033 激流
「よぉ、デニス。麦酒でいいかい?」
「今日はその話じゃねぇ。ちょっと裏で話せないか」
デニスはいつになく真剣な顔だった。
カウンターに座り、じっと俺を見る。
「わかった」
俺は店内をカーミラと従業員に任せ、店の裏手の休憩室へと移動する。
「招集がかかった」
冒険者は、普段はそれぞれ、個人や団で活動する。
複数の団がやギルドがからむ合同討伐もある。
だがこの国で冒険者に招集がかかるといえば、意味は一つしかない。
すなわち国王による、ギルドへの協力依頼だ。
「ほう。相手は?魔国の残党か?それとも魔物かい?まさか他国の侵攻があるから、ていうんじゃないだろうな?」
「わからん。わからんが、その全部の可能性がある」
そこまで事態が進行しているとは意外だった。
俺は戸棚へ向かいコップを二つ取り出すと、容器から水を注いでテーブルに置く。
「それで?」
「わかってるだろ?お前も協力しろって事だ」
「俺は引退してる」
デニスはそこで一気に水を飲み干し、話題を変えた。
「実はな。グルカンドとの国境にあやしい動きがあってな。王都の騎士団が、一週間前に応援に向かった」
「ほう」
それも初耳だった。
「もちろんそれは王国の問題だ。けどよ、そうすると魔物相手の兵が足りなくなる。それで招集だ」
「なるほどね。だが俺にできることはないな」
「そりゃねぇよ、ロイ。今までだって、魔物討伐にあれにこれに、協力してきたじゃねぇか」
「それは俺が必要と思ったからさ」
「今回も必要かもしれねぇんだ。お前と魔剣ルドラの力がありゃあ、少々の事があろうと……」
「悪いが、あれはもう使いたくないんだ」
俺はきっぱりと言う。
「……そうか。気が変わったらいつでも連絡してくれ」
デニスは一つため息をついてそう言うと、立ち上がり部屋を出て行った。
招集がかかるとは普通ではない。
以前の招集とはすなわち魔大戦であった。
もしかして国王直々に命令が下ることはあるのだろうか?
俺は名誉伯爵にはなっている。
だがこれはあくまで儀礼的なものだ。
別にギルベルト三世の臣下ではない。
それに魔剣ルドラを使いたくないというのは本当だ。
剣の師匠の元での修業、魔大戦での実戦経験を経て、魔剣をコントロールできるようになったとは思う。
だが魔剣はあまりにも強力すぎる。
多くの罪なき者の魂を吸った記憶が、俺をおしとどめていた。
戦場や魔物地帯で使うのとは違う。
市街地や人口の多い密集地で使うとなるとどうなるか、今一つ自信が無い。
しかしそんな俺の思いとは裏腹に、事態は激流のごとく流れ変転していく。
それは、そろそろティータが調査実習から帰ってくる頃だと思っていた時だった。
朝早く店の扉が叩かれる。
「ロイさん!」
駆けこんできて、開口一番叫んだのはマルコだった。
マルコ、パメラ、ジーナ、そして見知らぬ騎士風の男が一人。
「ティータが……ティータが」
「どうした?落ち着いて話せ」
「誘拐されたんです!」
「何だと!」
「これを」
そこには赤い文字でこう書かれていた。
『ロイ殿へ。魔剣ルドラを持って明日の正午、王都東のリデル湖まで一人で来られたし』
そして裏返してみれみれば、そこにあるのは蜘蛛の紋章。
暗殺教団だった。
「何があった?順をおって説明してくれ」
ともすれば大声をあげたくなる気持ちをおさえて、俺は言葉を絞り出す。
「はぁ……その……」
騎士はグレンといい、警備隊の副隊長であるということだった。
グレンは言いにくそうに説明を始める。
ただ事情と言っても、そう複雑なものではない。
要は調査に同行していたティータが、集団から少し離れた隙に攫われたという事だった。
魔術師も騎士もいたが、あくまで調査団の護衛程度の人数と戦力にしかすぎない。
仮に全員の力をあわせたところで、ティータの誘拐は防げなかったかもしれない。
