037 大暴走
「よくやってくれた」
ギルベルト三世は一同に向かって言う。
王宮の広間には、各ギルドの主要メンバーや、王国軍の隊長クラスのものが集まっている。
場違いだとは思ったが、俺も参加してくれとのことでこの場に出ることになった。
ギルベルト三世は甲冑をまとっている。
魔大戦においても、めったになかった事だ。
それだけ今回の事態が重大だという証拠だろう。
集まった者たちもそれを感じ取っているのか、表情にも緊張が見える。
「さて、今の状況と今後の方針を説明しよう」
王の口から発せられた内容は、あまり愉快とはいえない情報だった。
北方から魔物の大軍が迫ってきている。
その数は、十万だという。
これだけの魔物を大発生させるとは、古代遺物か古代魔術なのか。
非行型の魔物が少ないのはせめてものことだろう。
さらにそれだけではなかった。
「これから話す事は、そなたたち以外には伝えておらん。他言は無用だ。兵達に動揺を招きたくない」
王からの悪い知らせは続く。
国境沿いから、少数だが魔族の軍も侵攻してきているという。
踏破不可能と言われていたワルズレン山脈を超え、魔軍の部隊が、グルカンドとの国境を守っていたアステリア王国軍の背後に現れた。
対処しようとしたアステリア軍は、背後からグルカンド軍の攻撃を受け、かなりの損害を出した。
何とか踏みとどまったものの、状況は芳しくなく、魔族軍を追う事もできない。
魔族軍は、国境の部隊を相手にせず、首都めがけて南下しているという。
「グルカンド軍には目にもの見せてやるとして、どのように対処すればよいか。そなたらの意見を聞きたい」
何人かの将軍が意見を述べた。
ただこれはあくまで形式的なものだろう。
実際の作戦は既に決まり、部隊の準備も整っているはずだ。
そうでなければ迎撃が間に合わない。
だが実のところ、それほど選択肢はない。
首都を囲む城壁で迎え撃つか。
それとも北へ出て、山岳地帯へと続く狭隘な街道で迎え撃つか。
もっと侵攻を遅らせる事ができれば対処できたかもしれない。
だが贅沢をいっても仕方ない。
最悪、北方の魔物の大群と魔族の軍勢、東方の飛竜により、挟み撃ちにされる可能性もあったのだ。
結論として、北へ出て迎撃するという方針に決まった。
こうなったら手は一つだ。
「陛下」
俺は発言を求める。
「なんだ、ロイ?申してみよ」
「今度の戦い、俺に先鋒をお申しつけ下さい」
「ふむ。そなたの希望であれば願ってもないことだ。早速先鋒の部隊に配置するよう手配しよう」
「いえ、俺ひとりで、です」
「なんと……」
一同がざわつく。
周囲の視線が俺に集まるのを感じる。
興味深そうに俺を見る者、逆に生意気だと言わんばかりの反感の視線を投げかける者。
ギルベルト三世は、しばらく考え込んでいたが、やがて頷くと言った。
「わかった。先鋒はそなた一人に任せよう」
「陛下!ロイ殿が勇者であることは承知しておりますが、たった一人になど……」
王の言葉対し、将軍の一人が王に向かって言上した。
「いや。策はあるのであろう、ロイ?」
王は部下の言葉に首を振りつつ、俺にたずねる。
「はい。魔剣を使います」
俺はそれだけ言った。
「ふむ。よかろう。ロイに先鋒を命じる。他の部隊は後方で待機だ」
ギルベルト三世は宣言した。
有無を言わさない口調に、一同は頭を下げる。
内心賛同していない者もいるかもしれないが、どのみち大幅な作戦変更があるわけでもない。
「ご決断、感謝申し上げます」
「なに、魔物や魔族との戦いに経験豊富なおぬしが先鋒をつとめてくれるならありがたい。それとロイよ。神狼を手なずけたそうだな」
「はい。以前ちょっとした縁がございました。報告を失念しておりまして、申し訳ございません」
「いやいい。さすがは魔王殺しのロイだな。神話の古代種族たる神狼すら味方に引き入れるとは」
王は感心したように言った。
褒められて喜んではいられない。
さすがに十万ともなると、いくら古代生物でも荷が重いだろう。
さらにはその背後には魔族の軍勢もいる。
神狼もどこまで協力してくれるかわからないし、昼間のカーミラはいささか頼りない。
そして三日後、王都の北で待機する俺たちの元に、斥候から情報がもたらされる。
「敵襲来!こちらとの接触まで、あと一時間とみられます」
周囲に緊張が走る。
「打ち合わせ通り、俺が迎撃する。俺の事は気にせず、魔物への遠距離攻撃は行ってくれてかまわん」
俺は横にいるレティシアに言う。
「しかしそれでは、ロイ殿にも被害が及びます」
「ロイの言うとおりにしろ、グレン」
レティシアは短く命じる。
「では、行くぞ」
「ああ、武運を、ロイ」
俺は子神狼にまたがる。
神狼たち三体は、北へ向かって駆け出した。
敵が北から来るというのがまだしも幸運だったかもしれない。
王都の北は平地が広がるが、途中から山に囲まれた地域が続く。
街道は、比較的狭い一本道である。
そして山の麓付近の街道で俺は神狼から降りた。
「ここでいい。お前たちは後方で待機していてくれ」
「いえ、我らも戦います」
「いや、魔剣を使うとなると、お前たちも危ない。」
俺は左手から魔剣を出現させる。
神狼たちは、魔剣をまじまじと見る。
「なるほど……わかりました。助けが必要な時は、いつでも呼んでくだされ」
何かを悟ったのか、三体の神狼は去っていった。
俺は大きく息を吸った。
秋の日差しに、爽やかな風が心地よい。
刈り取られた小麦と、実る木々の香り。
既に太陽は中天を大幅に過ぎ、もう少ししたら黄昏時だろう。
こんな時に殺し合いなんぞする奴は愚かだと思いつつも、俺には他に選択肢はなかった。
あの時のように。
しばらくして遠くに土煙が見え、地鳴りが響く。
土煙をたてて、魔物たちが突進してくる。
おそらく後方には、魔族の部隊がいるだろう。
あれを使うとしたら、ここしかない。
俺は魔剣を高く掲げて叫ぶ。
「漆黒の闇より来たれ、幻影騎士!」
俺の周囲に黒い雲が沸き起こる。
手、足、胴体、頭。
俺の全身が黒い鎧に覆われる。
右手の魔剣から、黒い【気】が伝わってくる。
それだけではない。
魂を焦がすような飢えと破壊衝動。
俺は黒い【気】を体内の通路へ通し、体外へと放出する。
魔剣の【気】を全て身体に吸収するわけにもいかない。
俺は魔物の群れに向かって走り出す。
闇猪、鷲獅子、キマイラ、闇狼……
数えきれない程の魔物が襲ってくる。
いちいち相手を確認などしていられない。
魔物たちはこちらへ突進しながら、炎や氷の息吹を吐き出した。
だがその息吹は、俺の幻影騎士の鎧に跳ね返された。




