってくれって言われてさ。大方バルビエ商会の奴らが手をまわしたんだろうけど」
どうしたらいいのか、どこに相談したらいいのか、ほとほと困り果てていた。
するとダンが、奴らの悪事を暴いてやると言ったきり、姿を消したのだという。
「ふむ。まさか……な」
「子供の言うことだって、ほうっておいたんだけど、その……まさか……」
その時、家の外から声が響く。
「おぉ、ミランダ。手分けして探したんだけど、さっぱりだ。邪魔するぜ」
数人の日焼けした男たちが入って来た。
「ありがとよ。こっちも、何もわかんなくてさ。衛兵のとこへ行こうかと」
「へっ。奴らは平民同士の争いには首つっこまねぇよ。なんかあっても、犯人捕まえて連れてこいっていう腰抜けどもさ」
リーダー格らしき男が顔をしかめて言う。
「やっぱりさ。一人でバルビエ商会のとこに行ったのかも……」
「面白れぇ。なかなか見どころのある子じゃねぇか、ダンは」
「腹決めたよ。あたしもバルビエ商会の所に行く」
「おぉ、いいねぇ。付き合うぜ」
「駄目だ。これ以上、あんたらに迷惑かけられないよ」
「なに、あそこにゃ俺の仲間も嫌がらせされてなぁ。腹に据えかねてたんだ。大商人様だか、貴族様だかしらねぇが、海の男たちを舐めてもらっちゃ困るぜ」
周囲から賛同の声があがる。
「待ってくれ!」
俺はあわてて口を挟む。
「ミランダ、誰だいこいつは?」
「冒険者のロイだよ。こないだ知り合ってね」
「ほう」
男は俺を上から下までじろじろと見た。
どうやらおめがねにかなったらしく、にやりと笑みを浮かべた。
「こうまで強引に事を進めるとしたら、やばいのがついてると思う。後ろ盾の貴族だけでなくてな。おそらく魔術師が何人かいるだろう」
「うーん。そうか。魔法となると、こっちはさっぱりわからねぇ」
「だから俺が行く」
ミランダが驚いたように俺の方を見る。
「そこまでしてもらうわけにはいかないよ。これはあたしたちの問題だ」
「バルビエの手先にはこっちも迷惑かけられてる。いずれ決着をつけなければならんと思っていたんだ。愚図愚図している暇はない」
俺はきっぱりと言った。
「わかった。あんたに任せるよ。でも、あたしたちもついていくよ」
ミランダの決断は早かった。
「もちろんだ。ただし俺の指示に従ってもらう」
「承知した。あんたがリーダーだ」
「無駄かもしれんが、衛兵の詰所へ連絡してくれ。念のためだ」
男たちの一人は衛兵の所へ行き、俺たちは埠頭の倉庫へと向かった。
元々こちらがバルビエ商会の本店だったらしい。
リーダー格の男の知り合いにも声をかけ、増援も頼むことにした。
「船大工だけじゃねぇぜ。船乗りに漁師に、荷運び人に……荒っぽいのが揃ってるからよ」
「そりゃ頼もしい」
半分は本気で言った言葉だった。
ただ何人いようが、魔法や魔族との戦いとなるとまた別だ。
強大な軍事力を誇るアステリア王国も結局、冒険者たちの力を借りざるを得なかった。
俺たちは埠頭の一角にある、バルビエ商会の事務所へと向かう。
さほど時間もかからず、目的地についた。
倉庫が立ち並び、港のメイン埠頭からは少し離れたところにあった。
「ここで待っててくれ。何かあれば呼ぶ。三十分して戻らなければ、逃げた方がいい。できればだがな」
「けっ。尻尾巻いて退散したとなりゃ、男がすたるぜ。これを持って行ってくれ」
男の一人が呼び笛を差し出した。
俺は受け取ると、彼らを待たせたまま、俺は一人で目的の場所へと近づく。
(思ったより見張りが少ないな)
俺は気配を消して、ゆっくりと進む。
人が少ないということは、おそらく魔術結界で防御しているのだろう。
俺は額に【気】を集中する。
ふと、一つの豪華な建物が目につく。
その周囲には、一人も見張りがいない。
何かを感じて、俺はそこに向かった。
近づくにつれ、左手の魔剣が熱を帯びる。
「しかしこんな所で大丈夫かな」
「大げさな障壁など張ったら、魔力反応でかえって目立ちますから、結界で十分です」
テーブルの中央には、二人の男が向かい合わせに座っている。
一人は商人風のいでたち。
もう一人は服装からして貴族だろう。
後ろに何人か、剣を帯びた奴やフードを被った魔術師らしき人間がいる。
「だがあの小僧には破られたではないか、バルビエ」
「これは面目ありません。特別な「目」を持つもの以外はわからないはずですが、伯爵閣下」
おそらくバルビエと、ガモンズ伯爵か。
こんな開けた場所で密談とは、不用心なことだ。
もっとも普通の人間なら、ここまでたどり着けないだろう。
その後の会話は、どこそこの酒は美味いだとか、新しく入団した新人女優だとかいった、世間話だった。
このままでは埒があかない。
いきなり会えたのは幸運だった。
あの二人と俺の間には、護衛が何人かいる。
ここは先制攻撃しかない。
「お話し中すまんがね」
不意を突かれて、その場にいた全員が一瞬固まり、驚愕の表情を浮かべた。
その間抜け面は、王都中の人間に見せたやりたいほどだった。
「な、なんだ貴様は……」
「ダンを返してくれ。それだけでいいんだ。そうすれば今日の事は黙っておく」
何かを言おうとした商人に対して、俺はすばやく言葉をかぶせる。
「ふむ。何をどこまで聞いた?」
貴族が余裕のあるそぶりを見せる。
だが瞳は若干落ち着きがない。
「俺は何も知らないし、何も聞いていない。物覚えも悪くてね。ここであったこともすぐ忘れるよ」
「わかった。ちょっとした手違いだった。あの子供は奥にいる」
貴族が屋内の一室を指し示した。
俺はそちらへ向けて歩き出す。
どうせこういう奴は、後ろから斬りかかってくるタイプだ。
案の定、俺が屋内に入るやいなや、背後に激しい殺気が渦巻く。
俺は素早く振り向くと、剣を抜き【気】をこめ、襲い掛かってくる炎や風の刃を弾き、逸らす。
周囲から声にならないどよめきがおこった。
障壁で防ぐならともかく、剣で魔法を弾き飛ばすなど、常識外だったのだろう。
俺のこの技を初めて見た奴は、大抵驚いてくれる。
「昔師匠に習った技でな。受け流しさ」
喋り終わる前に、俺は敵目掛けて走り出していた。




