039 魔剣
「な、なんだこれは。おい、やめろ」
ゲハルは剣を叩き、手から引きはがそうとする。
だが魔剣はゲハルの手にぴったりとくっつき離れない。
逆にゲハルが剣に振り回され、周囲の魔族達を切り殺す。
魔剣は歓喜のうなり声をあげていた。
「もういいぞ、魔剣」
俺の言葉に魔剣はゲハルの手を離れ、俺の手に戻って来た。
「なんだそれは……なんなんだその剣は」
ゲハルは呆然としていた。
俺は背後のティータをちらりと見る。
ティータはまだ空中のレオンの姿を凝視している。
そろそろ日は落ち、黄昏時に近づいていた。
ティータを守りつつ、彼女を巻き添えにしないように戦うのは難しい。
まだ状況は完全に有利になったとはいえなかった。
だがその時、ティータを縛っていた鎖が、ふわりと外れる。
ティータの身体は、ゆっくりと上空へと舞い上がる。
俺は空を見上げた。
「夕方になって少し元気が出てきたわい。ティータは任せるのじゃ、ロイ」
それはもちろんカーミラだった。
傍らには神狼たち親子もいる。
「カーミラ、頼む」
「ほれ、ティータ。いくぞい」
「で、でも兄さんが……」
「ここにいては、魔剣の力に巻き込まれるわい」
ティータ達は神狼の背に乗って去っていく。
「ちっ、逃がすか!追え!」
ゲハルは周囲の魔族に命じる。
俺は魔剣を高く掲げ、叫んだ
「来たれ、魔剣士よ。エレメントソード!」
空に無数の魔力の剣が出現した。
火、土、水、風、光、闇。
それらが残っていた魔物たちに一斉に降りそそぐ。
ティータ達を追おうとしていた集団は、一気に全滅した。
「まさか……お前は魔法が使えぬはず……どうしてそんな……その剣は一体……」
「一つ教えてやろう、ゲハル。こいつは剣じゃない。古代遺物でもない。こいつは生きてるんだ」
「なんだと……」
「お前が言った通りだ。魔剣ルドラは魂を食らう剣。そしてその魂を力にするのさ。この魔剣には俺の友たちの力が眠っている。賢者レオン、大魔導師イザベル、そして魔剣士シェンのな」
この剣に俺は、友たちの魂とその力を封じた。
彼らの最後の言葉を思い出す。
『僕たちじゃ、魔王の最初の一撃に耐えられません』
『でも、あんたなら、ロイ……』
『何とか一撃に耐え、近づいて俺たちの力でとどめを刺すんだ』
死の間際。
俺は魔剣ルドラで彼らの力と魂を吸い取った。
そして彼らの言葉通りに魔王を倒したのだ。
「おい!何をしている!引くな、引くな!」
ゲハルが叫ぶ。
一瞬にして消え失せた魔物たちを見て、もはや最後の闘志も消え失せたのだろう。
残っていた集団は一斉に逃げ出す。
可哀そうだがここで逃がすわけにはいかない。
魔物や魔族が国内に散らばれば、思わぬ被害が出るかもしれないのだ
「紅き炎と黒き炎。二つの炎をあやつる大魔導師よ来たれ。獄炎竜!」
魔剣からフードを被った魔導師の姿が現れる。
魔導師の影は杖を振るう。
魔物たちが逃げようとした北方の街道をふさぐように、巨大な炎の竜が出現した。
竜は巨大な炎を吐く。
逃げようとした集団は、ことごとく焼き尽くされた。
北が駄目となれば、残るは南しかない。
全速力でこちらに戻ってくると、魔物と魔族の集団は、南方の王都の方面へと逃走していく。
俺とゲハルの周囲にはレオンの影が障壁を張り、被害はなかった。
「カーミラ、レティシア!そっちへ行ったぞ!」
俺は叫んだ。
カーミラなら俺の声を念話で拾えるはずだ。
こちらの様子を観察していたのだろう。
遠くで鬨の声が聞こえる。
街道を外れ、農地や丘陵地帯へと逃げようとした魔物の一団は、障壁ではじかれた。
真っすぐ進むしかない魔物の集団は、待ち構えているアステリア王国軍の餌食になる以外の運命はない。
