021 胡椒
「うーん。美味い!」
「こんなの王都でしか食えねぇからな」
白身魚のマリネを食べながら話す客の声に、俺は自然と笑顔になる。
生魚にオリーブ、レモン汁、塩と胡椒の液につけ、クルミやトマト等と絡めて盛り付ける。
一般的に、保存に難のある生魚はそのまま食べられることは少ない。
王都は港があり、新鮮な魚が手に入るため、こんな料理も成立するわけだ。
俺の毎日は相変わらずだ。
朝店にでて、掃除、仕込み、夕方に開店、片付け、就寝。
そんな規則正しい生活である。
休みの日には、船大工の息子のダンたちに剣を教える。
夏休みなので、ティータがよく手伝ってくれるのも助かる。
今年はずっと中止だった、十月の海神祭も行われる予定だった。
だがトラブルは思わぬ方向からやってくる。
「なに?胡椒が入ってこないって?」
「すいません」
出入りの商人が、恐縮したように頭を下げる。
「困ったな……一体何で」
「胡椒を積んだ船が、立て続けに座礁して。原因はまだはっきりとは」
「ギルドは何している?警備隊は?」
「海賊の仕業ではないようです。なかなか調査が進まなくて。冒険者ギルドに依頼しようかと言ってるそうです」
例の事件で商人バルビエは捕らえられ、ガモンズ伯爵は追放処分となった。
めでたしめでたし、とは必ずしもいかない。
港湾利権を握っていた二人がいなくなったことで、かえって混乱している面もあるという。
いくら腐敗した支配者であっても、ノウハウや情報や人脈を握っているものだ。
今のこの地区の復興責任者は、シャロン男爵という男らしい。
ラッセル公爵の派閥ではない、とのことだった。
胡椒が無くとも料理はできるが、かなりの不便を強いられる。
生魚のマリネだけならともかく、他の料理もある。
マスタードで代用できなくもないが、風味が変わってしまう。
「胡椒!大切ですよね。ほうっておけません」
その日の夕食の時、俺から事情をきいたティータは断言する。
「だが、まだ何が起こっているかもわからないぞ」
「海賊じゃないとしたら、魔法か魔族絡みですよ、絶対」
「絶対って言ってもな……」
「女の勘です」
自信満々な顔で、ティータはソーセージを頬張る。
反論しようとして、俺は考え直す。
船が座礁したのは、比較的港に近い場所だという。
船長も船員もベテラン揃いらしい。
いくらなんでもそんな所に海賊の跋扈を許す程、アステリア軍も警備隊も無能ではないだろう。
魔術か魔物がらみの事件と考えた方が自然であった。
「行ってみるか」
「はい!」
ということで俺たちは五日後、出入りの商人の紹介で、レオパルド商会という所へ訪問することになった。
その間店は、臨時に入ってくれる店員数人に任せる。
いつもよりできるメニューは減るかもしれないが仕方ない。
ただ料理係の、鶏とキノコのシチューのパイ包み焼きは、かなりのものだ。
俺たちは馬車で店を出て、指定された時刻より早めに到着する。
港の第二埠頭の一角にその事務所はあった。
「それで、どんなご用件ですか」
会ってくれたのは、神経質そうな三十代の男だった。
自己紹介の後、俺は早速本題に入る。
「うちの店も困ってましてね。胡椒の入荷の目途はたっていないのですか?」
「お伝えしました通り、船がトラブルにあいまして、今のところなんとも」
「原因不明とうかがいましたが、調査の進捗は?」
「公式にはなんとも。確か冒険者ギルドにも、依頼を出したと思いますが」
そこでティータが手をあげて叫ぶ。
「わたし、やります!」
「はっ?」
その男は、じろじろと俺たちを見る。
彼の目にうつるのは、親子ほど歳の離れた三十代のおじさんと、十五歳の少女。
顔も似ていない、あやしい組み合わせである。
「わたし、冒険者ランクBです。ほら」
ティータは冒険者カードを見せる。
男はうさんくさそうにそのカードを手に取り、ひっくり返して見た後、ティータに返す。
「ま、うちは知り合いの所に頼むので、大丈夫ですよ、お嬢さん」
