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魔王殺しの最強剣士、居酒屋の親父になる~引退した元SS級冒険者のおじさんは、王都の片隅で正体隠して無双する  作者: 流あきら
三章

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025 王都の花

 その女が店に入って来た瞬間から、店内の視線は一斉にその姿に吸い寄せられた。

 金髪に緑(エメラルド)の瞳と白磁のような肌。

 細く高い鼻梁に、すらりとした体つき。

 緑のワンピースにサッシュベルトを巻いた、普通の町娘の恰好をしている。


 しかし彼女を一目見れば、ただの町娘などでない事は明白だ。

 あまりにも卓越した美は、人を萎縮させるものらしい。

 男たちは時折ちらちらと彼女を見ては、あわてて目をそらす。

 だが女性客がその女に向けるひそかな嫌悪と軽蔑の視線を、俺は見逃さなかった。


 その理由は明らかだった。

 彼女の左胸には赤い薔薇のブローチがある。

 王国法で着用が義務付けられている、娼婦の印であった。

 彼女はまっすぐ俺のところにやってくる。


「いらっしゃい」

「あの……お伺いしたいことが……あ、その前に、何か頼まなければいけないですね。じゃあ、ワインを一杯お願いします」


 俺はカウンターに、ワインの杯を置いた。

 女は形式的に、軽く口をつける。


「ジュスランという人をご存じありませんか?」

「どんなやつだい?」


 俺は表情を変えないように注意しながらこたえる。


「黒髪に黒い瞳で、中肉中背で……その……」


 彼女の話しぶりでは、大した手がかりはなかった。

 セイの探しているジュスランと一致するともいえる。

 だがこの王都でも、多くの男に当てはまるだろう。

 

「何をしてるやつなんだ?」

「それは……その……」


 奇妙なことに、彼女はおどおどしているようにすら見える。


「聞いた事はないかな。俺の知ってる奴にはいないようだ」

「そう……ですか。もし何かありましたら、どんな情報でもいいんです。『女神亭』のミリアまで知らせてください」


 そう言うと一礼し、小さなカードを置いて店を出て言った。

 カードを見ると、名前と住所と簡単な地図が書いてあった。


「おいおい、本当に女神亭のミリアか?」

「王都の花といわれる女が、なんでこんなとこに」

「もしかして馴染の女か、ロイ?」


 今まで黙って飲んでいた男たちが、一斉に俺に話しかける。


「そんなんじゃねぇよ。知らない女さ」


 ミリアという女が、ジュスランという男を探している。

 セイの恋人のジュスランと同一人物なのだろうか?


 最初は店内にもジュスランの似顔絵を貼ってあった。

 だが賞金を出すというと、あまりにも冷やかしや誤情報が多いので、最近は掲示していない。

 それにこの店は常連が多い。

 最初に知らせておけば、問題ないだろうとの判断だった。


 その判断が良かったのか悪かったのかわからない。

 もう少しジュスランについて聞き出すべきだったのだろうか。

 だが、こちらの状況を詳しく話すわけにもいかない。

 それに彼女の言葉を信じるなら、彼女は今ジュスランとやらがどこにいるのか知らないらしい。


「なぁ、ミリアってのはそんなに有名なのか?」


 俺は客たちに聞く。


「そりゃ女神亭のミリアといやぁ、その道じゃ知らねぇ奴はいないぜ」

「一晩で、騎士の給料の数年分が吹っ飛ぶってよ」

「いやいや。ミリアくらいになりゃ、金だけじゃ抱けねぇよ。王族や貴族ですら、気に食わなけりゃ袖にするって噂だぜ」


 男たちは口々に、聞きかじりの情報を並べ立てる。

 そういえば、高級娼婦というものは、普通の娼婦と違うと聞いたことがある。

 誌や音楽といった教養を身につけ、高貴な身分の者の相手もつとめ、人気になれば姿絵まで売られるという。

 まぁ俺には一生、縁のない女たちではあるが。


「なぁ、ロイもジュスランって奴をさがしてるんだろ?」


 かなり酔いの回った男が俺に言う。


「ああ」

「あの女もジュスランって奴を探しててさ。先に見つけた方に賞金でも出るんだろ?だからさぁ。俺は黙っててやったぜ」

「わかった、わかった。ほれ、俺のおごりさ。ありがとな」


 同じ男を探す二人の女。

 海妖(セイレーン)のセイと、娼婦のミリア。


 なぜミリアがジュスランを探しているのだろう。

 もちろん王都は広い。

 同一人物とは限らない。


 だが俺は、ジュスランの行方を追い求めている途中に襲撃された。

 そして今、ジュスランを探すもう一人の女があらわれた。

 これは偶然なのだろうか?

 俺はしばらく、ミリアの事が頭から離れなかった。


 そして三日後。

 そろそろ中間報告と様子見をかねて、セイのもとを訪れようかと思っていた時。

 情報は意外な方面からやってきた。


「とある貴族の別邸で、あの似顔絵の男を見たという者がおりまして」


 商業ギルドから連絡があり訪問したところ、開口一番そう伝えられた。

 ギルドの男の傍らには、小柄な青年がいた。

 その青年がジュスランを見たという。

 おれはその男に質問する。


「それはどこで?いつですか?」

「二日前に。シャロン伯爵の別邸で」

「いつ頃からジュスランらしき男がいたのかわかりますか?」

「さぁ。他の者に尋ねてみたのですが……」


 青年が告げた日は、セイから聞いたジュスランが消えた日と、おおよそ一致する。

 その青年は、シャロン伯爵の邸宅の御用聞きらしい。

 初めて掴んだ、有力そうな手がかりだ。


「ありがとう。これはほんの気持ちです。もしその男が俺が探している男ならば、正式な報酬を支払います」 


 俺が渡した銀貨を、青年は恐縮したように受け取り、去っていった。

 そして次に入って来た情報は、やはりというべきか、 『青龍の翼』からだった。


「この間はすまなかったね、ロイ」


 俺が『青龍の翼』のカサンドラを尋ねると、彼女のそばには小柄な老人がいた。

 周囲を屈強な男たちが囲っている。

 フードをかぶっていたので顔はわからないが、体格や手の形からして、あの時の情報屋だろう。


「そいつはあの?」

「そう。あんたをはめた情報屋さ。おい、挨拶しろ」

「あの時は、本当に申し訳ございませんでした」

 

 その老人は震えながら頭を下げる。


「申し訳ないってのはわかってる。なんであんな事したんだって聞いてんだよ、あたしは」

「ですから、私も知らなかったもので」


 老人は、とぎれとぎれに話す。

 事情は簡単だった。

 俺が訪問することを、あらかじめあの占いの館に伝えていたらしい。

 暗殺者が待ち伏せしていることは、老人も知らなかったのだという。


「本当だろうな?正直に全部喋ったほうがいいぞ。平穏な老後を送りたけりゃあな」

「知恵の神スミルに誓って本当でございます、カサンドラ様」


 さらにカサンドラは追及したが、最初の情報以上のものはなかった。


「この老人は確かに何も知らんようだ。許してやっていいんじゃないかな、カサンドラ」

「あんたがそう言うなら、ロイ。おい命拾いしたな。これからもしっかり働けよ」


 そしてカサンドラが顎で合図すると、老人は部屋の外に連れ出される。


「やれやれ。結局何もわからないか」

「いやいや、ここからが本番さ。実はそのジュスランって奴の居所の見当がついたんだ」


 カサンドラはにやりと笑った。

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