「馬鹿な、馬鹿な……なぜ。お前にこれほどの魔術を使う魔力があるはずは……」
ゲハルは呆然と座り込み、うめき声をもらす。
「魔力を吸って力に変えられるのは、お前だけじゃない。斃した魔物の魔力を吸い取り、魔剣に蓄えていたのさ」
「おのれ……お前のせいで……お前のせいで」
「普段ならここまでの魔術は使えないさ。暴走した魔物の力を奪ったおかげ、つまりあんたのおかげさ。さて、どうするゲハル?」
ゲハルは傍らにあった巨大な戦斧をとりあげると、構えをとる。
最後の意地なのだろう。
俺も魔剣を構える。
小細工は必要ない。
ただ前へ出て切る。
それだけだった。
ゲハルの突進より早く、おれは近づき、飛び上がりざま魔剣を一気に振り下ろす。
そして構えた斧ごと、ゲハルを真っ二つにした。
断末魔の声をあげるまもなく、ゲハルは地面に倒れ伏した。
俺は魔剣を心臓へと突き立てる。
魔剣は脈動しつつ、ゲハルの身体から魔力を吸い上げた。
術がとけたのか、あっという間に身体が収縮し、元に戻る。
その瞬間、地鳴りのような歓声が沸き起こった。
遠方で固唾をのんで見守っていた兵士たちが、歓喜の声をあげていた。
どうやら既に残っていた魔物や魔族達は斃されたらしい。
「ロイさん!」
ティータが走ってくると俺に抱きつく。
「大丈夫だったか、ティータ」
「うん、全然平気。それよりロイさんは……?」
「何ともないさ」
その時、宙に浮かんでいた三つの影が、魔剣に吸い込まれていく。
「ああ、兄さん」
ティータはレオンの影を追うと、そっと魔剣に触れる。
「ティータ。レオンの魂といっても、これは魂の影のようなものさ。レオンそのものじゃない」
「うん。でも兄さんはここにいるんだよね」
ティータは魔剣に触れながら、しらばく目を閉じていた。
レティシアが近づいて来る。
「ロイ。やはりお前が幻影騎士だったんだな。感謝する」
「なに。大したことはない。もののついでってやつさ」
「お前は王都を救ってくれた。そして魔大戦では私の命を救ってくれた。礼がしたい。何でも言ってくれ。私の気が済まない」
彼女はじっと俺を見つめる。
何もしなくていいといっても、彼女の心にも負担が残るかもしれない。
とはいえあまりに無法な事も頼めない。
その時ふと、名案のようなものが思いついた。
商売は宣伝が大事だと言っていた、商業ギルドの会長を思い出す。
ウミネコ亭は今のところ何とかやっていけてはいるが、まだまだ知名度が足りない。
今来ているのは、常連ばかりだ。
必要なのはやはり宣伝である。
「じゃあ、手伝ってもらいたい事がある。あんたにしか頼めない」
「わかった。私にできることなら」
レティシアの言葉に、俺はにやりと笑った。
「今回はありがとう、助かったよ」
俺は神狼との別れ際に言う。
「いえ大してお役に立てませず……それよりお願いがあるのですが」
「なんだい?」
「是非、この子たちの名付け親になって頂きたいのです」
神狼は二匹の子を見る。
大役過ぎて俺は少々気が重い。
だが神狼の真剣な目を見ると、断るわけにもいかない。
少し悩んだ後、俺はたてがみに赤い毛の混じる子をハロール、胸元に三日月の形の白い毛が生えている子をマロールと名付ける。
神話に出てくる双子の天使の名前だった。
「ロイのおじさんありがとう」
「ありがとう」
ハロールとマロールも喜んでくれたようで、一安心だった。
戦後処理はスムーズに進んだ。
結局アステリア軍はグルカンド軍を国境外へと押し返し、撃退したという。
戦後の交渉はこれから長い期間かけて行われるだろう。
そして海神祭がやってくる。
お読みいただきありがとうございます。
最終話は明日10月11日の、朝八時過ぎに投稿いたします。




