035 迫る危機
「おお、ロイ。久しぶりだな。息災であったか?」
「陛下のご威光をもちまして」
俺は頭を下げる。
アステリア王国の王宮、謁見の間であった。
玉座に続く床には、赤いファルシャ製の絨毯が敷かれている。
一段高くなった中央のギルベルト三世の隣には宰相が、俺の両隣には各騎士団の団長らが並んでいた。
「レティシアの偽物と他の賊どもは今取り調べを受けておるが、まだ詳細は判明しておらん」
「左様でございますか」
正直俺にとってはそれより気になる事があった。
だが意外な事に、ギルベルト三世の方から、その話題を持ち出した。
「ところで、ティータが暗殺教団の無法者どもに攫われたそうだな」
「ご存じでしたか」
「もちろんだ。レオンの妹でもあるし、王立魔術学院でも毎年学年トップで、将来有望。魔術師団含め、あちこちの部署で取りあいだからな」
「そうだったのでございますか」
「知らぬのはおぬしだけだろうよ」
ギルベルト三世は声を出して笑い、周囲にも笑いの渦が起きる。
「面目ありません。私もティータを取り戻したいのですが、今のところ手がかりが全くございませんで」
「それについては、わしに任せてもらおう。王国の総力をあげて、ティータの捜索と身柄確保に全力を尽くすと約束しよう」
「ありがたきお言葉、感謝にたえませぬ」
俺は再び王に一礼する。
「よいよい。王国の功労者の妹で、本人も稀に見る才の持ち主。前途有為な人材を失うわけにはいかぬ。それとおぬしには別に頼みたいことがある」
「は、何でございましょうか」
そう言ったものの、王の言葉は半ばは予期していたものだった。
今、アステリア王国に危機が迫っている。
王の言った事は、以前デニスが言っていた事と同じだった。
北方のグルカンドの動き。
魔物の大発生の予兆。
そしてどうやら魔国の残党が暗躍しているらしい。
「魔将リュザは覚えておるだろう?」
「はい、陛下」
リュザは八大魔将の一人であり、魔国連邦を構成する領地の一つであるガイヤルの地を治めていた。
どうやらその弟のゲハルが関わっているという。
その件に関しては、魔国からも連絡があったようだ。
ゲハルは兄の跡を継いで領主となったが、魔国連邦を離脱したという。
果たしてそれが真実かどうかはわからない。
だがアステリア王国側としても、我々も困っていると言われて魔国側を責めても仕方ない。
なるべく協力するということで、かたがついたらしい。
「魔剣の封印を解いたそうだな、ロイ」
「はい」
どうせ報告がいっているだろうし、否定しても仕方ない。
「今、同盟諸国へも援軍を要請している。だが間に合うかもわからない。今回の国難に際し、そなたの力を借りたいのだ」
そこまで言われて断るわけにもいかない。
「承知いたしました。微力でございますが、王国と陛下のためにこの剣を振るいましょう」
「うむ」
ギルベルト三世は満足そうに頷いた。
「冒険者ギルドには既に招集がかかっている。そなたは『黄金の牙』のデニスの指示に従ってくれ」
「わかりました」
俺は最後に一礼すると、謁見の間から退出する。
今の自分の状況を顧みれば、若干不本意ではある。
だが俺一人でティータの捜索にあたれるわけもない。
王国が協力してくれるというなら、素直に任せるべきだろう。
自分にそう言い聞かせていても、内心の不安は去らない。
だが事態は俺の想定を超えて、急速に進行していく。
ついに王都の住民への避難勧告が出される。
逃げられる人間は西方の街、もしくは船に乗って南方へ退避せよとのことだった。
「そう言われても、あたしは他に行くとこもないし。ここの方が安全な気がしてねぇ」
酒屋のおかみのデボラが困惑したように言う。
俺の近所でも逃げた人間は多くない。
ただそれなりに馬車で西方へ移動する集団や、船に乗り込む人たちは見かける。
城壁の外から流入してくる人々もいた。
ただ思ったほどの混乱はない。
あらかじめ情報を入手していた金持ちや貴族たちは、既に逃げ出していたのだろう。
デボラのような庶民はむしろ、街の中にいたほうが安全だという判断を下すものも多かった。
「当分の間、店は閉める。あなたたちもそれぞれ身の振り方を決めて欲しい」
俺は臨時で手伝ってくれている従業員に告げた。
彼らは顔を見合わせ困惑する様子だったが、全員王都に残る事にするらしい。
俺は彼らに当座の一時金として数枚の金貨を渡す。
そしてダンにもしばらく剣の授業は休止すると言う。
「おいらがもっと強かったらなぁ。そんな魔物なんて」
「これ。調子にのるんじゃないよ。家で大人しくしときな」
「わかってるって、母ちゃん」
その夜、城外に偵察に出ていたカーミラが戻ってくる。
「魔力の動きは感じるが、どのような魔物か魔族なのかわからんわい」
椅子にどさりと腰を下ろしながら、カーミラはそう言った。
「ティータの行方は?」
「それもわからんかった。元々、わらわは探知が苦手なのじゃ」
強大な魔法を使えることと、微細な魔力を感知し発生源を突き止める能力は別だという事だろう。
たしかに魔国の方が、神聖同盟諸国よりも魔法に関しては進んでいるのかもしれない。
それに戦争のせいで、あちこちで人手が不足し、今も完全には回復していない。
魔物の大発生の予兆を突き止めただけで上出来かもしれない。
暴走を生じさせる魔術や古代魔導具。
さらには暗殺教団。
思い返せば、よくこんな相手に勝てたものだ。
「お前はどうするんだカーミラ。ここも危ないだろう」
「自分の身くらい自分で守れるわ。それに、わらわとてもおぬしとティータくらいは救いたいぞよ、旦那様」
「まぁ、好きにしろ」
相変わらずカーミラは、頼りになるのかならないのか、よくわからない。
そのようなやりとりがあった翌日、俺はギルドに呼び出される。
「ロイ。とうとう敵が動いた。暴走だ」
どうやら王国の偵察部隊が、魔物の集団の移動を察知したらしい。
「魔物の種類と状況は?」
「東からは大型のやつが、北からはそれより数が多いが比較的小型のものらしい」
「大型というと、まず竜だろうな」
「多分な。まず東から来る奴を叩いてから、北の集団。そういう順序だ」
どうやら東の魔物たちが先に襲来するらしい。
北の魔物の集団に対しては、進行速度を遅くしたり分断させたりすべく、攪乱工作が行われているという。
明日からは、東の城門近くで待機しなければならないだろう。




