022 岬にて
「依頼書に書いてある事が、ほとんど全てなのですが」
そう言って、商会主のベルントは話し始めた。
ここ最近、何隻もの商船が近海で座礁した。
しかも決まって、ここから東にあるガボの村の岬付近だった。
船員は全員救出されたが、積み荷の一部が水没したり流されたりしたらしい。
同じ事が何度も起こり、原因不明ということで、今は船便は止まっているという。
「今までこういう事はあったのですか?」
「それが全く。嵐や戦で船が出せないということはあっても、こんな事は初めてで」
「海流や風向きや……そういった事が原因の可能性は?」
「それがむしろ波は穏やかだったそうです」
「ふむ……」
「ベテランの船員、船長ばかりで。このあたりの航路についてもよく知っています。彼らが口をそろえて、いつの間にか座礁してしまったと」
俺はしばらく考え込む。
船員のミスや海賊の線はなさそうだ。
「わかりました。明朝、早速現場に向かいましょう」
「ありがとうございます!公式の調査では、今のところ何もわからないと。私どもも、ほとほと困り果てているところでございまして」
明日の朝、店に迎えにきてくれるという。
ガボの村の村長にも、今日中に連絡をいれてくれるそうだ。
俺たちは一旦店に戻る事にした。
朝早かったので、帰ってきてもまだ昼前だった。
「どう思う、ティータ?」
「あのクッキーとケーキ。帰り際にこっそり聞いたら、王都の中央通りにあるセザール・エヴァンの店のやつですって。わたし、はじめて食べました」
「いや、あの、それじゃなくてな」
「え?でも、セザール・エヴァンですよ?凄いですね。儲かってるんですね」
ティータはえらく感銘を受けたようだ。
「それはともかく、どうも腑に落ちない事件だな」
俺は強引に話題を変える。
「あの商人たちが嘘ついてるんでなければ、魔物か魔術師の仕業ですかね」
「多分な。だがそれにしても……」
船を完全に破壊するでもなく、積み荷を奪うでもなく、誰かの仕業にしては中途半端だ。
俺にはぼんやりとした予感はあったが、まだ口には出さなかった。
店にはカーミラが眠そうな顔で座っていた。
「三日ほど留守にすると?」
「あぁ。頼む」
「まぁ大事あるまい。料理など、その気になればわらわもつくれるしの」
「いや、それは他の店員に任せればいいから」
「なんじゃ。わらを見くびっておるのか?実はこっそり修行しておるのじゃ。今度おぬしにも食わせてやる」
カーミラの言葉に適当に返事をしておいて、俺とティータは三日分の着替えや諸々を準備する。
そして、翌日――
迎えの馬車に乗り、俺たちはガルの村へと向かった。
王都から東の入り江にあるという。
海沿いの街道を馬車はひたすら東へと進む。
ティータは、窓から見える景色にはしゃいでいた。
「わたし、あんまり王都から出た事無くて」
旅と冒険が仕事だった俺からしたら意外だが、言われてみれば確かにそうだ。
この時代、自分の村から一生出る事無く過ごす人間もいるくらいだ。
「今日は村長の家にとめてくれるそうです」
案内役の男が言う。
「村長には迷惑かけるね」
「いえ、今回の件は村長も困ってますので。お気を使わなくても大丈夫です。うちはあそこの村から魚や海産物を仕入れてますし」
商船が座礁した後、村の小舟を使って一部の荷は運んだそうだ。
だが毎回そんな事をやっているわけにもいかない。
漁ができなくなってしまう。
「ようこそ、いらっしゃいました」
村長は温厚な五十代くらいの男だった。
小さな村に似合わない、かなりの豪邸だった。
「ロイと申します。こちらは助手のティータです」
「『黄金の牙』の方だそうですね。心強いです」
村長は俺が元幸運団のメンバーだとは知らないようだった。
ベルントも余計な事は言わなかったのだろう。
「何が起こったか話していただけませんか?どんな小さな事でもかまいません」
「ベルント様が話された以上の事は、正直私も……ですが最近、妙な事が起きておりまして」
しばらく前から奇妙な事が起きているらしい。
村の岬の先に行こうとした船が、浜辺へ戻されてしまうという。
いずれもベテランの漁師で、船の扱いも慣れたものだ。
だが、沖へと漕ぎ出たつもりが、いつの間にか元の浜にいたという事がおこり、漁師たちも不安がっているそうだ。
「毎回ではないのですね?」
「はい。商船も同じ状況らしくて」
「何か見たり聞いたりはしませんでしたか?」
「いえ、おかしなものを見たり、何かの音を聞いたりはしていないそうです」
「なるほど……」
「最初は酔っぱらっていたんだろうと思ったのですが、立て続けに違う人間に同じことがおこりまして」
俺は村長に現場を案内してもらう。
村の東へ道を抜けていくと、まもなく切り立った崖があった。
崖の下は小さな入り江のようになっており、岩が点在していた。
遠くに二隻の座礁した船が見える。
あれがレオパルド商会のものだろう。
その時ふと、何かを感じる。
ティータを見ると、彼女も何か気づいたようだ。
「今のところ見当はつきませんが、明日から調査にかかろうと思います」
俺はあえてそう言った。
「何でもおっしゃってください。出来る限りご協力させていただきます」
そしてその夜。
村長の歓待を受けた後、俺とティータ、商会の案内人にはそれぞれ別の部屋が用意された。
調査に必要だと言って、いつでも出入りできるように、館の鍵をもらった。
部屋に荷物を置いた後、俺は剣を腰に帯び、ティータの部屋へと向かう。
軽くノックすると、すぐに扉はあいた。
「やっぱり何かいるぞ、ティータ」
「ロイさんも感じました?」
「妙な【気】を感じる。魔族ではないようだが。とりあえず待ってみるか」
「大丈夫です。魔力のゆらぎを感じたら、私わかりますから」
俺たちはティータの部屋で待機することになった。
それほど長い時間待つことなく、変化が訪れる。
「……!ロイさん。岬の方です。行ってみましょう」
俺たちは館を出て、岬へと向かう。
ティータの灯の魔法で暗闇でも問題ないが、念のためランプも持っていく。
俺はティータほどはっきり異変を感じたわけではなかった。
だが岬に近づくにつれ、妙な気配はどんどん大きくなる。
「……やっぱりか」
「ロイさん、あれって……」
月光に照らされ、女性の上半身と翼を持ち、下半身は鱗を持つ魚の尾。
一際大きな岩に腰を掛け、悲し気な顔で歌っている者がいた。
それは海妖だった。
俺たちが近づくと、海妖は、はっと顔をこちらに向ける。
その表情が一瞬の歓喜から失望へと変わるのを、俺は見逃さなかった。
「あぁ……あの……あなたたちは。私が見えるのですか?」
海妖はあえぐように言う。
「驚かせてすまん。俺はロイという、元冒険者だ。お前はなぜこのような所にいる?海妖の住家はもう少し東のはずだが」
俺の言葉は、意外な反応を引き起こした。
「おお。そのあふれる魔力と英雄の相。もしやあなた様は、魔王を倒した剣士ロイ様ではございませんか?」
「俺を知っているのか?」
「もちろんでございます。私は海妖のセイと申します。海妖族で、ロイ様の名を知らぬものはございません」
先ほどの失望の表情に、狂おしい希望が浮かび上がるのが見えた。




