028 夫と妻
「おお。どこかで見たことがある気がしておりました。その技の冴え。ただものではないと思っておりましたが。私はこの館の主、フェルナン・シャロン伯爵と申す者です」
「伯爵、これをご覧ください」
俺は男のローブを剥ぎ取り、肌を見せる。
当然そこには蜘蛛の刺青があった。
「暗殺教団!……まさか」
伯爵の表情が、不審そうなものになる。
「といあえずは、夫人に事情を聴いてみましょう」
俺たちはマドレーヌ夫人の元へと戻る。
夫人は既に、救護班に付き添われ、目を覚ました後だった。
「あなた!」
夫人と夫は抱き合う。
「どうしたんだ、一体?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
夫人が話したのは以下のような事情だった。
夫がいない寂しさに耐えられず、怪しげな占星術師や魔導具に頼るようになったという。
とあるサロンの貴婦人から情報を得て、ランタン通りに行ったらしい。
そのうち、暗殺教団の奴らにつけこまれる事になったわけだ。
「吟遊詩人さんは、この家に来て歌ってもらっただけです。でも帰したくなくて。誰かにそばにいて欲しくて。寂しかったんの。でも彼とは何にもないんです。信じて、あなた」
「わかってる。わかってるよ。寂しい思いをさせてすまなかったな」
伯爵は夫人を抱きしめる。
「奥様。ひとつ質問よろしいでしょうか」
俺の言葉に、マドレーヌ夫人は怯えたような目をする。
「この方は、魔王を倒した幸運団のロイ様だよ。心配ない」
夫人は夫の言葉を聞いて、少し安心したように俺に答える。
「はい。何でございましょう?」
「なぜ吟遊詩人のジュスランが、あのランタン通りにいたのです?」
「それは……彼らはジュスランに術をかけようとしたのですが、うまくいかなくて。それでそういった魔導具が置いてあるという、あの場へ行こうと」
なるほど。
あの暗殺教団の男が言っていた、古代遺物か古代魔術の装置が、多分ランタン通りの占いの館にあったのかもしれない。
「わかりました。彼はどこに?」
「この屋敷の一室にいるはずですわ」
その時、伯爵が遠慮がちに俺に言った。
「ロイ様……ところでロイ様は、なぜこの屋敷に?」
それは当然の疑問だった。
「とある方から依頼を受けましてね。吟遊詩人のジュスランの行方を追っていたのです。この屋敷と暗殺教団の情報も掴み、こちらに参りました」
すると伯爵の顔がやや青ざめる。
「まさか……ロイ様は……陛下の密命を受け、暗殺教団の行方を追っていたのですか?」
「それについて、詳しくお話しすることはできないのです。とある方からの依頼としか」
伯爵の疑問は、まったくもって誤解であい過大評価ともいうべきものだった。
結果的に暗殺教団と対峙することになったのは、偶然である。
だが伯爵の懸念はわかる。
夫人がこともあろうに暗殺教団の一味を館に引っ張り込んでいた。
シャロン伯爵は暗殺教団と繋がりがあるという噂が広まれば、伯爵自身がまずい立場に追い込まれる。
たとえ夫人が半ば脅迫されていたにしろ。
「その、ロイどの。この事は……どのように」
「俺としては吟遊詩人ジュスランの身柄さえ確保できればいいのです」
「はぁ。左様でございますか」
「伯爵の別邸に暴漢が押し入り、夫人を拉致しようとした。偶然通りかかった俺は、駆けつけた伯爵の手兵と協力し、暴漢を撃退した。そういう事でしょう?」
暗かった伯爵の顔が、やや晴れたように思えた。
俺の意図を察したのだろう。
「おお、ロイどの。有難うございます。感謝致します」
伯爵は、ほっとしたように言った。
「俺は余計な事を言うつもりはありません。後の事は全てお任せします」
俺としては成り行きでこうなっただけだ。
