004 潜むもの
「宿はあるのかい?うちの寮があいてるから、良ければそこを使いな」
俺はデニスの好意に甘えることにする。
今まで住んでいた借家は、戦いに出かける前に、引き払っていた。
「ありがたい。ただしばらくはあちこち出歩くから、宿に泊まるよ。ついでといっちゃ何だが、場合によっては、ティータもここの寮で暮らした方がいいかもしれん」
「俺はかまわんよ、ロイ。いつでも言ってくれ」
その後俺は、ウミネコ亭の周辺を聞き込みにまわる。
どうやらティータやデボラのように立ち退きを強要されたことがあるのは、港を中心としたエリアらしい。
念のため『聖アントワーヌ孤児院』にも足を延ばしてみたが、あのあたりでは立ち退き要求が来たことはないそうだった。
あとわかったのは、今王都の建設需要は増加しており、職人の確保も難しいらしいという事だった。
そして俺は商業ギルドにも足を運ぶ。
ティータの父親が加入している団体だ。
応対してくれたのは、神経質そうな若い男だった。
俺は昨日の件を話す。
「まぁ、そんなことは何ヶ所かから聞いてますが……」
男は歯切れが悪かった。
「バルビエ商会はご存じでしょう?」
「ええ、もちろん。私どものギルドには所属しておりませんが」
「それでもつながりはあるでしょう?奴らがウミネコ亭に手をだそうとするのを、やめさせる事はできませんか?」
「正当なものである限りは基本的に、商行為は互いに干渉しないのが不文律でして」
男は答える。
「嫌がらせも度がすぎるように思いますね」
「そりゃうちのギルドに加盟している店なら、それとなく言いますけどね」
「バルビエ商会には、貴族の後ろ盾でもあるんですか?」
「そうらしいですね。ただ公的な事業ではなく、今彼らが行っているのはあくまで調査や聞き取りのようですが」
俺は踏み込んだ質問をしてみることにした。
「バルビエ商会は、後ろ暗い商売に手を染めている。そうでしょう?」
根拠はないただの勘だった。
急激に商会の規模が拡大するなど、不正に手を染めているに違いないという、俺自身の偏見もあったかもしれない。
だが男の反応は思った通りだった。
「どなたからお聞きになったんですか?ただの噂ですよ。奴隷貿易だとか禁制品の密輸だとか。あまりそういう事を、言いふらさない方がいいと思いますけどね」
相変わらず歯切れの悪い物言いだった。
これ以上は聞き出せそうもない。
俺は情報の礼を言うと、ギルドを出る。
結局初日は事件の大枠は見当がついた。
といって、具体的な解決法は思い浮かばない。
夕食をとり、一旦デボラの所に馬を預けると、再び街を探索する。
夜が活動のメインの奴らもいる。
少しでも情報が欲しかった。
遠くに繁華街の灯りが見える。
ウミネコ亭の周辺は暗かった。
周囲の民家や街灯も破損してる所もあった。
火事の巻き添えをくったらしいが、俺の目には魔法で破壊されたように思われる。
念のために、携帯用のランプを持ってきたが、灯りはつけていない。
アステリア王国の治安は、大陸一とも言われていた。
だが、暗黒街の連中、禁制の品に手をそめる闇商人、不法行為に手を染めるごろつきども。
こういった奴らを根絶することはできない。
戦争の混乱で、王都の警備も手薄になっているだろう。
(やっかいな奴らが絡んでいなければいいが……)
相手によっては、悪徳商人や貴族の方がまだマシという事だってありうる。
法も倫理も通じない裏世界の住人達、復讐を企む魔国の残党、そして暗殺教団の生き残り……
俺はひとつ頭をふる。
さすがに根拠のない妄想で気を回しすぎた。
だがその時、左腕に熱を感じると同時に俺は人の気配に気づく。
魔剣は、元々この世ならぬもの、魔力あるものを切るための剣だ。
それが俺に、魔力あるものの存在を知らせていた。
だが魔剣ルドラはあまりにも強力すぎる。
できれば使いたくはない。
俺は物陰に身をひそめた。
あやしい人影達はウミネコ亭に入ると、何やら話し合っている。
「幽霊だって?馬鹿馬鹿しい」
「ホントなんだって。じゃなきゃヘマしねぇし。……だってさ」
「まぁいい。……様のおっしゃるとおり、ここら一帯を焼き払って、みんな追い出してやればいい」
事情はわからないが、よからぬ事をたくらむ悪人たちであることは間違いない。
(まさか……な)
俺は酒屋のおかみとの会話を思い出していた。
再開発の計画にあたって、いまいる住民たちを強引に立ち退かせるつもりなのは間違いなさそうだ。
説得、金銭、脅し等の他にもいくつか方法はある。
馬車で家に突っ込む、人糞をばらまくといった、荒っぽい方法を使うものたちもいた。
だが火事を起こして強引に立ち退かせるなど、最底辺の悪党でもない限りやらないだろう。
