027 求める人
男は伯爵夫人に向かって手を延ばす。
夫人は糸の切れた操り人形のように椅子に崩れ落ちる。
「殺したのか?」
「騒がれると面倒だから眠ってもらっただけだ」
夫人の様子を観察すると、確かにゆっくりと呼吸をしていた。
「まぁいい。その風体はひょっとして、あんた達は話に聞く暗殺教団か?」
「外の者はそう呼ぶらしいな。正式には我らはギリヤル教団という」
男が話したのは、大体俺が持っている知識と一致した。
まずは教団の由来から語り出す。
ギリヤル教は、その名の通り魔神ギリヤルを信仰する教団だった。
大陸全般で信仰されている、光明神レナスを主神とするレナス教とは違う。
伝説の大空白期より以前から存在するという古い神だという。
「魔王ダグラークは、ギリヤル様の器になれると思っておったがな。見込み違いだったわ」
暗殺教団は暗殺教団としての目論見があったらしい。
ダグラークを依り代として、魔神ギリヤルを降臨させる。
その予定だったのだろう。
暗殺教団にとっては不本意なことに、魔王ダグラークは俺たち幸運団によって倒されてしまったわけだが。
「ほう。それで?この国で貴族たちを操ってどうしようっていうんだ?」
「この国は今乱れておる。つけ込む好機というわけよ」
一見平和に見えるこの国でも、国王と貴族、貴族と平民、様々な部族の対立があった。
つけこまれる隙というのは常にある。
だがこの男の言うように、簡単にいくとは思えなかった。
「だがなぜジュスランをさらった?」
「あの吟遊詩人とやらは、たまたまだ。あの奥方殿が気に入ってな」
暗殺教団は最初は、人の心を操る魔導具や魔術を餌に、マドレーヌ夫人に取り入った。
夫が不在の寂しさを埋めるため、夫を振り向かせるためのようだった。
ジュスランは酒場で歌っている所をお付きの人間が目にとめ、邸宅に呼んだらしい。
男も、ジュスランを魔術の実験体にすべく了承したという。
「結局どうなったんだ?ジュスランを食っちまったのかい?」
「下らぬことを言うな。吟遊詩人を操ろうと色々試してはみたが、思ったようにうまくいかなくてな。あの忌々しい腕輪のせいかは知らぬがな」
男の言っているのは、精神操作魔術だろうか。
精神操作は魔術の中でも、非常に高度かつ不安定だと言われている。
並み以上の魔術師には、まずかからない。
「人間を操るなんて、できるのか?」
「通常の精神操作魔術では、意志に反したことを無理やりさせる事は難しいな」
「なるほどね」
「この女を手駒にし、貴族社会へ食い込もうと思っておったところ、お前のような、お節介があらわれたわけだ」
「そりゃ邪魔したな」
そこで男はゆっくりと俺を指さす。
「お前は商人だろう?商人は利に聡い。われらに協力するなら力を与えてやろう」
「力とはどんな?」
「精神操作魔術で人を操る事は難しいと言った。だが我らの使う古代魔術や古代遺物ならかなりの事ができる。他に望みがあればかなえてやろう。金でも古代の秘法でもな」
するとジュスランが、完全に術にかからなかったのは、あの腕輪のおかげかもしれない。
「残念ながら、俺は税金も払って、毎週ルメリオの神殿に参拝する小市民なんでね。お役に立てそうもない」
「そうか」
男はさほど意外そうでもなく言った。
「どうせこれだけ話したからには、生かしておかない。そういう事だろう?」
「察しがいいな」
男の目が光る。
仲間は何人いるだろう?
