029 恋人たち
「ミリア。この男があんたが探していたジュスランか?」
だがミリアの返答を待つまでもなかった。
彼女の失望の表情が雄弁に物語っている。
「いいえ。違うわ。この人は私の探すジュスランじゃない」
「そうか……」
俺はそれ以上、何とも言いようがなかった。
ミリアの落ち込んだ暗い表情を見ていると、どことなく罪悪感すら覚える。
そして俺たちは伯爵の所へと戻った。
「この度は、大変な迷惑をかけた。忘れてくれたらありがたい」
伯爵はジュスランに向かって言う。
「いいえ。特に何もなかったですし。奥様がお元気になられてよかったです」
ジュスランは伯爵の傍らに寄り添う夫人に視線を移しながら言った。
「ごめんなさいね、ジュスラン」
「とんでもございません、奥様」
伯爵はジュスランに金貨の袋を渡す。
ジュスランは何度か固辞していたが、結局断り切れずに受け取った。
俺は「依頼主からもらいますので」と言って断る。
伯爵も俺にはそれ以上、押し付けてはこなかった。
「あんたは気の毒だったな」
廊下を歩きながら俺はミリアに言った。
「また探さなきゃいけませんね。私本当に世間知らずで。誰に頼めばいいのか、どこを探せばいいのか、見当もつかないんです」
ミリアは困惑した表情で言う。
確かにそうかもしれない。
娼婦は基本的に館に閉じ込められ、自由はない。
ミリアのようにあちこち出歩ける者は、一部の例外だ。
顔を合わせる知り合いといえば、客と従業員である。
そんな生活では、庶民の日常生活における常識だの振る舞いだのを、学ぶ機会などないだろう。
「そうだ、これも何かの縁だ。あんたのジュスラン探しに協力しよう」
「いえ、そこまでしていただくのも……」
「人探しの方法なら俺の方が詳しいさ。あんたのおかげで助かったから」
俺は半分本気で言っている。
ミリアが伯爵をつれてきてくれたので、話がスムーズに進んだ。
そして結果として、全ての出来事が丸く収まったのは確かだ。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
「ああ。それはそうと、なんであんたはここに?伯爵からちらっとは聞いたが」
「ええ。それは……」
ミリアによると、シャロン伯爵の奥方が、別邸にジュスランという吟遊詩人を連れ込んでいるという話を聞いたそうだ。
はっきりとは言わなかったが、知り合いの貴族のルートらしい。
そもそも伯爵夫人が、暗殺教団とつながりをもったのも、とある貴婦人のサロンで得た情報からだった。
あの暗殺教団はかなり深く、アステリア王国の貴族社会に食い込んでいたのだろう。
とすると今回のこの顛末も、噂として広まってしまうかもしれない。
俺にはどうしようもない事だが。
「ちょっと色々後始末があるのでね。落ち着いたら店に連絡するよ」
そう言って俺は一旦、ミリアと別れた。
彼女は基本的に、いつでも時間がとれるらしい。
ミリアくらいになれば、客を選べる立場だからだろう。
行くときに運んでもらった商会の馬車は、銀貨を渡して帰ってもらう。
そして俺は伯爵の用意した馬車でジュスランと、ウミネコ亭へと戻る。
ウミネコ亭に到着すると、ティータが出迎えてくれた。
「ロイさん、お帰りなさい!その人がジュスランさん?」
「はじめまして。この度はありがとうございました」
俺たちは店の裏のティータの家で三人で話し込む。
俺は今までの経緯を、一通りティータに話す。
「そうだったんですね。でもよかったです。ジュスランさんが無事で。セイさん喜ぶだろうなぁ」
ティータは笑顔で言う。
「ええ。伯爵夫人も可哀そうな方でね」
「あの時は聞けなかったが、ずっと話し相手になってたのか?」
「そうです、ロイさん。夫と会えなくて寂しいという悩みを聞いたり。慰めるために歌ったりね」
もうそろそろ帰らなければと言ったところ、術をかけられたらしい。
それからは記憶が定かではないが、完全に意識を失っていたわけではないという。
本人が望まない事を強制はできないという精神操作魔術の特性なのか、はたまた腕輪が守ってくれたのかはわからないが。
「多分心のどこかで、夫人を気の毒に思ってたのでしょうね」
「それはわかるが、その事はセイには言わない方がいいな」
するとティータが何かを思い出したらしく、俺に向かって言った。
「ところでロイさん。デニスさんが探してましたよ。相談したい事があるって」
「あんまりいい予感はしないな。これから後始末に忙しいから。まぁ連絡しとくよ」
「お二方だけでなく、色々な方にお力添えいただいて。感謝にたえません。幸運団の方に救って頂くのは二度目ですね」
「二度目?」
「ええ。ロイさんの元のお仲間のシェンさんに」
「シェンが?」
ジュスランが各地を旅している時。
たまたまシェンに魔物から助けてもらったことがあるらしい。
「それからわたしが歌う酒場に、たまに顔を出してくださいました。それだけの関係でございますが」
そんな事があったとは全く知らなかった。
シェンは無口で、自分の事を語らない。
世の中は意外に狭いものだ。
この世界は、人が足を踏み入れた事がない場所の方がむしろ大きい。
人が活動する地域など限られているから、ある意味当然かもしれないが。
その後は忙しい日々が続いた。
翌日早速ジュスランをセイの元へ連れていく。
「セイ!」
「ジュスラン!」
二人は固く抱き合った。
「よかったですねぇ」
ティータも目を潤ませている。
「ありがとうございました、ロイ様、ティータ様」
セイは深々と俺とティータに頭を下げる。
「色々あったけど、よかったな。これは助かったぜ」
