017 再び
「おお、ご苦労だったな、ロイ」
「あぁ。思ったよりやるね、この子たち」
ギルドマスターのデニスの言葉に、俺はそう返す。
マルコ、パメラ、ジーナの三人は嬉しそうだった。
「そんなことないです。まだまだ未熟で。それよりロイさん凄かったです!」
パメラの言葉に二人も賛同する。
「そうだろう。そうだろう」
パメラたちの誉め言葉をきいて、何故かデニスも嬉しそうだった。
「じゃあ報酬はいつもの口座へ頼むぜ」
「わかってるよ。しかしもったいねぇなぁ。酒場の親父にしておくには惜しいぜ」
そこでジーナが意外そうに口を挟む。
「ロイさんて、酒場を経営なさってるんですか?冒険者じゃないんですか?」
「こいつはよぉ。冒険者引退するなんて、ふざけたこと抜かしやがるんだ。まったく」
「だからもう引退したって言ってるだろ!」
ここに来ると、いつもこんなやりとりになる。
「そうだったんですか?いつかできたら、パーティーを組めたら……なんて思ってましたのに」
ジーナも残念そうに言った。
「色々あってな。今は『ウミネコ亭』って酒場をやってるよ」
「そうなんですか?酒場ってよく知らないけど、お酒だけ?」
「料理もやってるぞ、ジーナ。まだメニューは少ないけどな」
「そうなんですか?一度お邪魔してみたいです」
ジーナがそう言うと、マルコもパメラも賛同する。
どうやら今は、夏休みらしい。
「じゃあ、軽くお疲れ様会でもするか。一杯くらいならおごるぜ」
三人から歓声がおこる。
彼らはまだ成年に達しておらず、酒は飲めない。
だが彼らは良い子たちだし、なんとなく今俺がやっていることを知ってもらいたくなった。
ということで、俺たちは馬車に乗り、ウミネコ亭へと向かう。
豪勢な料理とはいかないが、塩漬け肉にチーズに木の実の盛り合わせくらいはあるだろう。
そしてウミネコ亭に到着したところで、意外な事実が判明する。
「ロイさんお帰り。あれ?パメラ。なんでここに?マルコにジーナも」
「ここって、ティータのお店だったの?」
驚くティータたちを見て、しばらく事情が飲み込めない。
「なんだ?お前たち知り合いだったのか?」
「そうですよ!なんだ。討伐に行くって、マルコたちと一緒だったんですね」
ようやく俺も理解した。
俺もうかつだったが、同じ魔術学校の同級生なのだから、顔見知りどころか友達であっても不思議ではない。
「ロイさんはレオンさんの盟友でしたから、ある意味当然ですよね」
マルコが感慨深げに言う。
ティータがレオンの妹だということも、同級生なら皆知っているのだろう。
「俺が魔王を倒した幸運団のメンバーだってのは、知らない客もいる。あまり広めないでくれよ」
「わかりました!」
マルコ、ジーナ、ティータは声をそろえて言った。
幸運団が魔王を討伐したことは大々的に発表された。
公文書に記載され、立て札がたてられ、一部の貴族には周知された。
だがそもそも文字が読めないとか、そんな情報に触れていない人間は大勢いる。
ロイというのも平凡な名前で、顔を知られているわけでもない。
レオン、イザベル、シェンの肖像画や彫像は公共機関に設置されるらしいが、俺自身は断った。
平穏に生きたいからというと、先方も納得してくれたようだった。
「そうそう。ちょうどラズベリーパイが焼けたんですよ。ようやくお店に出せそう。ちょっと食べてみて」
ティータが皿に乗ったパイを持ってくる。
「いいんですか?」
「おいしそうっす」
「たべたいです」
魔術学校の三人は、歓声をあげる。
「どうぞ」
そしてカーミラがリンゴ水の入った杯を持ってきて、テーブルに置く。
だがマルコたちの表情を見ると、どうも気まずそうだった。
妙な迫力があるのか、カーミラの隠れた魔力を感じ取っているのか。
「ミラーカさん。店が開くまで、休んでいていいですよ」
「はい。わかりました」
カーミラは雰囲気を察知したのか、大人しく下がっていった。
俺たちはティータの作ったパイを頬張った。
甘酸っぱいラズベリーがパイ生地にあう。
皆口々に、賞賛の声をあげた。
酒場のつまみといえば、塩漬け肉やチーズやキャベツの漬物といったあたりが定番だ。
だが元々、ウミネコ亭は様々な料理が評判だった。
客の中には甘いものが好きな者も多い。
このラズベリーパイを作るのに、ティータは以前ウミネコ亭で働いていたある婦人を訪ねたそうだ。
その人がレシピを覚えていて、このメニューの復活となったわけだ。
