040 海神祭
そして海神祭の日がやってきた。
「な、なんだこれは。こんなふしだらなものを私に」
レティシアは怒りで顔を真っ赤にしながら、『ウミネコ亭はこちら』と書かれた看板を掲げていた。
服装はといえば、思い切って胸を強調し、胸元があいた黒のワンピース、白いエプロン、フリルの付いたカチューシャ。
いわゆるメイド姿であった。
「いやなに。似合ってるぜ、レティシア」
レティシアは殺したそうな目で俺を見る。
とはいえ王命とあれば、彼女に拒否はできない。
レティシアに数日、店の宣伝を手伝って欲しい。
それが俺が王に求めた報酬だった。
ギルベルト三世も面白がって、快く了承してくれた。
もちろんそれだけではなく、いくらか金貨も貰えるらしいが。
レティシアにメイド姿で呼び込みをしてもらうにあたっては、商業ギルドの会長にも相談した。
「そりゃいい。庶民は大貴族の生活に興味津々なのさ。貴族のメイドの恰好で客寄せすりゃあ、人が殺到すること間違いなしだぜ」
「しかしそんな事して怒られないかね?」
「祭りだし無礼講だ。心配ねぇよ、ロイ。それにレティシアだって貴族だろ?」
それは確かにそうだった。
王都の警備隊長であるレティシア自身がウミネコ亭の宣伝をしてくれるとなれば、効果はかなりのものだろう。
とはいえ一口にメイドといっても、使用人を管理する者、女主人の専属侍女、食事係や来客対応と、様々な職分にわかれている。
「メイドっていってもな……どういう服装させりゃいいのかね」
「なに、それっぽければいいのさ、ロイ。みんな細けぇこたぁ、知りゃしねぇんだから」
ということで、他に伝手もなく、俺は『女神亭』のミリアに頼むことにした。
事情を話した時、彼女は喜んで協力すると言ってくれた。
「いいじゃない!レティシアを見かけるたびに、いつも思ってたんだよ。素材はいいのに野暮ったい恰好ばかりでもったいなぁ、ってね。」
ミリアは乗り気で準備をしてくれる。
どこで手に入れたのか、衣装一式もあっという間に揃った。
そして着つけやメイク、髪のセットまで協力してくれた。
今もミリアはレティシアをなだめながら、素早く櫛で彼女の髪を整えていた。
「はいはい。あ、髪が乱れてる」
俺には化粧も服装も全くわからない。
ティータやカーミラもその点は頼りない。
ミリア様様であった。
「か、可愛い」
「た、隊長どの素晴らしいです」
レティシアの部下らしき若い隊員たちが、興奮したように早口で喋る。
確かにレティシアは目立つ。
周囲の人々は遠巻きに眺め、何やらひそひそと話している。
彼女目当てに客が押し寄せ、俺としては万々歳であった。
「屈辱だ……こんな……女を売り物に……」
「女として生まれて、女の武器を使う事の何が悪いの?騎士は剣で、魔術師は魔法で戦う。それと同じよ」
ミリアはレティシアをなだめるように言った。
「いや、しかしなぁ」
「すごくおきれいですよ、レティシアさん」
ティータも真面目な顔で褒める。
「うちも経営が苦しいんでね。しっかりと集客、頼むぜ」
俺の言葉にレティシアはじろりと視線を送り、観念したようにため息をつく。
俺としては、客が増えてくれさえすれば、万々歳である。
男だけでなく、意外に女性陣にも評判がよかった。
レティシアほどの美女となれば、もはや好みの段階を超えている。
とはいえ、全ての人間を満足させることは出来なかった。
「お可哀そうに。あんなふしだらな恰好をさせられて」
「レティシア様には清楚なファッションが似合ってらっしゃるのに……いっその事男装の方がまだましですわ」
「いえ、いつもの警備隊長の正装の方がずっと素敵よ」
ひそひそと女の子たちが話している。
どうやらレティシアには隠れファンも多いらしい。
「ウミネコ亭ぉおおお、よろしく頼む!」
開き直ったのか、レティシアは大声で叫んだ。
常日頃、部下に訓示を述べたり号令をかけたりしている分、彼女の声はよく通る。
通りを歩く人々は立ち止まり、そのうち幾人かはウミネコ亭にやってくる。
海神祭だということで、臨時の従業員も含め人数を増やしていた。
だが、だんだんと手が足りなくなる。
「おいおい、ミリアさん。あんたまでそんな事しなくても」
「あらいいのよ、今日は」
ミリアは愛想よく注文をとり、料理を運ぶ。
「ミリアじゃないか?女神亭はやめたのかい?」
「今日は特別。ウミネコ亭をよろしくね!」
ミリアを知っているらしい客とのそんな会話もかわされる。
とにかく、話題作りは大成功だった。
「おお、これはにぎわっておるな」
中年の夫婦と、十代の子供たちの一団があらわれた。
仮装した国王一家だった。
「陛下!このようなところに」
レティシアは頭を下げる。
「これこれ、今は一介の無名の市民だぞ」
ギルベルト三世は笑って言った。
仮面をつけているといっても、見る者が見れば、正体は明らかだった。
だが他の人々は慣れたもので、そしらぬ顔をしていた。
国王一家は、気さくに街にでて祭を楽しんだり、露天商と話したりする。
その時は、皆知っていても知らないふりをするのが慣例だった。
夜にかけて客はさらに増えていく。
夕方からはカーミラも手伝ってくれる。
ミランダとダンの親子、マルコ・パメラ・ジーナの三人、モーガン爺さんも来てくれた。
見るからに金のかかった衣装を着た、貴族らしきものもいる。
赤猪の肉、パンやチーズ、それに麦酒や蜂蜜酒が飛ぶように売れた。
「おーい。麦酒がきれてるぞ!」
「レッドボアの串焼き、まだかい?」
「こっちに蜂蜜酒、頼むよ!」
あちこちから、客の声があがる。
「おお、すまんな。すぐ持っていく」
まだ全ての問題が解決したわけではない。
魔族の残党、暗殺教団の生き残り、北の大国グルカンド、王権を狙う大貴族、戦後の混乱に乗じて勢力を拡大しようとする貴族や商人たち。
とはいえ一介の酒場の親父の俺には、もはや関係のないことだ。
俺はこのウミネコ亭で手一杯だった。
これからも厄介事は降りかかるだろう。
生きている限り。
だが、明日の事は明日考えればいい。
そう思えるようになった事は、きっと幸せなのだろう。
例え後悔ばかりの人生だったとしても、まだこの手で掴めるくらいの幸せなら守れるはずだ。
俺は柄にもなくそんな思いをめぐらせながら、厨房へと向かった。
読んでいただきありがとうございました。
これで完結となります。
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