025 王都の花
その女が店に入って来た瞬間から、店内の視線は一斉にその姿に吸い寄せられた。
金髪に緑の瞳と白磁のような肌。
細く高い鼻梁に、すらりとした体つき。
緑のワンピースにサッシュベルトを巻いた、普通の町娘の恰好をしている。
しかし彼女を一目見れば、ただの町娘などでない事は明白だ。
あまりにも卓越した美は、人を萎縮させるものらしい。
男たちは時折ちらちらと彼女を見ては、あわてて目をそらす。
だが女性客がその女に向けるひそかな嫌悪と軽蔑の視線を、俺は見逃さなかった。
その理由は明らかだった。
彼女の左胸には赤い薔薇のブローチがある。
王国法で着用が義務付けられている、娼婦の印であった。
彼女はまっすぐ俺のところにやってくる。
「いらっしゃい」
「あの……お伺いしたいことが……あ、その前に、何か頼まなければいけないですね。じゃあ、ワインを一杯お願いします」
俺はカウンターに、ワインの杯を置いた。
女は形式的に、軽く口をつける。
「ジュスランという人をご存じありませんか?」
「どんなやつだい?」
俺は表情を変えないように注意しながらこたえる。
「黒髪に黒い瞳で、中肉中背で……その……」
彼女の話しぶりでは、大した手がかりはなかった。
セイの探しているジュスランと一致するともいえる。
だがこの王都でも、多くの男に当てはまるだろう。
「何をしてるやつなんだ?」
「それは……その……」
奇妙なことに、彼女はおどおどしているようにすら見える。
「聞いた事はないかな。俺の知ってる奴にはいないようだ」
「そう……ですか。もし何かありましたら、どんな情報でもいいんです。『女神亭』のミリアまで知らせてください」
そう言うと一礼し、小さなカードを置いて店を出て言った。
カードを見ると、名前と住所と簡単な地図が書いてあった。
「おいおい、本当に女神亭のミリアか?」
「王都の花といわれる女が、なんでこんなとこに」
「もしかして馴染の女か、ロイ?」
今まで黙って飲んでいた男たちが、一斉に俺に話しかける。
「そんなんじゃねぇよ。知らない女さ」
ミリアという女が、ジュスランという男を探している。
セイの恋人のジュスランと同一人物なのだろうか?
最初は店内にもジュスランの似顔絵を貼ってあった。
だが賞金を出すというと、あまりにも冷やかしや誤情報が多いので、最近は掲示していない。
それにこの店は常連が多い。
最初に知らせておけば、問題ないだろうとの判断だった。
その判断が良かったのか悪かったのかわからない。
もう少しジュスランについて聞き出すべきだったのだろうか。
だが、こちらの状況を詳しく話すわけにもいかない。
それに彼女の言葉を信じるなら、彼女は今ジュスランとやらがどこにいるのか知らないらしい。
「なぁ、ミリアってのはそんなに有名なのか?」
俺は客たちに聞く。
「そりゃ女神亭のミリアといやぁ、その道じゃ知らねぇ奴はいないぜ」
「一晩で、騎士の給料の数年分が吹っ飛ぶってよ」
「いやいや。ミリアくらいになりゃ、金だけじゃ抱けねぇよ。王族や貴族ですら、気に食わなけりゃ袖にするって噂だぜ」
男たちは口々に、聞きかじりの情報を並べ立てる。
そういえば、高級娼婦というものは、普通の娼婦と違うと聞いたことがある。
誌や音楽といった教養を身につけ、高貴な身分の者の相手もつとめ、人気になれば姿絵まで売られるという。
まぁ俺には一生、縁のない女たちではあるが。
「なぁ、ロイもジュスランって奴をさがしてるんだろ?」
かなり酔いの回った男が俺に言う。
「ああ」
「あの女もジュスランって奴を探しててさ。先に見つけた方に賞金でも出るんだろ?だからさぁ。俺は黙っててやったぜ」
「わかった、わかった。ほれ、俺のおごりさ。ありがとな」
同じ男を探す二人の女。
海妖のセイと、娼婦のミリア。
なぜミリアがジュスランを探しているのだろう。
もちろん王都は広い。
同一人物とは限らない。
だが俺は、ジュスランの行方を追い求めている途中に襲撃された。
そして今、ジュスランを探すもう一人の女があらわれた。
これは偶然なのだろうか?
俺はしばらく、ミリアの事が頭から離れなかった。
そして三日後。
そろそろ中間報告と様子見をかねて、セイのもとを訪れようかと思っていた時。
情報は意外な方面からやってきた。
「とある貴族の別邸で、あの似顔絵の男を見たという者がおりまして」
商業ギルドから連絡があり訪問したところ、開口一番そう伝えられた。
ギルドの男の傍らには、小柄な青年がいた。
その青年がジュスランを見たという。
おれはその男に質問する。
「それはどこで?いつですか?」
「二日前に。シャロン伯爵の別邸で」
「いつ頃からジュスランらしき男がいたのかわかりますか?」
「さぁ。他の者に尋ねてみたのですが……」
青年が告げた日は、セイから聞いたジュスランが消えた日と、おおよそ一致する。
その青年は、シャロン伯爵の邸宅の御用聞きらしい。
初めて掴んだ、有力そうな手がかりだ。
「ありがとう。これはほんの気持ちです。もしその男が俺が探している男ならば、正式な報酬を支払います」
俺が渡した銀貨を、青年は恐縮したように受け取り、去っていった。
そして次に入って来た情報は、やはりというべきか、 『青龍の翼』からだった。
「この間はすまなかったね、ロイ」
俺が『青龍の翼』のカサンドラを尋ねると、彼女のそばには小柄な老人がいた。
周囲を屈強な男たちが囲っている。
フードをかぶっていたので顔はわからないが、体格や手の形からして、あの時の情報屋だろう。
「そいつはあの?」
「そう。あんたをはめた情報屋さ。おい、挨拶しろ」
「あの時は、本当に申し訳ございませんでした」
その老人は震えながら頭を下げる。
「申し訳ないってのはわかってる。なんであんな事したんだって聞いてんだよ、あたしは」
「ですから、私も知らなかったもので」
老人は、とぎれとぎれに話す。
事情は簡単だった。
俺が訪問することを、あらかじめあの占いの館に伝えていたらしい。
暗殺者が待ち伏せしていることは、老人も知らなかったのだという。
「本当だろうな?正直に全部喋ったほうがいいぞ。平穏な老後を送りたけりゃあな」
「知恵の神スミルに誓って本当でございます、カサンドラ様」
さらにカサンドラは追及したが、最初の情報以上のものはなかった。
「この老人は確かに何も知らんようだ。許してやっていいんじゃないかな、カサンドラ」
「あんたがそう言うなら、ロイ。おい命拾いしたな。これからもしっかり働けよ」
そしてカサンドラが顎で合図すると、老人は部屋の外に連れ出される。
「やれやれ。結局何もわからないか」
「いやいや、ここからが本番さ。実はそのジュスランって奴の居所の見当がついたんだ」
カサンドラはにやりと笑った。




