019 神狼
ティータによれば、この村からニ十キロほどの所らしい。
そんなに近くに原因があったとは驚きだ。
「現状、危険はありません。それより事件の原因となるものを突き止めるのが大切です」
「はぁ、しかし……」
俺の言葉に、村長は不安そうな声を出す。
その時――
「いや、大事無い。危機は去った」
一つの人影が、突然村にあらわれる。
「おい、カ……ミラーカ。なんでお前が」
「ふむ。弟子を放ってはおけまい。それに面白いものが見れそうだからの」
外見はミラーカのものだが、口調がカーミラのものになっている。
俺は村長に、彼女は古い友人だとだけ話した。
結局俺たちは、異変の原因を調べに行くことにする。
俺とティータ、カーミラだけのつもりだったが、マルコたち三人も行きたいという。
通常人では、山道はかなりの時間がかかる。
ティータやマルコ達は魔術による身体強化、俺は【気】による強化が使えるから問題はない。
ただ戦闘面で足手まといになってしまう可能性があった。
「危険はないじゃろう」
というカーミラの言葉で俺は彼らを連れていくことにした。
一通りの準備の後、俺たちは村長に見送られて出発する。
俺たちは人が踏みならした山道や、獣道のようなところを歩いて行く。
時には魔法で木々をかき分け、道を切り開きながら進む。
カーミラは飛行魔術が使えるはずだが、一応地面を歩いていた。
だが途中で何度もあくびをする。
「いや、やはり真昼間は眠いわい」
とのことであった。
目的地へ行くまでの道中で出会ったのは、小動物だけだった。
やはりこの山はどこかおかしい。
「あ、こっちです」
ティータが先に走り出した。
そこは、鬱蒼と茂っていた木々が途切れ、小さい広場のようになっていた。
そこは透明な膜に覆われていた。
中央には、目を閉じてうずくまっている一体の巨大な生物がいた。
体長二十メートルはあるかもしれない。
「これは……ただの狼じゃない。神狼か!」
「その通りじゃ、ロイ」
俺の言葉にカーミラが答える。
「なるほど。フェンリルの放つ魔力で、魔物たちがおかしくなっていたのか」
「結界によって封じられておる。だが神狼ほどの力をもつものを、完全に封じる事はできぬからの」
その時、神狼が目をあけ、その赤く光る瞳をこちらに向けた。
「何故こちらにおられるのか、古きものよ」
俺はその神狼に向かって話しかける。
すると周囲に声が響く。
「我はこの地に用はない。ここから出られるなら、すぐに去ろう」
神狼は答えた。
他の者の様子を見ると、俺以外にも聞こえているらしいが、おそらく念話だろう。
「なぁ、結界を破壊できないか?」
「わらわは昼間は力が出ぬわ。おぬしならできるじゃろう。ほれ」
俺がカーミラに言うと、彼女は広場の四隅に立つ石柱を指さす。
俺は【気】を剣に集中し、四隅の柱を叩ききる。
フェンリルを覆っていた、結界は消滅した。
神狼四つ足で立ち上がると、一度大きく体を震わせる。
「ふむ。まずは礼を言おう。お前は冒険者か?」
「そうだ。ロイという」
「お前は我を狩らないのか?」
フェンリルは不思議そうに言う。
「その気はない。なぜそんな事を言う?」
「我と出会ったものは皆、我を殺そうとした。神狼の内臓は不老長寿の力があるとか、牙や爪は万病を治すという、出鱈目な噂があるそうだが」
その哀れな冒険者の運命がどうなったかは、聞かなくても想像はついた。
神狼は古代種族の生き残りであり、その戦闘力はS級魔物をしのぎ、上位の魔族とも互角以上に戦えるだろう。
「ロイさんはそんな事しません!だって、神狼さんのお腹には、赤ちゃんがいるじゃないですか。お母さんを殺すなんてしません!」
俺は驚いてティータを見た。
そしてフェンリルに向けて、意識を集中させる。
確かに腹部に生命の気が感じられた。
「ふむ。よくわかったな娘よ。そのせいで不覚をとってしまったわ」
なるほどそういうことか。
そしてカーミラが神狼に話しかける。
「どうじゃ神狼よ。おぬしのせいではないが、里の者も困っておる。おぬしがいなくなれば、この地も正常に戻ろう」
「勿論、否やはないが……お前はまさか昔なじみの」
「ようやく気づいたか」
「さすがに封印されて力が弱っていたらしい」
