038 幻影騎士
幻影騎士の鎧は、魔法や魔力あるものの攻撃を全て無効化する。
例え戦略級魔術だろうと、魔王の攻撃であろうと。
これが魔剣の力の一つ、幻影騎士だった。
半ばは理性を失っているであろう魔物も、俺の異常さに気づいたらしい。
だが大集団が狭い街道にひしめいているのだ。
例え突進をやめたとしても、後ろから来た集団に踏みつぶされるだけだった。
俺は魔剣をふるう。
横殴りの一閃で、数十体の魔物が両断されて吹き飛ぶ。
右へ、左へ、上へ。
魔剣は咆哮をあげながら、魔物を屠り、魂を吸い取る。
もはや相手が誰か、何のために戦っているのかという思いすら、頭から消し飛ぶ。
魔物の爪も、牙も、息吹も、魔法の風や氷の刃も、幻影騎士の鎧を傷つけることはできなかった。
向かってくるものは全て魔剣の餌食になる。
魔剣は時にその刀身を伸ばし、形を変え、魔剣の風圧ですら魔物たちを冥界の神ジャデルの元へと送る。
魔剣は魔物の魔力を吸うたびに威力を上げた。
一度に千体を倒した事もあったかもしれない。
どのくらいの時間が過ぎたかも、もはやわからなかった。
とはいえ時間にして十分くらいだったろう。
いつの間にか、魔物たちの突進は止まっていた。
そして魔物の群れをかき分け、前方からこちらに近づいてくる一団があった。
走竜に乗り、巨大な体に曲がりくねった角を持つ姿。
魔族だった。
「聞きしに勝る力だな」
先頭の一体がにやりと笑う。
その時俺の変身は解けかけていた。
鎧も兜も籠手も、徐々に溶け、蒸発したように消え失せる。
「やはりか。幻影騎士には制限時間がある。思ったより、魔法無効化の有効時間は短かったな」
確かにその通りだ。
残念ながら、ずっと幻影騎士のままではいられない。
魔力による攻撃を無効化する幻影騎士の鎧をまとえるのは、一日わずか十分間だけだった。
もし幻影騎士に制限時間が無かったら。
一日とはいわず、せめて一時間でも幻影騎士のままでいられたら。
そうすれば、レオン、イザベル、シェンたちは死なずにすんだろう。
「お前は誰だ?」
俺は呼吸を整えつつ言った。
「俺はゲハルという。お前に殺された、魔将リュザの弟だ」
「そうか」
「他に言う事はないのか?他人の兄を殺しておいて」
「人であろうと魔族であろうと、殺すのは罪だと言うなら、その非難はうけよう。だがあれは一対一の堂々とした戦いの結果だ」
「ぬけぬけと」
「元はと言えばおまえの兄が、何の罪もない国境の村を焼いたからだ」
「ふん!」
ゲハルは俺の言葉にまともに答えようとせず、いきなり傍らの魔物を掴み引き裂いた。
そしてその魔物を喰らい始める。
するとゲハルの身体が巨大化し始める。
魔族の変身だがそれだけではなかった。
金色の体毛と金色の瞳。
通常の倍ほどの背丈。
「どうだ。これが古代魔術の力よ」
にやりと笑って言う。
周囲の部下達も、ゲハルに倣って魔物を喰らっていた。
「おいおい。魔物たちは仲間じゃなかったのか?」
「雑魚どもは、魔力を吸い取るための単なる生贄だ。これが真の変身よ」
「それで……そんな悪趣味な事してどうしようというんだ?」
「決まってる。この国を俺のものにするんだ」
ゲハルは誇らしげに宣言した。
「やめておいた方がいいと思うがね」
「今、アステリア王国は弱っている。本来もっと時間をかけるつもりだったが……ちょくちょく余計な邪魔が入ったのでな」
「へぇ、そうかい」
「とぼけるな。あちこちうろちょろして、俺たちの邪魔をしたのはお前だときいているぞ」
なるほど。
暗殺教団を使って貴族をそそのかし、神狼をとらえて操ろうとしていたのは、やはりゲハルの一味だったわけだ。
「そりゃすまんな。そんなつもりはなかったんだがね」
俺の言葉は、半分くらい本気だった。
様々な事件に巻き込まれたのは、必ずしも俺の意志ではない。
とはいえ見過ごすこともできなかったわけだが。
「まぁいい。魔剣を渡してもらおうか、ロイ」
「嫌だと言ったら?」
ゲハルはにやりと笑うと部下に合図する。
巨大な台車が前へと進み出て、俺から二十メートルほどの距離で止まる。
そこにいたのは――
「ティータ!」
「この女、思ったより魔力抵抗が高い。操っておぬしと戦わせてやろうと思ったが、うまくいかなかったわ。さすがは賢者レオンの妹と言うべきかな」
白いローブをまとい、磔台に縛り付けられている。
左手にはあの海妖の腕輪があった。
魔族や暗殺教団の魔術では対処できなかったらしい。
あの腕輪が、最後の最後でティータを守ってくれたのかもしれない。
「ロイさん」
ティータは目に一杯涙をためていた。
「ティータ!今助けてやる」
「居間の戸棚の奥に……クッキーの箱があるから……食べてくださいね……ロイさんにあげます」
ティータは声を絞り出して、無理に笑顔をつくる。
俺は素早く状況を計算する。
敵の配置には隙が無い。
倒せたとしても、ティータを救い出すのは無理だろう。
「もう一度言う。その剣をこちらに渡せ……さもないと」
ゲハルが部下に目で合図する。
「きゃああああ」
ティータの悲鳴が響く。
出力を弱めてはいたのだろうが、飛来する雷光がティータを打ち据える。
「わかった。魔剣は渡す。だからやめろ」
俺は魔剣を宙高く放った。
剣は回転すると、俺とゲハルの中間の地面へと突き刺さる。
ゲハルはゆっくりと近づくと剣を引き抜く。
「おぉ、この禍々しい魔力……これが魂を喰らう剣、魔剣ルドラか」
「魔剣は渡したぞ。ティータを解放しろ」
ゲハルは嫌な笑い方をする。
「そんな約束などしとらんぞ」
「……もう一度言う。ティータを解放しろ。そして下らぬ陰謀などやめ、この地を去れ」
「ロイ、お前は魔法が使えない。魔剣もわが手にある。今のお前に我らに抗うすべはない」
「そうか。俺は忠告したぞ」
「ほほほ。強がりも心地よい」
俺はゲハルの手にある魔剣に向かって叫んだ。
「出でよ、賢者の魂よ!少女を解き放て!」
ふいに魔剣が光を放つ。
そして一つの影が空中に出現する。
それはローブをまとい、杖を手にした人の形をとっていた。
影は杖をかかげると、ティータの周囲に薄い光の膜ができる。
そしてその光の膜は、ティータと一緒に磔台ごと浮かび上がった。
あわてて周囲の魔族達が攻撃しようとしたが、光はそれらの全てを跳ね返す。
光の膜は俺の後ろにやってくると、ゆっくりと着地した。
「ティータ!大丈夫か!」
だがティータは俺を見てはいなかった。
彼女の視線は、空中に浮かぶ人影に一点に吸い寄せられている。
「え……まさか……兄さん?」
ティータはあえぐように言葉をもらした。