そんなことをすれば、罪に問われることは間違いない。
あるいは捕まらないという確信があるのだろうか。
(バルビエ商会が雇ったやつらか。あるいはガモンズ伯爵、さらにその裏にいる者が……)
その時俺は、屋敷の中にごろつきたちと違う気配に気づく。
「うぁあぁあ、出たぁ」
「おい、刃物振り回すんじゃねぇ!」
「だってよぉ。カーテンや椅子が飛んできて」
悪党たちは、いっせいに建物の中から逃げ出そうとする。
もちろん俺は逃がすつもりはない。
「な、なんだおめぇ」
「そりゃこっちの台詞さ。ここは親友の家だ」
念のためにティータをデボラの家に逃がしておいてよかった。
ざっと【気】を感じる限り、俺の相手になるやつはいない。
俺は剣を抜く暇さえかけず、鞘ごと殴り倒す。
既に、屋内にいるものが誰かわかっていた。
俺は建物に向かって叫ぶ。
「おい。いるんだろ。カーミラ!」
すぐに声が響いたが、姿は見えない。
「ほほほ、わらわに気づくとはさすがじゃな。だがそこな荒くれどもがいては話もできまい」
五人の悪党どもに、見えない糸がからまりつき、すぐに全員気を失った。
「とりあえず、どっかに閉じ込めておくか」
「奥の物置は無事だったはずじゃ、ロイ」
俺は敷地の奥に向かう。
五人の体が宙に浮くと、ふわふわと漂い移動する。
そしてそのまま全員物置の中に着地した。
俺は念のため携帯用のランプをつけ、屋内に入ってロープを探す。
記憶にある納戸の中に、運よく見つかった。
五人を縛り上げると扉をしめ、閂をかける。
「死んではいないだろうな?」
「大事無い。そこまでせずとも、朝まで目を覚まさぬわ」
やがて白いもやが集まり、一つの影をつくる。
月光のとランプの光に照らされ、姿をあらわしたのは、銀髪の小柄な美少女だった。
抜けるように白い肌、紅い唇に牙がのぞいている。
「久しぶりじゃな、旦那様」
それは吸血鬼のカーミラだった。
「旦那様はよせ」
「相変わらずじゃの」
カーミラとは以前ひょんなことで知り合い、死にかけていた彼女を助けた事があった。
それ以来、何かとつきまとわれている。
「何でお前がここにいるんだ」
「これはおぬしにも責任のある事じゃ」
「俺に?」
「わらわの住家は、おぬしらと魔国との争いで、滅茶苦茶になってしもうたぞ」
それは確かにそうだった。
魔大戦でも中立を保っていた国や種族もあって、カーミラもそうだ。
それが戦闘に巻き込まれ、住んでいた城は破壊された。
「そのかわり、絶対許さんとか言って、魔将一人倒して、城を何個か破壊したろう?」
「うむ。今思い返してみても、腹立たしい。だがそのわらわが終の棲家を見つけた。それがここじゃ」
「あのなぁ」
「ここは妙に居心地がよくてのぉ。大地の魔力が集まってきておる。できればここが良いのじゃ」
カーミラの言う事もわからないでもない。
ウミネコ亭は元々別の場所にあったという。
それがこの場所に移るにあたって、賢者と言われたレオンが土地の選定をした。
方角や星の配置や、魔力の流れである龍脈がどうのと言っていた気がする。
たしかに俺もこの場所にいると、【気】が整う気がする。
「まぁそれはともかく、さっきの奴らに心当たりはあるか?」
「さての。だがしつこく何度か来るから、追い返してやったわ」
「そうか」
あのごろつきどもを尋問すべきか。
だがどうせ、大したことは知らないだろう。
「ここは魔力に満ちておる。よほど強い術師の念がこもっておるのじゃろう」
「レオンの家さ」
「ほほう。あの坊主のな」
れっきとした成人男性であったレオンも、カーミラにかかれば坊主よばわりだ。
吸血鬼は千年以上を生きると言う長命種であるから当然かもしれないが。
一度カーミラが何歳か聞いてみたことがある。
『女人にそのようなことをきくでない』
とはぐらかされた。
「だが結局ここは襲撃され、破壊された」
「害意を持つものをある程度近寄らせなくする効果はある。とはいえ人が自由に出入りする場に完璧な防御結界を敷くのは、どだい無理じゃ」
「そういうものか」
「それに最初から悪意をもって襲ってくる相手も防げん」
結界も万能ではないので、レオンも父親たちに田舎に疎開しろと言っていたのだろう。
「おぬしの目的が何かは知らんが、あの程度のものなら、わらわが追い払うてやろうぞ」
カーミラはにやっと笑った。
弱っていたところを気まぐれに血を吸わせてやったのが運のつきかもしれない。
あの時は魔剣の力があるから大丈夫だろうと、気が大きくなっていた。
とはいえカーミラはカーミラなりに、その件を恩義に感じているらしい。
彼女の申し出は俺にとって、今のところは特にデメリットはないが……
俺はしばらく考え込んだ。