俺はセイに腕輪を返そうとした。
「いえ、それはロイ様に差し上げます。心ばかりのお礼です。私達にはもう必要ないものですから」
セイはジュスランを見て頷く。
するとジュスランも腕輪を外し、ティータに差し出した。
「え?貰っていいんですか?」
「どうぞティータさん」
「ありがとうございます」
ティータはジュスランから腕輪を受け取る。
「これで事件は解決……かな」
「そのことですが、どういたしましょう?」
俺の言葉にそう答えたセイを、ジュスランは不審そうな目で見る。
セイは今までの経緯を説明した。
「仕方がないとはいえ、その商人の方へのお詫びはどうしたらいいでしょうか?」
事情を理解したジュスランは言う。
「レオパルド商会へ報告はしなきゃいかんだろうが、別にいいんじゃないか。どうせ保険に入ってるだろう」
俺はそう答えた。
「そういうわけにも。ロイ様へのお礼もこれだけというわけには。ただ私達がさし上げられるのは海の物しかありませんが……」
「セイ、俺はいいよ別に」
ただレオパルド商会へ迷惑をかけた補償はした方が、印象は良いだろう。
ということで、セイが故郷と連絡をとり、贈り物をあつめてもらうことにした。
「あまり無理しないようにな」
その間俺たちは、事件の後始末だ。
まずはギルドに連絡して、捜索が完了したことを告げる。
その他、協力してくれた教会や商会へも連絡し、似顔絵も回収した。
商業ギルドで情報をくれた青年に報酬も支払った。
レオパルド商会への報告や、カサンドラへの支払いはとりあえず後回しだ。
そしてジュスランが迎えに来て、俺とティータは村の岬に向かう。
セイがそこで待っていた。
沖合には光を放つ船が見える。
「本当にお世話になりました。これは些少でございますが」
セイは宝箱を開く。
そこにあったのは……
「いやいや、こんなに貰えないよ!」
箱の中には大量のサンゴに真珠に龍涎香らしきもの、さらには古代金貨まであった。
「すごいなぁ。船が買えそうですねぇ」
ティータが感心したように言う。
「私達には価値の無いものですので。心ばかりの感謝のしるしです」
何回か押し問答したが、突っ返すのも悪いので、ありがたく貰うことにした。
俺には必要ないが、商会とカサンドラに分けた後、残りはティータの持参金にでもなるだろう。
ジュスランはしばらくセイの故郷で暮らすらしい。
「あらめてお礼申し上げます、ロイさん。いつかロイさんとシェンさんの叙事詩を作りたい。それが御恩返しだと思っております」
「俺はいいよ。シェンのは頼む」
「ロイ様。セイがお世話になりました。海妖族一同、ロイ様に感謝申し上げます。是非、海妖の国へいらしてくださいね」
「ああ。機会があれば」
いつの間にか光の船が沖合から近づいてきて、近くに停泊していた。
「セイさん、ジュスランさん。元気でね」
「ありがとうございます、ティータさん。僕たちは真実の愛をつらぬきます」
「私達はもう離れません。ティータ様もお元気で」
セイとジュスランは乗り込み、去っていった。
「やれやれ一件落着か。これで胡椒も何とかなるな」
だがティータはうっとりした顔をして、何やら物思いにふけっている。
「真実の愛、素敵ですねぇ」
「ああ。学校で流行ってるロマンス小説だろう?」
「違いますよ!」
やっぱり思春期の少女の考える事はよくわからない。
そしてウミネコ亭へと戻り、箱の中身を三等分する。
手元に残しておく分、レオパルド商会、そして『青竜の翼』への報酬だ。
俺はまずレオパルド商会へと向かった。
商会主のベルントに、事件が解決した事を告げる。
「そのような事情でしたか。いたしかた無い事とはいえ、困りましたなぁ。今回の事件でうちもそれなりの損害をこうむっておりますし」
ベルントは難しい顔をする。
保険金が降りるから大した損害額でもないだろうという言葉を飲み込んで、俺は持ってきた木箱を差し出す。
覆いをとると、ベルントの口があんぐりと開いた。
レオパルド商会へ渡す宝は、個人だと処分に困るサンゴ、龍涎香、古代金貨だ。
「海妖一族からの、こころばかりのお詫びの品。是非受け取って頂きたいとの事です」
「いやいや、これはこれは。これだけでは厳しいですが、いくらかは損害の補填になるでしょう。感謝申し上げますとお伝えください」
厳しいもなにも、ティータじゃないが船が買えるくらいの価値がある宝だ。
元々はレオパルド商会の依頼を俺が解決し報酬を貰うという形だったのだが、差し引きの損得を考えれば、どちらが依頼主かわからない。
だが今回はこれでいい。
レオパルド商会も、海妖族にも俺にも、悪い印象は持たないだろう。
「しかし、このようなものを頂いて大丈夫でしょうか。ギルドなり役所へ報告する必要があるのではと……」
ベルントは俺の顔をちらちら見ながら言う。
「ギルベルト三世陛下は、アステリア王国における地上の支配者でいらっしゃいます。ですが海の中の事はまた別でしょう」
「いやまったく、ロイ様のおっしゃる通りです」
こうしてベルントはお宝を独り占めすることに成功した。
次に俺は『青竜の翼』へ向かった。
俺はカサンドラに事件解決の礼を述べると、報酬の金貨を払う。
今回の事件の解決に、一番貢献してくれたのは『青竜の翼』だ。
俺は大粒の真珠の入った箱を、カサンドラに差し出す。
「なんだいこれは?こんなものを貰ういわれはないね」
「いや。これは俺からじゃない。事件の関係者からの特別報酬でな。あんたが貰ってくれないと、むしろ困るんだ」
「そういうことなら、ありがたく頂くよ。今後ともよろしくな、ロイ」
カサンドラはにやりと笑った。




