005 困難
「ここは俺の家じゃないからな。家主の許可がいる。レオンの妹のティータだ」
「うむ。その事なら心配ない」
「心配ないっていってもな……」
その時、入り口の方から声が聞こえる。
「ロイさん、カーミラさん」
やってきたのはティータだった。
「ティータ、こいつを知ってるのか?」
「はい。しばらく前から一緒に暮らしてて」
「はぁあ?」
ティータによると、家が破壊されてからしばらくして、カーミラがやって来たという。
レオンとロイの知り合いだと言ったらしい。
確かにそれは嘘ではないが……
「カーミラさんは良い人です。私を慰めてくれて、魔法も教えてくれて。これからも一緒にいられたら」
「こいつは人間じゃないぞ。吸血鬼だ」
「ええ、もちろん知ってます。でもカーミラさんから悪い波動は感じません。それに何となくロイさんの波動も感じるんです」
それはティータの言う通りかもしれない。
人間とは倫理観が違うようだが、カーミラは確かに悪い奴ではなかった。
「まぁ、おぬしも、もっとこの娘の事を信じたらどうじゃ。わらわの見る所、並々ならぬ力を持っておる」
ティータはまだ十五歳とはいえ、大陸一の賢者と言われたレオンの妹だ。
まだ目覚めていないが、強大な力を持っていても不思議ではない。
「まぁそりゃ……ティータがいいって言うんなら……」
考えてみればカーミラは、ある意味最強の護衛というか、居候かもしれない。
「私は全然かまいませんよ!もう仲良しですし」
ティータは言う。
「ところでロイよ、おぬしはこれからどうするのじゃ」
「俺はこのウミネコ亭を継ぐ予定だ。それがレオンの遺志だと思ってる」
「ほほう。酒場の主とな。面白い」
何が彼女の琴線に触れたのかわからないが、カーミラはにこにこしている。
「別に遊びじゃないんだけどな」
「わらわもしばらくは人の子とともに暮らすも悪うない。長い生の間、そのようなことにかまけてみるのも一興よな」
すっかりここに住み着く気らしい。
吸血鬼が王都のど真ん中で堂々と暮らすのは、それはそれでどうなのだろう。
吸血鬼は魔族ではなく、さらに古い古代種族である。
人の血を吸って永遠の命を得ると言われているが……
「妙な事はしないだろうな?」
「前も言うたであろう。わらわをそこらの低級な吸血鬼と思うてもろうては困る」
「そういえば、人の血は必要ないと言っていたな」
「吸血鬼でも最上位の真祖たるわらわであれば、森羅万象より魔力を補充することができるのじゃ」
元々人の血を吸うというのも誤解であり、実際は魔力を吸うらしい。
「まぁそういう事なら、かまわんかな」
「何が悲しくて、わらわが人の子ごときの血を……あ、いや、おぬしは別じゃ。旦那様」
吸血鬼には明確な弱点がある。
一般的には太陽の光を浴びると死ぬと言われているが、真祖であるカーミラとなるとそれは克服しているらしい。
とはいえ、様々な魔術を行使するものの、基本的に昼間は人間並みの力しかない。
しかし夜、特に満月の夜は、全種族の中でも最強クラスと言われていた。
ウミネコ亭周辺を胡散臭いやつらがうろついている中、カーミラの力が必要になることもあるかもしれない。
「え?旦那様?お二人ってもしかして……ご結婚されてるんですか?」
ティータが俺とカーミラを交互に見る。
「違う違う!何もない。旦那様なんて、こいつが勝手に言ってるだけだ!」
俺はあわてて言う。
「水臭いではないか。まんざら他人というわけでもあるま……いやまぁロイ殿の言う通り、昔馴染みでな。気安く話せる仲だというだけじゃよ」
俺の厳しい視線を感じたのか、カーミラは言いなおす。
「あぁ、そうだったんですね」
なぜかティータは少しほっとした様子だった。
「この家に住むからには、主のティータの安全は守れよ、カーミラ」
「まぁこの家の主であるからには、そうしようぞ、ロイ殿」
