036 開戦
東の城門前は、多くの兵でごったがえしていた。
大型の矢を発射する弩砲も設置されている。
魔物の集団はAランク飛竜であると伝えられる。
Bランクの翼竜と違い、炎の息吹も使う。
飛行する魔物相手ということで、まずは魔術師の部隊に弓箭兵が中心になるだろう。
王都の冒険者ギルド、『黄金の牙』、『黒竜の爪』、『青龍の翼』からも、Bランク以上の冒険者が集められた。
「俺たちはとどめ役だ。合図があるまで待機していてくれ」
デニスが冒険者一同に向かって言う。
皆は緊張した顔で頷いた。
飛竜は最上位の竜ではないが、飛行能力が高く、やっかいな相手だ。
「あんたも現場に復帰かい、デニス?」
「まぁな。人も足りねぇしな」
デニスはやや冗談めかすが、これに関してはアステリア側の深刻な事情もある。
魔大戦ではS級やA級の冒険者たちにも戦死者が出た。
そして王国の討伐隊を見回すと、少し頼りなくも思える。
アステリア王国の総兵力が10万人。
だが魔大戦でおそらく半減しており、今も回復していない。
国境沿いにも兵を配置せねばならず、首都にいる兵力は、せいぜい1~2万人といったところだろう。
首都にいる兵は経験が少ない。
さらには、魔物と戦った事があるものも多くはないだろう。
とはいえ、兵士の数だけでいえば二千はいる。
俺は左手をそっとなで、弓矢をもう一度チェックする。
矢尻はモーガンの爺さんに貰ったものだ。
俺一人で何体かは倒せるだろうが、街や住民を守りながらは難しい。
多数の敵相手では、魔法に勝るものはない。
待機の間にも、頭に浮かぶのは、ティータの姿だった。
今どこにいるのか、無事なのか。
こんな事をしている間に探しにいくべきではないのか。
俺は首を振って、そんな思いを払いのける。
あてどもなくさまよい歩いたところで、ティータが見つかるわけではない。
それよりも今は敵を倒すことに集中すべきだった。
俺やティータの居場所がなくなっては、元も子もない。
その時、ふいに兵士の声が響く。
「飛竜襲来!敵の数は十五体です」
「思ったより多いぜ」
デニスがぼそりと呟く。
アステリア王国軍はいくつかの小隊ごとに、担当空域を決めて対処するらしい。
「構え!……撃て!」
弩砲が発射される。
だが発射された巨大な矢は、飛竜をかすめただけで、撃ち落とすことはできなかった。
(危ういな)
Aランクの飛竜とはいえ、これだけの人数がいるのだ。
冷静に対処すれば、勝てない相手ではないはずだった。
だが飛竜と対峙した経験が少ないのか、もしくは戦闘自体の経験が少ないのか。
恐慌にかられれば、いくらこちらの数が多かろうと相手が弱かろうと、一気に崩れてしまう。
「倒してもかまわんのだろう、デニス?」
「ああ。うちらの担当エリアならな」
俺は城壁にのぼる。
とはいえ、あれはまだ使うわけにはいかない。
「行け、魔剣!」
俺の左腕から魔剣が出現する。
上空を旋回していた一体がこちらへ急降下してくる。
息吹の射程に入る前に、俺は宙高く飛び上がる。
魔剣の刀身が何倍にも伸びる。
魔剣を横殴りに振るうと、飛竜の首が両断される。
飛竜は真っ逆さまに地面に墜落する。
「大丈夫だ!落ち着いて対処すれば倒せる!」
俺は叫ぶ。
その言葉はあっという間に伝わり、兵士たちは落ち着きを取り戻す。
魔法や強化魔術を使った矢や、魔糸で動きを阻害し、攻撃する。
地面付近に引き寄せた個体は、騎士たちがとどめをさした。
そして防御魔術や魔法加工を施した盾で、飛竜の息吹を防ぐ。
一体、また一体と倒されていく。
だが全てが完璧に対処できたわけではなかった。
飛竜の一団の中の数体が、防衛隊の攻撃を回避し城壁の内部に侵入しようとした。
だがその時、その城壁を覆うように、巨大な光の壁が出現する。
飛竜よける間もなく衝突すると、地面へと落ちていく。
「聖盾だ。レティシア様だ!」
「レティシア様が戻られたぞ!」
それが兵士たちにもたらした士気は大きなものだった。
「アステリアの兵達よ!恐れるな!」
レティシアの声が響く。
兵士たちはますます意気盛んに飛竜に攻撃する。
一部の貴族から煙たがられてはいるが、レティシアはそれなりに兵の人望を得ているらしい。
既に飛竜の集団はあらかた斃されていた。
だが最後に残った三体は手強そうだ。
「三本竜か」
デニスが呟く。
飛竜には角が二本しかない。
三本竜とは、その名の通り角が三本ある個体の事だ。
通常の個体よりも、攻撃力や耐久値ともに高い。
レティシアの聖盾でも、王都中を覆うことはできないだろう。
一体の飛竜が側面へ回り込もうとする。
無数の弓矢や魔法が撃ち込まれるが、回避され、命中したものもダメージを与えられない。
俺も矢をつがえ、飛竜めがけて、立て続けに何本か射かける。
「ちっ!」
思わず舌打ちが漏れる。
俺の矢は、一本だけ飛竜の翼をかすめただけだった。
こうなれば魔法で弱らせて
地上付近に来たところを、魔剣でとどめをさすしかない。
そう思った時だった。
再び状況は変化する。
天空から稲光が生じ、飛竜めがけて落下した。
稲妻に撃たれた飛竜は地面へ墜落する。
落下したあとも、なお飛び上がろうとする飛竜に、二匹の巨大な狼が襲い掛かる。
あっという間に飛竜はとどめを刺された。
急に出現した援軍、しかも巨大な狼のような魔物に、兵士や冒険者たちも戸惑っている。
「待て!あれは味方だ。攻撃するな!」
俺の言葉に、周囲の兵士や冒険者は構えていた武器を下げる。
その後はレティシアの聖盾や応援の魔物の活躍で、あっという間に飛竜達は全滅した。
俺は巨大な神狼へと駆け寄る。
「助かったよ、ありがとう。久しぶりだな」
それは以前、赤猪事件の時に出会った神狼だった。
彼女の足元には二匹の子神狼がいた。
「カーミラ殿から連絡を受けまして。助太刀に参上いたしました」
神狼は念話で話しかけながら、頭を下げる。
そういえば、カーミラが何やら使い魔に命じていたのは、神狼に連絡をとっていたのだろう。
「あらためて礼を言うよ、その子たちはもしやあの時の?」
「はい。ロイ様に救って頂いた命です」
二匹は興味深そうに俺を見る。
「かあさま。この人がいつもかあさまが言ってた人?」
「この人間がそうなの?」
二匹は声をそろえる。
「そうよ。これ、挨拶なさい」
母親の言葉に、双子の神狼は前に出て、ぴょこりと頭を下げる。
俺は二頭の頭を、それぞれ撫でてやる。
子狼といっても既に成牛くらいの大きさはあった。
レティシアの参戦、神狼の救援。
どちらも頼もしく、勝利へと近づく要素であるには違いない。
だがまだ戦いは終わってはいなかった。




