007 疑惑
「そのバルビエ商会は、なんでそんなに急激にでかくなったんだ?」
大方予想はついていたが、俺はあえて聞いてみた。
「うーん……奴隷貿易に手を出したり、ご禁制の品を扱ってるからって、もっぱらの噂でね」
ミランダは少し迷った後に言った。
ここらにいる人間にとっては、常識レベルの話なのかもしれない。
「しかし仮にも王様のおひざ元で、そんなことがあるのか?」
「毎日凄い数の船や荷物が出入りしてるんだ。いちいち全部調べてられないよ。それに大きな声じゃ言えないが、前の王様の時は、それなりのお目こぼしがあったってね」
それは俺も聞いた事があった。
ちょうど俺がレオン達と出会った頃、何かと評判の悪かった前国王が崩御し、今の国王ギルベルト三世が即位したはずだ。
とはいえ、今の俺がやるべきことは、ウミネコ亭をどうにかするという事だった。
「それはともかく、俺はウミネコ亭を修繕してくれる人が欲しいんだ」
「こっちとしてもありがたい話だけど。さっきも言ったけど、大工ギルドに筋は通さないとね」
というわけで俺はとりあえず、ミランダのいう建築だか大工だかのギルドと話してみることにした。
ミランダとダンに別れを告げ、一旦宿に戻ることにする。
「ねぇ、おじさん。剣を教えてよ」
別れ際にダンが言う。
「お前は十分強い。まだ十歳くらいだろ?」
「まだ九歳だよ。強くなりたいんだ。あんな奴らに負けないくらい」
真剣なまなざしに茶化すこともできず、「今は忙しいから、考えさせてくれ」と言って、ミランダの家を後にした。
色々な事が起こり、頭を整理する必要がある。
もう一度、冒険者ギルドのデニスに相談した方がいいかもしれない。
あの親父はあれでなかなか顔が広い。
必要以上に借りを作りたくはないが、幸運団で大分儲けさせてやったんだから、おあいこだろう。
そう思う事にした。
それから宿に戻ると手紙がことづけられていた。
差出人は地区の衛兵隊長であり、明日詰所へ来いということだった。
例のごろつきに関して、何かわかったのだろうか。
ティータの所に行ってみると、同じ手紙が来たという。
「俺が行く。ティータは学校あるだろ?」
「はい、お願いします」
そして翌朝、俺は一人で詰所へ出かける。
「ふむ。来たか」
そこにいたのは、王都の警備隊長のレティシアだった。
「なんであんたがこんなところに」
「おかしいか?まぁいい」
レティシアは話し始めた。
もちろんあの捕らえられたごろつき達の事だ。
「結局、よくわからなかったってか」
「結論から言えばそうだ、ロイ。奴らは下っ端の下っ端で。奴らが依頼を受けた相手も、更に別の人間から依頼を受けてというわけらしい」
すぐ調べはついたが、あっという間に手がかりは途切れてしまったという。
俺はかまをかけてみることにした。
「どうせどっかの商人だか、貴族様だかの息がかかってるんだろ。王都の再建とやらも大変らしいな」
「だが、証拠が無い」
レティシアは厳しい顔で言う。
彼女も薄々知っているのだろう。
ガモンズ伯爵だかラッセル公爵が、戦後の混乱に乗じて、人を追い出し土地を手に入れる。
さらには膨大な利益を狙って、後ろ暗い商いを復活させようとしているのかもしれない。
王都の土地は名目上は王のものだ。
ただ実際は借地権は売買され、富裕な商人や貴族の名義になっているが……
「まぁ、お偉い方なんて俺には関係ない。こっちはこっちで勝手にやるさ」
「おい、妙な事を考えているんではないだろうな?」
「さぁてね。俺は誰にも何の義理も無いもんでね」
レティシアは俺を上から下までじろじろと見る。
「やっぱりお前はうさんくさい奴だな」
「何がだ?俺ほど清廉潔白な人間はいないと思うぜ」
「王宮でのお前の立ち居振る舞いは、生まれながらの貴族にしか見えなかったぞ」
「旅芸人の一座で仕込まれてね」
なるべく粗野な冒険者に見えるよう、自分なりに気をつけてはいた。
だが幼い頃から叩き込まれてきた、王侯としての振る舞いや作法は、ふとした時に出てしまうものらしい。
勘の良い女は好きじゃないが、生憎と勘の良くない女に出会ったことはないのが困りものである。
幸いなことにというべきか、レティシアはそれ以上追及して来なかった。
「余計なことはするなよ、ロイ」
「気を付けるよ。ところで聞きたかったんだが、なぜ幻影騎士にこだわってたんだ?」
俺は気になっていたことをきく。
「以前、危ないところを助けられた。礼は言わねばならん」
「そうか」
「それだけじゃない。強いものがいれば、己の力を試したくなるのは、騎士として当然だろう?」
レティシアの言う事は理解できなくはない。
騎士とはそういう者らしいし、俺もかつてはそうだった気がする。
「余計なお世話かもしれんがあんたは、魔術を併用した防御系の技の方が向いてると思うぜ」
「文字通り余計なお世話だ」
「そうだったな。じゃあ」
そして俺は詰所を後にし、今度は冒険者ギルド『黄金の牙』に向かう。
とにかく頭を整理したい。
そのためには、話し相手が必要だった。
ティータに余計な負担をかけるわけにもいかない。
「よぉ、ロイ。首尾はどんな塩梅だい?」
「実はな」
俺は今までの事を、一通り話した。
「ふーん。そんな事になってるたぁねぇ」
デニスは髭をなでながら言う。
「あぁ。そっちは何かないか?建築関係のギルドは?」
「それがさ」
どうやら建設ギルドをガモンズ伯爵がおさえていて、他の仕事は断っているという。
さらにあちこちの土地や建物を買いあさっているらしい。
「なるほどね」
「ウミネコ亭は、前のおやじさんが商業ギルドの副会長だったからな。そのルートで話をすれば、それ以上は手を出してこんだろうが」
必ずしもそうとは限らないと思ったが、俺は黙っておく。
「バルビエ商会、ガモンズ伯爵、ラッセル公爵か」
「なんだ?妙な事を考えてるんじゃないだろうな?」
「女隊長と同じ事いうね。実は船大工と知り合ってね。どっちにしろ、悪党どもが邪魔するんじゃな」
「俺だって、あちこちのギルドや貴族に伝手はある。色々あたってみるから短気は起こすなよ、ロイ」
そんなこんなで、デニスとの話し合いは終わった。
俺だって別に事を荒立てようってわけじゃない。
仮にこちらに理があっても、貴族と事を構えるのは面倒だ。
あれからウミネコ亭にちょっかいを出す奴らはいなかった。
建物の修繕の目途は立たないが、他にやる事もある。
以前からのウミネコ亭への取引先へのあいさつ回り、敷地の整理や掃除。
元から得意だが、デボラの炊事場を借りて料理の練習もした。
一部のレシピが失われてしまったようなのが痛い。
常連の客や、以前勤めていた人間に、話を聞かなければならなかった。
そんなある日、事態は思わぬ方向に動いた。
一人の体格の良い男が訪ねてきて、俺に言った。
「ロイさんですか?こちらにダンが来てませんか?」




