016 混乱
「ちっ。いそぐぞ!。この距離で届くかはわからんが、腕輪で連絡しろ」
俺たちは、時折腕輪にタッチしながら、走り始める。
一体ならまだ、残った人間でも何とかなるだろう。
だが三体となると、荷が重い。
遠目にみると、どうやら村もグレートベアに気づいたようだった。
物見の塔の鐘がならされ、門が閉ざされる。
だが村の周囲に張り巡らされた、木の杭で作った柵は、いかにも頼りない。
「マルコ、ジーナ、パメラ!やつの注意をこっちに引き付けてくれ。俺が討ちもらした場合は、頼む」
「わかりました」
三人は余計な事は言わず、それぞれ魔法を発動する。
グレートベアとの距離が遠いので、大したダメージは与えられないだろう。
だが村から注意をそらせばいい。
「エレメンタルソード!」
「ファイアアロー!」
「ホーリーストリング!」
三人の魔術がグレートベアに襲い掛かる。
距離的に、致命傷は与えられない。
だが村へ向かっていた魔物たちはそこでようやく動きをとめる。
そして俺の方を振り返ると、突進してくる。
グレートベア三体が向かってくるなど、並みの冒険者なら背筋が凍る事態に違いない。
だが俺としては願ってもない状況だ。
立ち上がって攻撃してきた先頭のグレートベアの首を、飛び上がってすれ違いざま切り落とす。
あと二頭だ。
残りは俺の方に、縦に並んで突っ込んでくる。
ただ倒すだけなら簡単だ。
だが被害を出さないためにも、一瞬で仕留める必要があった。
本来素材の事を考えるなら、皮や爪が傷つかないように、なるべく綺麗に倒すべきである。
とはいえ、今はそんな事を言っている暇はない。
俺は速度を緩めず突進する。
四つ足でこちらへ突っ込んでくる
相手を避けながら、すれ違いざま大上段から剣を叩きつける。
グレートベアの首は胴体から離れて吹っ飛ぶ。
剣を振り下ろした俺の頭部をねらって、三体目が上からその巨大な爪を振り下ろした。
だが俺はその攻撃を読んでいた。
二体目を切り伏せた時には既に、三体目に対して有利なポジションをとっている。
俺はその爪をかわしざま、前かがみになったグレートベアの頭部を下から切り上げる。
三体目は顔面を両断されて、地面に倒れ伏す。
『トラギリ』と師匠が呼んでいた技だ。
本来は一撃目の大上段からの振り下ろしは、隙を見せるための誘いである。
それにつられて攻撃してきた敵の死角から、下から上に剣を切り上げて仕留めるという戦法だった。
念のため俺は、三体目の心臓に剣を突き入れ、とどめを刺した。
そして、マルコ達の方を振り向く。
「おい!大丈夫か!」
だが彼らは、呆然としたように突っ立っていた。
「おい!なにをぼっとしている?他にもいるかもしれん。村へ急ぐぞ」
「あ、は、はい!」
マルコ達四人は俺の後を追って急いで村へ向かった。
「大丈夫ですか!?」
俺は村の門の外から叫ぶ。
すぐに扉があいて、中から村長やギルドの冒険者たちが出てきた。
だが彼らは、マルコ達とおなじく、ぎょっとしたように俺を見ていた。
「ご無事でなによりでございます。お怪我はございませんか?」
ようやく村長が、一歩進み出て言った。
「大事無い。村人は?」
「おかげさまで。村はなんともございません」
「よかった。おい、マルコ、ジーナ、パメラ……どうしたんだ?怪我でもしたのか?」
突っ立っているマルコや案内人たちの様子が少しおかしい。
「い、いえ。違います!ロイさんの戦いぶりがあまりに凄くて……なあ?」
マルコの言葉にパメラとジーナがうなづく。
そしてギルドの人間や、村人たちの間にも、賛同のざわめきが広がった。
「グレートベアを三体も一瞬に……」
「あれがSS級か」
人々は口々に話している。
そんなに感心されるほど、凄い事なのか、自分では実感がない。
俺にとってはC級のグレートベアなど大した相手ではない。
だが考えてみれば、そのグレートベアに困って、依頼してきたわけだ。
マルコ達だって、三人がかりで一体倒せるほどの強さであった。
そういう人間から見れば、俺など神のごとき強さに見えるのかもしれない。
だが俺は強さには際限が無いことも知っていた。
魔王や魔将たちに勝てたことも、いまだに実感が無い。
俺としては、自分の実力以上に評価されているようで、照れ臭かった。
「まぁいい。それより今後のことです」
「おぉ、ではこちらへ」
俺の言葉に村長は、はっとしたように我に返る。
そして俺たちは村長の家の一室で、今後の事を話し合う。
「数日は状況を見ます。その後は一部の調査員を残して、私たちは王都に帰還します」
「それはもちろん。ただグレートベアが残っていたらどうしたらいいか……王都の騎士団にも要請はしているのですが」
ここは王の直轄地で、領主はいない。
王都の騎士団や衛兵に救援をもとめているという。
だがここのところの人員不足のせいか、なかなか派遣してもらえないそうだ。
俺は冒険者ギルドに増援を頼みつつ、あらためて、兵を要請するように提案する。
村長も了承した。
その後、二日間は何もなかった。
グレートベアも他の魔物も、あらわれない。
ただし、赤猪自体も見なかった。
倒したグレートベアは、爪と毛皮を回収する。
赤猪が再び捕れるようになることが、元々の俺自身の目的だ。
だが魔物の影響で、生態系が乱れてしまったのは、すぐには元にもどらないのだろうか。
これは俺自身にはどうしようもなく、ただ時を待つしかない。
そして冒険者ギルドの増員が来た。
Bランク冒険者と、Cランク二人だ。
この人数なら、数十体の大群に襲われない限り、防御に徹すれば何とかなるだろう。
ということで、俺たちは王都に帰還することにする。
「これで終わりでしょうか?」
マルコが少し不安そうな表情で言う。
「さぁな。だが当面の任務はこれで完了だ。あとはギルドに報告だ」
調査員と冒険者は、調査を続けるという。
これでしばらくは一件落着だ。
魔物たちの動きがおかしな点は、俺にはどうしようもない。
後は冒険者ギルドなり、騎士団なりに任せればいい。
すっきりしない思いを残しつつも、俺たちは帰途についた。




