020 待っている
赤猪の串焼きは大評判になった。
ウミネコ亭秘伝のタレのレシピが残っていたのが幸運だ。
これからも赤猪は、サスピナから定期的に入荷できるだろう。
まずは一安心であった。
さらに美味いのが赤猪の燻製である。
スパイスを塗りこんで、時間をかけて焼き上げるものだ。
それなりの設備が必要なので、ウミネコ亭では作れない。
これもメニューに加えられそうだ。
レオンとティータの父のニコラは、商業ギルドの副会長であり、それなりに人望を得ていた。
ニコラの過去の人脈は、今も俺たちに恩恵をもたらしており、その点感謝してもしきれない。
俺はティータ、マルコ、パメラ、ジーナを集めて、開店前にささやかな打ち上げを行う。
無事グレートベアと翼竜を討伐できたお祝いだ。
もちろんご馳走は赤猪の肉である。
「うわぁ」
「凄いっす」
「おいしそう」
ティータも三人も口々に歓声をあげ、赤猪の串焼きを頬張る。
「でもいいんですか?あの……お金なら」
ジーナが申し訳なさそうに言う。
「なに、気にするな。今日はお祝いだからな。まぁ気になるなら出世払いでいいよ」
俺は鷹揚に言った。
どうせタダで手に入った赤猪だ。
そしてその日は店に珍しい客も現れる。
「デニスじゃないか。なんかあったのか?」
「なんかあったのかじゃねぇよ、ロイ。赤猪が入荷したとなりゃ、食わねぇわけにはいかねぇ」
「へぇ。まだ食ってなかったのか?」
「いやいや。ここのソースは絶品だからな。赤猪とこの上なく合う。早いとこ頼むぜ」
「はいはい」
ということで、俺は赤猪の肉を焼き、ソースと絡める。
そして麦酒と一緒に、デニスの前に出した。
「うん、美味い」
「だろ?楽しみにしてくれてた常連もいてね。モーガンのじいさんにも、早く食べさせてやりたいな」
「……モーガンのじいさん?もしかしてギルドの養老院にいる奴か?」
「知ってるのか?」
「そりゃね。施設を抜け出して、あっちこっちほっつき歩いてると聞いてたが。じいさんは、現役時代は凄腕の狩人でな」
狩人の業務は、冒険者とも一部重なるところがある。
狩りの専門職であり、その中には魔物も含まれる。
冒険者と兼ねているものもいて、冒険者ギルドと狩人ギルドは深いつながりがあった。
「例のサスピナへ行く途中にリルの村があったろ、ロイ。じいさんはあそこの出身でな」
そしてデニスは、モーガンの身の上を語り始めた。
魔大戦末期、魔物の退治や戦争に人手がとられ、あらゆる面で人員が不足していた。
当時、じいさんは引退していたらしい。
どうしてもと頼まれて、魔物の討伐に参加したという。
そしてじいさんが不在の間に、村が襲われた。
王都に侵入しようとしていた魔国の部隊が撃退され、退却する時に腹いせにリルの村を焼いたという。
平和な村には対抗しようもない。
じいさんの家族や、王都から村へ来ていた妹一家も含め、村人は全滅した。
「そりゃあ……」
「モーガンのじいさんはその後、最初は親戚のいる他の村にいたんだけどな」
しばらくしてから様子がおかしくなったという。
そして色々あった挙句、冒険者ギルドの経営する養老院へ入ることになった。
「元凄腕の狩人か。ただ者じゃないと思っていたが道理でな。いくら見張りを厳重にしても、施設を抜け出してしまうって、職員が言ってたが」
「じいさんも気の毒な人さ。この国じゃあ、こんな話が腐るほどあるんだろうな。戦は嫌だねぇ」
「あんたがそんな事言うなんてな、デニス」
「そりゃ冒険者ギルドにとっちゃ、平和が一番だからな。戦争なんざ、銅貨一枚にもなりゃしねぇ」
俺は何とも言いようがなかった。
守るべきものを守れなかった後悔は、一生消えることはない。
そのことを俺は知っているからだ。
そして翌日、モーガンのじいさんが、閉店間際にやって来た。
その日は客が少なかったので、ティータもカーミラも既にいなかった。
いつものように、麦酒を注文すると、酒場の隅のテーブルで飲み始める。
飲み終わる前に、俺は麦酒の杯と、赤猪の串焼きをモーガンの前に置く。
「なんじゃ。まだ頼んどらんぞ」
「これは俺のおごりさ。いつも来てくれるからね。これ、じいさんが楽しみにしてた赤猪だぜ」
モーガンは目の前の皿から立ち上る香りを嗅ぐと、頬をゆるめる。
「ほほぉ。なかなか年寄りへの礼儀をわきまえているの。おぉ、ところでどうじゃ?この間渡したあれは役にたったか?」
「ああ。あの矢尻のおかげで助かったよ。その礼も含めてね」
「じゃ、ありがたく頂こうかの」
そしてモーガンは、赤猪の串焼きに舌鼓をうつ。
「どうだい、じいさん?」
「うん、美味い。このソースはやはり一味違うのぉ」
「そりゃよかった。じいさんに食べて欲しかったんだ」
「そうかそうか。また女房と息子が妹の所へ遊びに行って、帰ってこなくてな。まったく」
俺は麦酒を仰ぐモーガンを見る。
完全に正気を失っているとは、どうしても思えなかった。
その目には知性の輝きがある。
その時、俺の胸にはある思いが浮かび上がる。
モーガンは本当に呆けてしまっているのだろうか?
それとも、妻や息子は一時いなくなっていると思い込もうとしているだけだろうか?
そう振る舞うことで、全てを失ってしまった心の痛みを和らげているのだろうか?
「なぁ、じいさん」
「なんじゃ」
「いや……」
俺は言葉を飲み込む。
確かめようもないし、確かめても仕方ないことだった。
かりそめの人生を、ただ一時すれ違っただけの人間が、わかったような事を言って何になるというのか。
表面上の同情と共感の言葉が、老人の心に響くとも思えない。
人の心の傷を癒せるものがあるとしたら、それは時の神アドマイエの恵みだけだろう。
その時、入り口の扉が開いて、一人の女が入って来た。
「まぁまぁ、モーガンさん。やっぱりここにいたんですか?」
それは養老院の職員の女性だった。
「また来たのか。女房が帰ってこんのだから、仕方なかろう」
「またじゃないですよ。わたしもう今日は、仕事終わりなんですよ。先に行って見てきてくれって言われて。まったくもう」
俺はその女性の近くのテーブルに、木の杯に入った麦酒を置く。
「これを飲んで、モーガンさんの奥さんを一緒に待ちませんか。俺のおごりです」
「あらでも」
ちらちらと視線が麦酒に移動する。
俺は以前から、時折店にモーガンを迎えに来るその女性が、酒樽や酒瓶へ送る視線に気付いていた。
思ったとおり、かなりの酒好きだ。
「今日はもう店も終わりですから。俺も一杯付き合いますよ」
「そうですか……でも。ねぇ、モーガンさん」
「わかったわかった。この一杯飲んだら退散するわい」
「じゃあ私も一杯だけ。これ一杯飲んだら帰りましょうね、モーガンさん」
読んでいただきありがとうございました。
これで二章は終了です。次からは第三章になります。
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