「でも、胡椒ないと困るんです。調査をやらせてください!」
「ティータ」
俺の言葉に、ティータは黙り込んだ。
「まぁ、そういうことで。何かあればお知らせしますよ」
「ありがとうございました」
俺は頭を下げる。
ティータも不承不承俺にならった。
事務所を出ると、ティータが不満そうに言う。
「どうしたんですか?諦めちゃうんですか?」
「依頼はギルド経由で受ければいいさ」
「でも……」
「向こうの信用もないだろうし、ギルド経由の方が何かと都合がいいのさ」
俺は事情を話す。
冒険者が直接依頼を受けることはめったにない。
顧客の身元調査や報告書作成、依頼料の回収や手に入れた素材の売却。
事務仕事や雑用は山ほどある。
それをかわりに行ってくれるのが、冒険者ギルドだ。
名の知れた冒険者であれば、この人にお願いしたいと顧客から指定される、指名依頼というものもある。
だがそれでもギルドを通す事がほとんどだ。
中には公然とあるいはこっそりと、直接依頼を受ける冒険者もいなくはないが。
「そうなんですか?なんかすいません」
「いや、いい。ティータはこういうのに慣れてないだろうから」
ひょっとするとティータは、能力だけで言えばAランク相当はあるかもしれない。
だが実際の冒険者としての実務経験は少ないだろうから無理もない。
俺たちはその足で、ギルド『黄金の牙』へと向かう。
「おや?ロイ。引退したんじゃなかったのか?」
「今の商売にかかわりあることさ。それよりレオパルド商会からの依頼、来てるだろ?」
「ああ。他の商会との連名でな」
エリオンの港の近海の調査で、依頼ランクはDだった。
という事で、俺はクエストを受けることになった。
明日の午前中、レオパルド商会の事務所を訪問することを先方へ伝えてもらうように頼んでから、俺たちはギルドを出る。
そして翌日、再びレオパルド商会を訪れる。
デニスから連絡がいっていたのか、今度は明らかに扱いが違った。
受付で俺の名前を伝えると、奥から恰幅のいい中年男が飛び出してきた。
「お待ちしておりました。ベルント・レオパルドと申します。いやぁ、幸運団のロイ様だとは知らず、失礼いたしました」
商会の主がじきじきに出迎えてくれる。
「いや、気にしてません。あらためまして、ロイと申します。こちらは友人の妹でティータです」
「もちろん、存じておりますとも!魔王を倒した幸運団の賢者レオン様の妹さんですね。どうぞこちらへ」
俺たちは豪華な応接室へと招き入れられる。
俺やティータの事は、おおっぴらに言わないでくれと、デニスには頼んである。
あまり顔を知られると、平穏な生活にも支障が出る。
だが、最初にあんなことがあったので、この場合は仕方ないだろう。
まもなくメイドがやってきて、お茶とお菓子が出される。
「キタイ産の茶でございます。お口に合うとよろしいのですが」
「いや、これはありがとうございます」
磁器のカップに注がれた茶を飲み、クッキーやパウンドケーキを食べる。
俺にはこの方面の知識はないが、両方ともかなり高価なものなのだろう。
しばらく世間話をした後、俺は用件を切り出す。
「お困りだとのことで。詳しい状況をお話しください」
「しかし、これはDランクのクエストですよ?報酬もそこまでお支払いできませんし。ロイ様に受けていただくようなものかどうか……」
「今回は私の店にも関わりあることなので特別です」
「そうですか。それなら……」
「実は私は引退してましてね。今回限りのつもりです。私がこのクエストを受けたという事も、内密にしていただければ幸いです」
俺は色々な面倒事の予防のためにくぎを刺す。
SS級冒険者に安く頼めると、依頼が殺到しても面倒である。
「もちろんですとも。誰が受けてくれたかなんて、もちろん黙っています。私どもも商人です。約束は守ります」
主のベルントはにこにこ顔だった。
もうすっかり事件が解決した気でいるらしい。