「そういえばこの間、地上げ屋が来た時、お前はいなかったなカーミラ」
「ちょっと出ておっただけじゃ。昼間は大して危険もあるまい。だが今後は気をつけよう」
ということで、カーミラはウミネコ亭で暮らすことになった。
「わらわはずっとここにおるゆえ、何かあれば呼んでたもれ」
大方地下に穴でも掘って眠りにつくのだろう。
結局ティータを冒険者ギルドに預けるという話も、無しになりそうだ。
カーミラがティータを守ってくれるなら、それ以上の人間などいない。
そしてごろつきたちを倉庫に閉じ込めたまま、俺は宿に一泊する。
翌日衛兵に連絡し、ごろつきどもは捕らえられ、取り調べを受けることになった。
俺も色々聞かれたが、
「この人はあやしい人じゃないよ!亡くなったレオンの親友さね」
という酒屋のおかみや、俺の顔を知っていた近所の人間たちの証言のおかげで、衛兵の追及は切り抜けた。
また何か聞くことがあるかもしれないと言われたので、今泊まっている宿の所在地を告げる。
とりあえず、襲撃に対する対処はした。
そして、どうせ無駄だろうがバルビエ商会をたずねてみることにする。
まずは商業ギルドを訪問する。
今度は運よく会長に会えた。
「おお、あんたがロイさんかい。副会長――いや、ウミネコ亭の主のニコラから話は聞いてるよ」
俺は早速本題に入る。
「バルビエ商会の事はご存じですか?紹介して欲しいんです」
「話は聞いてる。うちもそれとなく言ってるんだがねぇ。乱暴な事するつもりじゃないだろうな?うちらはあくまで商人だ」
乱暴な事をしているのは相手だろうという言葉を俺は飲み込む。
俺も大人になったものだ。
「ちょと挨拶くらいならいいでしょう」
「まぁ、それなら」
という事で、その場で紹介状を書いてもらう。
会長は会長で、バルビエ商会に内心言いたい事はあるのだろう。
「ありがとうございます」
「しかしまぁ、善良なニコラ一家があんな目にあうなんてなぁ。ニコラさんもやっと息子が継いでくれる、その友達も手伝ってくれると喜んでいたんだが」
会長は困惑したように、首をふった。
ニコラ一家に対する俺の気持ちも、悲しみというより、困惑の方が近いかもしれない。
いままで多くの人の死に立ちあってきたが、いまだにその死が信じられず実感がわかない相手もいる。
そして俺は早速、市街地にあるバルビエ商会の事務所をたずねる。
一応はそれなりの地位の人間が対応してくれた。
だが思った通り、知らない関係ないの一点張りだ。
「商人の神ルメリオに誓って、うちとしては法に基づいて商売させていただいてます。ごろつきたちなんて知りませんな」
これ以上ねばっても仕方ないので、適当な所で帰ることにした。
あちこちからの細かい苦情が増えれば、多少なりとも牽制にはなるだろう。
戦争が終わろうが、厄介事はなくならない。
剣や魔法の殺し合いよりはマシだと思うしかなかった。
とりあえずはバルビエ商会に対して、今のところやる事は無い。
相手の出方を待つしかなかった。
そこいらのチンピラ相手なら何とかなるだろう。
他にやらなければならないのは、店の再建のための、職人探しだ。
ウミネコ亭の建物やティータの自宅の修繕である。
それから数日、俺はバルビエ商会の情報をあつめつつ、職人探しに励む。
だが思うような成果はあがらなかった。
商業ギルドに紹介されて行った大工の棟梁も、忙しいからと良い顔をしない。
その日俺は、港の近くで海を見ながら、ぼんやりと物思いにふけっていた。
営業を再開するなら、仕入れルートの確認や店員の確保も必要だ。
名物メニューのレシピは残っているのだろうか?
できれば宿屋や雑貨屋も復活させたい。
やるべき事は数多くある。
だがまずは、ウミネコ亭がまともに営業できるようになる必要があった。
その時ふと、俺の耳にかすかな声が届く。
大人と子供が言い争っていた。
予感にかられ、俺はその声のする方へと、近づいていった。