そしてあのメッセージが残されたというわけだ。
「わかった」
「ロイさん、どうされるのですか?」
騎士が俺に言った。
「どうするもこうするも、とりあえずは、相手の言う通りにするしか無いだろう」
「しかし……王都警備隊にお任せいただければ」
「暗殺教団相手にどれだけの人数を割ける?それに魔剣を持って行くのが条件だからな」
返す言葉がなかったのか、騎士は黙った。
「ロイさん、すいません」
マルコ、パメラ、ジーナは、三人揃ってうなだれている。
「いや、お前たちのせいじゃないさ」
俺はなるべく穏やかに話しかける。
「僕たちも連れて行ってください」
「あたしも」
「私も」
「いや、だめだ。俺一人でと書いてある。大勢で行ったら、奴らは姿を見せないだろう」
俺はゆっくりと首を振った。
「申し遅れましたが、この事は上に報告しております」
騎士が言う。
「それは仕方ないだろう。俺は魔剣をもう一度手に入れる。そしてティータを取り返す。後の事は俺の知った事ではない」
俺は騎士を見る。
「わかりました」
グレンは何かを悟ったように一礼すると去っていった。
「さて。ティータの事は気になるだろうが、お前たちは待っていてくれ。ティータは俺が必ず救い出す」
マルコ達はそれぞれ顔を見合わせていた。
だが彼らがついてこようが、出来る事はないと思いなおしたのだろう。
「わかりました」
「お願いしますっす」
「ティータさんを助けてください」
そういって店を出ていった。
俺は自室に戻る。
戸棚の奥から引っ張り出したのは、つけ慣れた鎧と、最近愛用の魔法銀の剣だ。
鎧は火竜の皮をなめし、魔法銀の銀糸を編み込んだものだった。
籠手に脛当て、そして海妖の腕輪も身に着ける。
「まぁ、悪くないな」
俺は鏡の前で一人呟く。
結局俺は、血生臭い戦いからは逃げられないらしい。
「魔剣ルドラ……か」
聖剣アルマティ、神剣アスラとともに、古代遺物として伝わる、三つの剣の一つ。
奴らが魔剣を狙うのは当然かもしれない。
魔大戦が終わってからこの半年ほどに起こった様々な事件。
かかわっているのは暗殺教団だけだろうか?
デニスの話から考えるに、魔族の残党やグルカンドまで絡んでいるかもしれない。
とはいえ、奴らは魔剣の秘密を知らない。
魔族だろうと大魔導師だろうと、あれを扱えるものではない。
魔大戦で起こった事。
遥か昔の故郷で起こった事。
もう二度と、あんな事はたくさんだった。
これで終わらせなければならなかった。
準備が終わると、地下への階段を降り、カーミラの部屋をノックする。
「……なんじゃ……ふぁあ」
目の前の扉が開くと、カーミラがベッドから起き上がるのが見える。
「ティータがさらわれた」
俺は短くそれだけ言う。
「なんとな……どれどれ」
カーミラは目を閉じて念じる。
「どうだ?何かわかるか」
「うーん。だめじゃ。うまく集中できんが、いまどのあたりにおるかもわからんのぉ」
朝は想像以上に力が出ないらしい。
「そうか。ティータを攫った奴らからの伝言でな。魔剣を持ってこいと。今から向かう」
「ふむ」
カーミラは俺の腕輪に手をかざす。
「手を貸してくれと言いたいが、動けなさそうだな」
「残念ながら。腕輪にわらわの念をこめておいた。いくらかは役に立つじゃろう……それと、ほれ」
いつの間にか、地下の部屋に黒鳥が現れる。
カーミラは紙になにやらしたためると、短い筒に入れて、黒鳥の足にくくりつける。
「いつものところじゃ」とカーミラが言うと、入り口の扉が自然と開き、黒鳥は部屋から飛び去って行った。
「どうした?」
「応援を頼んだ。今起きても役に立たぬ故、わらわはもう寝るぞ」
「わかった」
今はこれ以上、カーミラと話している場合ではなかった。
俺は部屋を出ると、馬小屋へと向かった。