暗殺教団だろうと、俺の商売の邪魔をしなければどうでもいい。
この事態を伯爵がどうおさめるかは、俺には関係ない。
真実を公表する事が、幸福に結びつくとは限らない。
誰も傷つかず八方丸く収まるなら、それは結構なことだ。
「今回は私の不徳のいたすところで。王都復興担当の責務にかまけ、妻をほったらかしにしてしまって。ロイ様にもご迷惑をおかけしました」
そういえば、ガモンズ伯爵が失脚してから王都復興の業務を任されたのだった。
前任者が前任者だけに、確かに色々な苦労も多かったろう。
「とんでもない。ところで、伯爵はどうしてお気づきになったのですか?」
「そのことですが。とある貴族の方から情報提供があったのです。私の別邸に、よからぬ者が出入りしている。妻も脅迫されているかもしれないから一度調べた方がいいと」
「なるほど」
「それで……その貴族の方からの紹介で、とある者と来ているのですが、彼女もジュスランという人間を探しているそうで。この館にいるかもしれないと」
「なんですと?」
これは意外な展開だった。
「ロイ様もジュスランを探しておられるなら、まずは彼女にお会いになりますか?」
俺はしばし考え込む。
セイの言った事が嘘だとは思えない。
だがジュスランは、少なくとも二人の女性から行方を探されていることになる。
ジュスランは、同時に二人の女性に甘い言葉をなげかけ、誘惑していたのだろうか?
とするなら、俺が思っていたのと異なる、ややこしい事態になりそうだ。
最初にその女性とやらの話を聞いた方がよさそうだった。
「わかりました。その女性に会わせてください」
そして俺は伯爵と衛兵につれられて、邸宅の一室へ向かう。
室内へ案内されると、中にいた女性が椅子から立ち上がってこちらを振り向いた。
それは先日ウミネコ亭で出会った、娼婦のミリアだった。
「……あなたはもしかして?」
「そういや、あんたもジュスランを探していたな」
ジュスランという名の人間を探しているのだから当然かもしれない。
だがどこで彼女はジュスランがここにいると知ったのだろう?
「私はジュスランがこの館にいるかもしれないという情報を、とある方からうかがいました。それを確かめに来たのです」
ミリアは俺の目をまっすぐに見て言った。
もし俺が探しているジュスランと彼女の言うジュスランが同一人物であれば、面倒な事になるかもしれない。
だがまずはジュスランに会ってからだろう。
そして伯爵夫人からジュスランがいる部屋の場所を聞き、俺とミリアは伯爵の部下と共に向かう。
部屋に近づくにつれ、腕輪はますます熱を帯び光を放った。
「ジュスラン、ジュスラン!」
俺は名前を呼びながら、その部屋へと入る。
椅子に腰かけ、虚空を見つめる男がいた。
それは間違いなく、あの似顔絵の吟遊詩人だった
「はい。奥様は素敵な方です。ご主人も奥様を心から愛しておられます」
ジュスランは宙を見つめながら、言葉を発する。
顔色も悪く、自分の意志ではなく、何者かに無理やり喋らされている口調だった。
その時俺の腕輪が光を発する。
俺の腕輪から伸びた光の束はジュスランの腕に届き、二つの腕輪は光の橋でつながった。
ジュスラン自身も薄い光の膜につつまれる。
しばらくして光がおさまると、ジュスランの顔も血色が戻り、瞳も力を取り戻す。
「ジュスラン、大丈夫か?セイだ。俺はセイから頼まれて探しに来たんだ」
「セイ、セイ。おぉ、その腕輪は……あなたは?」
ジュスランは俺の腕輪に触れる。
「正気に戻ったか。俺はロイという。さぁセイの所へ帰ろう」
「ロイ、ロイ……もしかして幸運団の剣士ロイさんですか?」
「あぁ、そのロイだ」
俺を知っている事に少し驚いたが、さすがは吟遊詩人というべき情報通だ。
俺はふと気づき、黙ったままのミリアの方を振り返った。




