030 真実の愛
「ロイさん。またデニスさんから連絡ありましたよ。会いたいって」
ウミネコ亭へと帰ると、ティータからそう告げられる。
「仕方ねぇな。じゃあ次の日曜日にでも……おお、そうだ」
ミリアの人探しの件があるし、ちょうどいい。
両方いっぺんにウミネコ亭へ来てもらえば、時間の節約にもなる。
最近店の業務をさぼりがちであったから、挽回しなければならない。
俺はミリアとデニスに、次の日曜日に店に来てくれと書いた手紙を言付けたところ、双方から了承の返事が来た。
そして次の日曜日。
先に来たのはデニスだった。
「よぉ、ロイ。どこほっつき歩いてたんだ?」
「ちょっと野暮用でな。それより何の用だ?」
「二つあるんだが、まずはこれだ。どうだ似てるだろ?」
デニスは従者にもってこさせた額縁に入った三枚の絵を、壁際に立てかける。
それはレオン、イザベル、シェンの肖像画だった。
「あ、兄さんだ。すごい似てる」
ティータの言う通り、レオンにそっくりだった。
「苦労したんだぜ。これをギルドの広間に飾ろうかと思ってな。何しろうちの一番の功労者だからな」
「そういやそんな話してたな。あ、俺はいいからな」
「わかってるよ」
その時、店の扉が開いた。
「ごめんください」
入ってきたのは当然ながら、ミリアだった。
「ああ、デニスは初めてだったな。こちらがミリアさんといって……」
俺はミリアと、ミリアの美しさに驚くデニスを見ながら言う。
だがミリアは俺たちを見ていなかった。
彼女の目は、壁際の一点を凝視していた。
そして震える手で、シェンが描かれた絵を指さした。
「……この人は?」
「あんたも知ってるんじゃないか?魔王討伐の功を挙げながら惜しくも亡くなった幸運団のシェン。こっちがレオンでこれがイザベラ。そしてこいつが唯一の生き残りのロイ、ってわけさ」
デニスが答える。
「シェン。あの人の本当の名前は、シェンっていうんですね。この人です、私が探していたのは。私のジュスランは」
「なっ……」
俺は肖像画とミリアを交互に見比べる。
「そうか。あんたがね……」
デニスは何やら難しい顔をして呟いた。
「ティータ。ちょっと席を外しててくれないか」
俺はティータに言った。
ティータには男と女の複雑な話は、まだ聞かせたくなかった。
「わかりました。私、パイ焼いてますね」
ティータも何かを察したのか、そう言って部屋を出ていく。
そしてミリアは語りはじめた。
「お店じゃありません。あの人とは、ひょんな事で知り合って。いつの間にか恋人同士になって。それだけです」
「シェンはあんたには、ジュスランと名乗ってたのか?シェンは自分がどんな仕事かも話さなかったのか?」
俺の言葉にミリアは、むしろ明るい笑顔で答える。
「ええそうです。でも彼が教えてくれたんです。男と女が惹かれ合い愛し合うのに、相手の身分だの職業だの出自だの……そんな事を知る必要は無いんだって」
「……」
「どんなものが好きで、どんなものに心を動かされて……そして、笑いかけてくれる笑顔と、抱きしめてくれる腕のぬくもりさえあれば。女が男を愛するのに、それ以上のものはいらないんだって」
「あんたは本当にシェンに惚れてなすったんだね、ミリアさん」
デニスが髭をなでながら言う。
「ええ。でも今は嫌いです」
「なぜだい?」
「だって嘘つきだから」
俺とデニスは何とも言葉のかけようがなかった。
ミリアは再び語り始める。
「彼はもちろん私がしている事は知ってました。そして言ってくれたんです。今とりかかってる仕事が終わったら結婚しようって。私を奥さんにしてくれるって」
「……」
「本当にうれしかった。そして思ったんです。私みたいな女でも夢みていいんだって。誰かの奥さんになって、毎日お料理をつくったりお掃除したり、喧嘩したり……そのうち子供も生まれて……そんな平凡な女としての一生を夢見ていいんだって」
「……」
「でもやっぱり嘘だったんですね」
そこでミリアはこらえきれず嗚咽する。
「シェンはあんたの事を大切にしてたと思う。だからあえて自分の事は話さなかったんだ」
ミリアが落ち着くのを待って、俺は言った。
「はい。彼は本当に優しくて……本当に大切にしてくれました」
「俺たちは明日をも知れぬ身だ。それに色々な依頼で恨みを買う事もある。ましてや魔族との戦いとなれば、家族だって狙われるからな」
俺がそう言うと、デニスも付け加える。
「そうそう。俺たちもあんたの事は知らなかったしな。冒険者にはよくある事さ。大切にしてる女を隠すなんざ」
ミリアは少し恥ずかしそうに、ハンカチで涙をぬぐった。
「戦争が終わって半年待ってくれ。半年待って帰ってこなかったら、俺の事は忘れてくれって。勝手ですよね」
「そういえば……そろそろ魔大戦が終わって半年か」
だがミリアは俺の言葉を半ば聞いていないようだった。