神狼とカーミラは、俺にはわからない理由で笑いあった。
「いや。とにかく我を助けてくれた事は礼を言う、ロイどの。御恩は忘れませんぞ」
「とんでもない。だが何故こんなことに?」
「さぁ。我は人の世界の事はよく知らぬ。だが古代魔術や古代遺物を使うものたちであった。おそらく魔族であろう」
神狼の言葉に俺は考え込む。
ここに神狼を封じてどうしようというのか。
後日その力を利用しようとしたのか、あるいは他の目的があるのか。
まだ情報が少なすぎる。
考えても結論は出そうになかった。
俺は一つかぶりを振って言う。
「あなたにとっては災難だったが、ではこれで」
「重ね重ね感謝する。さらばだ」
「おお、神狼よ。また後でな」
「ではまた。古き友よ」
俺とカーミラにそう答えると神狼は去って行った。
「これでこの地は正常に戻るだろうな」
俺の言葉に、ずっと黙って様子を見ていた三人が一斉に発言する
「凄いです、ロイさん」
「神狼とまで、堂々と交渉して」
「あたし正直、怖くて動けなかったっす」
マルコ、ジーナ、パメラたちは、興奮したように言った。
「やっぱり凄いっすね。魔物相手でも、戦いにこだわらず、交渉する事も大事なんっすねぇ」
「あれは話が通じる古代種族だからね。魔族には問答無用の奴もいるから気をつけろよ」
「はい!」
パメラがやたら感心してくれるのも、なんだか面映ゆい。
そして俺たちは一旦村へ戻って報告する。
「なるほど、そのような事が」
「しばらくすれば、この地には平穏が訪れるでしょう。もう心配ありません」
「何もかもロイさんのおかげです。ありがとうございました」
そして翌朝、王都へと帰還した。
事件の全てが解決したということで、皆の雰囲気もどことなく晴れやかだった。
だが俺たちが王都に戻って、数日後の事――
朝早く店の掃除をしていた俺のところへやってきた者がいた。
「ロイさん!デニスさんの使いです。すぐいらしてくださいとのことで」
「なんだこんな朝っぱらから」
「それがその……ロイさんがいないと困るということで」
「……わかった」
もしかすると、また魔物があらわれたのだろうか?
俺は迎えの馬車に乗り、その男と一緒に北の城門へと急行する。
そこには既に、兵士や冒険者らしき人間や、大勢の野次馬も集まって来ていた。
数十頭の赤猪の死体が横たわっている。
『ウミネコ亭のロイどのへ』
と書かれた木札がたてられていた。
なぜかその横には、ミラーカの恰好をしたカーミラもいた。
彼女は俺に近づいてきて、そっと囁く。
「遅いぞ、ロイ。迷惑をかけたことと、助けてくれた礼だそうじゃ。神狼からのな」
「それは……ありがたい……けどなぁ」
「ついでにあの近辺に集まっていた、危なそうな高ランクの魔物は全部倒しておいたから、心配ないそうじゃ」
「しかし神狼は文字が書けたのかね」
「いや、あれはわらわが書いた。頼まれての」
「だから、こんなにどうすんだよ!」
「わらわも少しだけ魔力を吸った。あとはいらんからおぬしがもらえ。おぬしのものだからの」
そこに二人の男女があらわれる。
「よぉ、デニス。えらく景気がいいじゃねぇか」
「こりゃ一体どうしたんだい」
『黒竜の爪』のギルドマスターであるエックハルトと、『青竜の翼』のトップのカサンドラだった。
エックハルトは髪も髭も白い六十代の男だ。
赤毛のカサンドラは父親の後を継いでギルドマスターになり、まだ三十代だったはずだ。
俺は二人とも顔見知りである。
「ちょうど良かった、エックハルト、カサンドラ。この赤猪を三分の一ずつ、もらってくれないか?かまわないよな、デニス?」
「そりゃまぁ……普通の奴らじゃ処理できないだろうし。お前がいいって言うなら」
その言葉に二人は
「ほぉ。若いのに礼儀をわきまえてるじゃねぇか」
「ありがとね、ロイ。デニスのとこ追い出されたら、いつでもうちに来なよ」
俺は余計な事は言わずに、そっと頭を下げる。
だがまだ気になることがあった。
「しかしこんだけのものを、勝手に処分していいのかね、デニス」
「なに。赤猪が、こんな所にこんなにいるはずねぇ。これは全部幻だ」
「しかしな」
「心配すんなよ、ロイ。しかるべき所には、俺から筋を通しておく」
もうこうなったら、やけくその赤猪パーティーしかない。