だがしばらくすると、扉をたたく音がする。
少し待っても止まないので、仕方なく俺は入り口に向かった。
「すいません。まだ営業時間外で……なんだ、じいさんか」
それはいつもの、モーガン老人だった。
「まったく。昨日から女房と全然連絡がつかんでな。ここで待たせてくれ」
「今ちょっと、客が来ててさ。悪いが……」
「僕たちはかまいませんよ。お店にお邪魔しているわけですし」
俺の言葉にマルコがそう言い、他の少女二人も頷いた。
モーガンはいつもの席に座り、俺は麦酒を持っていく。
そのモーガンにティータが声をかけた。
「ラズベリーパイいかがですか?さっき焼いたばかりですよ」
「ラズベリーパイは女房の作ったのしか食わん」
モーガンはちらりと一瞥しただけで、そう答える。
「そう……ですか」
「いやいや、気にせんでくれお嬢さん。わしのような頑固な年寄りは、長年の習慣を変えられんものでな」
しょげてしまったティータを見て、さすがに気をつかったのか、モーガンはフォローする。
隅っこで一人ちびちび飲むモーガンの事は気にせず、俺たちは話に花を咲かせることにした。
必然的に話題は今回の討伐のことになる。
「今回は特別授業の一環なんです」
ジーナが言う。
「へぇ、そうなんだ」
「そうですよ、ロイさん。わたしはお店があるから、行けなくて」
ティータが言う。
そしてサスピナの地であったことを、皆と話している最中だった。
「そりゃまだ終わっとらんな」
一人で飲んでいたモーガンがぼそりと言う。
「でも、グレートベアはCランクの魔物ですよ。僕たちはそれを倒したんです。あそこは今まで、一般狩人でも狩れる赤猪程度しかいなかった場所で」
マルコが反論した。
「なるほどな。だがな、本当に強い奴は山にいる。グレートベアが里に下りてきたのもそのせいじゃろう」
モーガンのじいさんは断言する。
俺たちは何となく気を飲まれてしまった。
その後は話も盛り上がらず、早々に解散する。
「じゃ、またね。マルス、ジーナ、パメラ」
「うん、またねティータ」
そして三人は俺に礼を述べた後、いつかパーティーを組めたら嬉しいと伝えてくる。
俺は「機会があればな」とだけ答えた。
そして翌日、再びモーガン老人が店にやってきた。
手に何やら手に木のケースを持っている。
いきなりそれをテーブルに置くと、中を俺に見せる。
「これを持っていけ。弓は使えるじゃろ?」
緩衝材の中にニ十個ほどの矢尻があった。
魔術文字の刻まれた、魔法銀で作ったものだ。
「おい、じいさん。こりゃ大した値打ちものじゃないか。代金払わせてくれ」
「そんなもんはいらん。わしにはもう必要ないからの。それで赤猪でも何でも捕って来て、食わせてくれたらええ」
そういって、その日はさっさと帰っていった。
いつもに似合わないモーガンの振る舞いに、俺はあっけにとられてしばらく呆然とする。
この矢なら、赤猪どころか飛竜でも射ち落とせそうだ。
どうしたものかとケースの中身を見ていたが、結局ありがたく利用させてもらう事にする。
いずれ代金は別の形で返せばいい。
しかしモーガンのじいさんが、何でこんなものを持っていたのだろう?
俺はしまってあった弓を手入れし、以前から付き合いのあった武器屋に頼んで矢を作る。
特に直近で必要性があったわけではない。
予感にかられ、万一の事を考えてだ。
俺は剣が一番得意だし、【気】をこめやすい。
それに魔剣を持っていた時は、他の武器の必要性をあまり感じなかった。
だが戦士のたしなみとして当然俺は剣だけでなく、弓、槍、斧、投げナイフ等も使える。
この大陸では、狩猟ではともかく武器としての弓は人気が無い。
上位互換の魔法があるからだ。
弓よりも威力のコントロールが容易で、曲射に遠距離に時間差攻撃まで自由自在だ。
とはいえ、通常の魔法が使えない俺にとっては、弓は有用な武器だった。
それに矢が必要であるとか、追尾射撃ができないという欠点はあっても、魔術師にとって弓矢というのは利点もある。
魔力の塊を発射するよりも、矢を強化して射出した方が消費魔力が少なくてすむ。
場合によっては威力も大きくなる。
俺が【気】のこめ方を教えたイザベルの弓は、魔大戦で大いに活躍した。
そして俺の悪い予感は当たる。
グレートベアが駆逐されたサスピナの地に、翼竜があらわれるようになった。
そう冒険者ギルドから連絡が来たのは、それから一週間後の事だった。