「私は彼の事をあまりにも知らない。いてもたってもいられなくて。半年たたないうちに、彼の行方を追い求めて……あちこちの酒場やギルドをあてどもなくたずね歩いて」
「そういう事情だったのか」
「でも不安だった。しつこい女、重い女だと思われたくない。彼が待ってろと言ったんだからと考えなおして、また館に閉じこもったり……なんてざまだと思いましたよ。王都の花と言われたミリアともあろうものが」
「……」
「貴族や王族ですら手玉にとってきた女神亭のミリアが……まるで初めて恋を知ったうぶな生娘みたいに、愚かで弱い女だったなんて知りたくなかった。馬鹿みたいですよね。ジュスラン……いえ、シェンはもういないのに」
「……ちょっと待っててくれ」
俺はそういうと、自分の部屋にシェンの短剣を取りに行く。
そして戻ってくるとミリアに差し出した。
「シェンの形見だ。シェンの血縁がいれば渡そうと思ってた。どうやらこれは、あんたのものらしい」
「これは……見覚えがあります。彼がいつも持っていた剣。いただいていいんですか?」
「ああ」
ミリアはシェンの短剣を受け取ると、そっと胸に抱きしめた。
「ミリアさん。実はシェンから預かってるものがあるんだ」
デニスが俺とミリアに言う。
「もしかしてあれか。半年たったらあけてくれと言ってたっていう……」
「そうだ。悪いが先に中を見させてもらった。ロイ、お前が何か知ってるかと思って相談したかったのさ。だが手間が省けたってわけだ」
「俺もシェンからは何も聞いてないぞ」
デニスが取り出した箱には簡単な手紙といくつかの書類があった。
手紙の内容は簡単なものだった。
自分の全財産を女神亭のミリアに譲る。
これで幸せになって欲しい。
要約するとこういう事だった。
「これが公正証書。公証人役場で原本も確認した。王国第一銀行の口座にあるものを、全部ミリアさんに譲ると」
デニスはミリアに書類と手紙を渡す。
ミリアは軽く目を通したあと、デニスに返す。
「手紙だけいただきます。ですがこのお金は私には必要ありません」
「だがよ、これだけあれば何も今の仕事をしなくたって」
「ご好意は感謝します。でも私、もう少しこの仕事を続けますわ」
ミリアはゆっくりとかぶりをふった。
「なぜだ?」
俺は疑問にかられてたずねる。
「あの人のいない世界で、自由になっても意味がないですから」
ミリアは寂しそうに笑った。
「私、もうすぐ年季が明けるんです。本当にお金には困ってないんですよ。おかみさんにも、何とか続けてくれって言われてるくらいなので」
ミリアは手紙と短剣を大切そうに抱えると、立ち上がった。
「では、ロイさん、デニスさん。ありがとうございました。彼の事を知れて良かったです」
「伯爵邸ではミリアさんのおかげで助かったよ、ありがとう」
「いや……まぁ……その……元気でな、ミリアさん」
芸の無い返答をする俺とデニスに、ミリアは笑顔を見せながら店を出ていった。
「じゃあ、そういう事で。またな、ロイ」
「ああ、またな」
しばしの無言の時間の後、デニスも帰っていった。
俺はそれぞれの恋人たちの事を考えていた。
伯爵と夫人。
セイとジュスラン。
そしてシェンとミリア。
(真実の愛……か)
俺のような武骨な人間には、そんなものが存在するのかどうか、よくわからない。
王も庶民も魔族も、古代種族であったとしても、いつかは死ぬ。
カゲロウのような束の間の生の間、ひとときすれ違い別れ、後には思い出しか残らない。
そしてその人が本当はどういう人間だったのかなど、例え近くにいようと、多くの人は一生知る事もないのかもしれない。
俺はとりとめもない思いにふけりながら、考えをまとめられずにいた。
すると扉を開けて、ティータが入ってくる。
手にはパイを乗せた皿を持っていた。
「あれ?あの女の人、帰ったんですか?デニスさんもさっき、なんだか深刻そうな顔して出ていきましたけど」
「いやまぁ……ちょっとな」
「ほら、このアップルパイ。やっと思う通りに焼けたんですよ!食べて欲しかったのになぁ。ロイさん、どうぞ」
「悪いが今はそんな気分じゃないんだ。ごめんな」
「ロイさんもですか?そうだ!わたしも凄く落ち込む時あるんです。でもそういう時は大体、甘いもの食べたら治りますよ!」
「ティータは明るくて賢くて、いい子だな」
俺は何の皮肉もこめずに言った。
だがティータはそう思わなかったようだ。
「何ですかそれ?馬鹿にしてます?」
「いや、褒めてるのさ」
「えー。絶対馬鹿にしてるでしょ。いいもん。カーミラさんと食べるから」
ティータは思いっきり舌を出して俺にしかめっ面をした後、地下への階段を下りて行った。
お読みいただきありがとうございました。
この話で第三章は終了です。次回からは四章になります。
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