024 裏路地へ
「へぇ。ジュスランって男ね。とりあえずは知らないねぇ」
『青龍の翼』に行くと、カサンドラがじきじきに応対をしてくれた。
「どんな事でもいいんだ。報酬は出す」
「金貨三枚ね。わかった。引退撤回したんなら、うちに来ないかい?」
「引退してるよ。これは今の商売に関係しててね」
「どっかの酒場をやってるんだっけ?」
「十一番通りにある、ウミネコ亭っていうんだ。今度来てくれよ」
「わかった」
カサンドラは、にやっと笑う。
俺は『黄金の爪』と『黒竜の牙』も訪れ、同様の依頼をした。
正直、『青龍の翼』からの情報が一番見込みがありそうな気はする。
『青龍の翼』は他の二つのギルドに比べて歴史は浅いが、黒い噂もある。
元々カサンドラの父親が、暗黒街の顔役から身を起こしたギルドで、今もひそかにつながりがあるとも言われていた。
だが王都での情報収集という面では、『青龍の翼』には一日の長があった。
そして三日後、思った通り最初の情報は『青龍の翼』から来た。
「カサンドラさんからの使いのものです。二十五番通りのランタン街で、お探しの男らしき姿を見た者が。女と一緒にいたそうで」
使いの男は、『青龍の翼』の紋章を見せながら言った。
「わかった」
「それ以上は何もわかりません。向こうの情報屋に話を通しておきました。ヨナスという男です」
「ありがとう」
俺はヨナスの居場所を教えてもらう。
二十五番通りのランタン街といえば、俺でも聞いたことがある。
かなり柄の悪い地区で、あやしげな占い師や闇医者、裏賭博場等が軒先を並べているという。
「ティータ。情報が入った。ちょっと出てくる」
「気をつけて下さいね」
「そっちは何か変わったことは?」
「この間呼び出されて行ったら、あやふやな話の後に、子猫貰ってくれないかって。断りましたけどね」
という事で、俺は馬車で二十五番通りまで行く。
近づくにつれ、立ち並ぶ家の景色や空気の匂いまで変わってくる。
アステリア王国は豊かな国だ。
だがどんな国だろうと、暗黒街やスラム街と無縁ではいられない。
俺は大通りから、ランタン通りへと足を踏み入れる。
あちこちから見えない視線や敵意を感じる。
ここに立ち入るからには、何があっても自己責任というやつだろう。
しばらく行くと、通りで小さな机を出し、椅子に座っているフードを被った男が見えた。
「ロイだ」
俺は短く言うと、銀貨を差し出す。
男は骨ばった指でそれを受け取ると、しわがれた声を発した。
「そこの横丁のところ。そうそう。あの占いの館の所で見た者がいる。二十代くらいの女と一緒だったそうだよ」
それはカサンドラからの使いの情報とほぼ同じだったが仕方ない。
「ありがとよ」
俺は占いの館まで向かう。
当座はその通りの一軒一軒全てに聞いて回るしかない。
軒先を並べている石造りの建物は、どうやら何かの店らしい。
ただ、何をやっているのか見当もつかない。
そしてその占いの館の近くの十字路まで来た時だった。
俺は一歩飛び退り、腰の剣に手をかける。
周囲から悪意の【気】を感じる。
(一人、二人……ちょうど四人か)
たった四人で何とかなると思われたのなら、舐められたものだ。
俺は相手の出方を待ってはいなかった。
(全員魔術師だな)
俺は正面の男に突進する。
囲まれた側がかまわず向かって来るとは思わなかったのか、男は一瞬固まる。
手に持った魔術具を構える間もなかった。
鞘から抜きざまに横に薙ぎ払った俺の剣を避けるまもなく、その男は絶命する。
すぐさま反転し、飛んできた黒い魔糸 をよける。
路地の石壁を駆けあがり、背後におりると、その男を切り伏せる。
「あと二人。どうする?」
その男たちは確かに勇敢だった。
仲間が倒されてもひるむことなく、同時に向かってくる。
だが、意図がわかりやすすぎる。
先頭の男が盾になり、後ろの男が仕留めるつもりだろう。
俺も全力で突進する。
ぎりぎりでかわしながら、すれ違いざま、二人の胴を同時に薙ぐ。
その魔術師たちも、地面に倒れ伏して、動かなくなった。
周囲を見回すと、あたりには人っ子ひとりいない。
俺は予感にかられて、魔術師のフードを切り裂く。
「蜘蛛の入れ墨か」
どうやらこの男たちは、暗殺教団の手のものらしい。
使う魔術も、対魔物や戦場用というより暗殺用だ。
俺は情報屋のところへと走る。
案の定、姿は見えない。
表通りに出て、行商人に衛兵の詰所の場所を尋ねたが、二十四番通りまで行かないと無いらしい。
とりあえず、もう一度現場に戻ってみると、死体は消えていた。
それから、元の目的の場所の占いの館へも足を運ぶ。
何回かノックしてみたが、どうやら不在のようだった。
これ以上ここにいても仕方ないだろう。
俺は念のため、馬車を何回か乗り換えウミネコ亭へと戻る。
まだ昼前だった。
ティータがちょうど夜の仕込みをしている。
「あれ、もう帰って来たんですか?」
「とりあえずは、空振りだ。なにもわからなかった」
「しょうがないですね。のんびり……はできないけど、落ち込まずいきましょ」
「もう一度、『青龍の翼』に行かなきゃいけなくなってな。手伝えなくてすまん」
「大丈夫ですよ!」
俺は自室に戻って考え込む。
俺があそこへ行く事を知っているのは、カサンドラとその部下と、あの情報屋しかいない。
暗殺教団の人間は、どう考えても俺を待ち伏せしていた。
俺が誰か知っていたのか。
それともジュスランを追う人間は、問答無用で始末する事になっていたのか。
さすがにカサンドラが絡んでいるとは考えずらい。
あの場所で、ジュスランらしき人間を見たというのは、そもそも本当なのだろうか?
情報が少なすぎて、出たとこ勝負しかない。
だが俺はそういうのも嫌いではなかった。
そして俺は『青龍の翼』へと向かう。
不在なら書置きを残して帰るつもりだったが、運よくカサンドラがいた。
俺はカサンドラの部屋に招き入れられ、蜂蜜入りのレモン水が出される。
俺は一通りの事情を説明した。
「何だって?」
俺の話を聞き終わるなり、カサンドラはけわしい顔になる。
「言った通りさ。俺は待ち伏せされていた。誰か情報を漏らしたやつがいる」
「わかった。おい。そのランタン通りの情報屋を、あたしの前に連れてこい。どんな手をつかってもかまわん」
カサンドラは傍らの男に厳しく告げる。
男は頭を下げると、部屋を出て行った。
「すまないね、ロイ。」
「いや。こういう事もあるさ」
「あたしを疑わないのかい?」
「あんたが俺を殺すつもりなら、たった四人なんて事は無い。もっと念入りに段取りを組んでたろうよ。そういう意味では信頼してる」
「ははは。やっぱりあんた面白いね、ロイ。」
カサンドラはレモン水の杯をあおぐ。
「引き続き、情報収集を頼むぜ」
「こうなったらあたしも本腰いれるよ」
「ありがたい」
「それにしても……最近よそものがウロチョロしてるってのも聞いててね。暗殺教団かはわかんないけどさ」
トラブルにあってしまったが、カサンドラが本気になってくれたのが、今回の件で唯一の収穫かもしれない。
とりあえずは情報収集のために、地味な待機の時間が続くだろう。