俺ひとりなら何とでもなる。
だがジュスランや伯爵夫人の身が気になる。
「一つ教えてくれ。この奥方以外に、あんたらが篭絡してる貴族はどれだけいるんだ?」
「そのような事、知ったところで仕方あるまい」
商人バルビエやガモンズ伯爵も、暗殺教団とつながっていた。
これは思った以上に、深刻かもしれない。
この男達はそれなりの魔術の使い手なのかもしれないが、俺の事は知らないらしい。
それに俺の歩き方や立ち居振る舞いを見て警戒しない相手ならば、たいしたことはない。
「古き神を信仰したいなら、勝手にそうすればいい。誰もあんたたちを邪魔しない」
「下賤なレナスの信徒ごときに、言われる筋合いはない。まぁいい。お前はすでにわれらの結界の中にいる。新たな術を試すとしよう」
俺は男の言葉が終わる前に、裂帛の気合を発していた。
腹の底から響かせる、周囲を震わせる声だ。
一瞬、魔術師達の術が止まる。
『トオアテ』
師匠がそう呼んでいた技術だ。
原理としては馬鹿みたいに単純である。
人は意図せぬ時に大声を出されると、びっくりして呼吸がとまったり、身体が硬直したりする。
要はそれと同じだ。
相手の攻撃意図が意識の端に上った瞬間に、気合を発し動きをとめる。
相手が魔術でも剣でも弓でも同じだ。
ただもちろん俺の気合は、普通の人間の大声とは違い【気】をこめているが。
俺は走り出しながら、ベルトに手をかける。
そして引き抜いた剣で、前方の男を横殴りにする。
腰に巻いてベルトの裏に隠し持っていた、曲剣という、東方のファルシャに伝わる武器だ。
刃はついているが、刀身は薄く細長く柔らかくしなる。
剣というより鉄の鞭に近い。
一瞬にして二人を仕留めると、俺は夫人のもとに駆け寄る。
「おまえ、ただの商人じゃないな。ロイ……ロイ……まさか……魔王殺しのロイか!」
「気づくのが遅いな。だからあんたはこんな所でくすぶってるのさ」
隣室の扉やベランダから、男の手下どもが室内に入って来た。
思ったより数が多い。
俺一人なら問題になるような相手ではない。
とはいえ伯爵夫人を守りつつ、ジュスランを探しつつ戦う、となるとかなりのハードモードだ。
だが突然、相手の動きがとまり、落ち着かない様子になる。
「まずい」
ぼそりと呟いた男の言葉が終わるや否や、衛兵たちが室内になだれ込んできた。
「なんだお前たちは!妻に何をしたんだ!」
先頭の貴族らしき男が言う。
この館の主、シャロン伯爵だろう。
襲撃した方も、された方も混乱していた。
暗殺教団の手下が、伯爵夫人のもとへ駆け寄ろうとする。
俺は素早くその前に立ちふさがる。
曲剣をふるい、近づこうとした手下を仕留める。
「お前は一体?」
「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう。夫人を頼みます」
俺は伯爵にそう返答すると、暗殺教団の人間たちを素早く見回す。
だがリーダー格の男の判断は早かった。
あっという間に、窓から逃走する。
俺は伯爵の騎士たちが伯爵夫人の周囲を護衛するのを横目でみると、リーダー格の男の後を追う。
ベランダから中庭に降り立ち、行く手を遮る暗殺教団の者達を、今度はなるべく殺さないように倒す。
俺は逃げるリーダー格の男に曲剣を放つ。
手加減した一撃だったせいか、振り向いた男の杖で弾かれた。
「そろそろ観念したらどうだ」
逃げきれないと思ったのか、男はこちらに向かってきた。
俺は曲剣を鞭のようにふるい、男の足に巻き付ける。
地面に倒れたところを、一気にうつ伏せのまま抑え込む。
だが遅かった。
男の顔を掴んで仰向けにさせると、既に毒を飲んで事切れた後だった。
そこに伯爵と衛兵たちがやってくる。
「どなたか存じませんが、助かりました。賊は全て確保しました」
「ご挨拶が遅れました。俺は元幸運団の冒険者、ロイと申します」
俺は立ち上がり、伯爵に向かって一礼した。




