6.罠
雪が解け始めた日の朝、ソフィアは父の書斎を訪れた。
父は珈琲を片手に書類を眺めていた。ソフィアが訪ねてくることに、父は驚かなくなった。
ホルム子爵の件以来、父はソフィアの来訪を、悪いことが起こる前触れとして受け取るようになっていた。矛先が自分に向かなければ、父はソフィアに反対するつもりはなかった。
「グレアム家の保税倉庫の件で、お聞きしたいことがあります」
父が顔を上げた。愛想笑いは欠かさなかった。
「どの程度の余裕がありますか?」
「三割ほど空きがある。なぜだ?」
ソフィアは口元に手を当てて、窓の外を見た。
「シュルト家の倉庫を使っている商人たちが、移転先を探しているようなのです」
父は目を細めた。
「シュルト家の倉庫に何かあるのか?」
「管理者に問題があるようなの」
ソフィアは首をすくめた。
父はそれ以上訊かなかった。ソフィアの標的がシュルト伯爵家であることがわかれば十分だった。
「利用料はどう設定する?」
「シュルト家より少し安く。商人が移転しやすい程度に」
父は天井を見上げてから、小さく頷いた。
「わかった。数字を出してくれ」
「もう出してあります」
ソフィアは袖から書類の束を取り出し、机の上に置いた。
父は書類を広げて眺め、またソフィアを見た。
「利用料が高くないか?」
「いえ、問題ありません」
ソフィアは声を弾ませた。
「商人たちとの交渉は、誰が?」
「私が」
ソフィアの頬がゆるんだ。
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商人たちへの接触には、マーガレットを同行させた。
ソフィアが保税倉庫の入庫記録から作成した四つの商会について尋ねると、全てマーガレットが客として訪れたことのある商会であった。
マーガレットはカールに煮え湯を飲まされた経験から、復讐のために協力を願い出た。面識のないソフィアが交渉するよりも、顧客として面識のあるマーガレットを同行したほうが、商人の警戒心は薄れるだろう。
ソフィアたちは四人の商会に、保税倉庫の移転の提案を持ちかけた。「関税の偽装はさせないが、今までの関税逃れを罪に問われないように取り計らう」と伝えた。
商人の反応は早かった。最初はシュバルツ商会に訪問した。カールのやり方に辟易していたと、言葉の端に滲ませながら、グレアム家の保税倉庫への移転を了承した。次の商会も面談中に返事があった。
三つ目は少し迷ったが、当日に使いの者がグレアム家の屋敷にやってきた。
四つ目だけが一週間考えたいと言ったが、最終的には同じ返事をよこした。
こうして、全ての商会の保税倉庫の移転が決まった。
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春になると、カールの態度に変化があった。
王立学院の廊下ですれ違うとき、以前は軽い会釈をするだけだったのが、ソフィアに敵視するような視線を向けるようになった。カールが焦っているのが、遠目からでもわかった。
いい気味だ。そう思いながらも、ソフィアは表情に出さなかった。
カールからミシェルへの贈り物が減ったらしい、とマーガレットから聞いた。社交界の噂はすぐに広がる。ミシェルが別の令嬢に不満を漏らしたのだ。
資金が干上がれば、気前のいい男でなくなる。今のカールに、引く手あまたの侯爵令嬢を惹きつけるものはなかった。
追い詰められた者が何をするかは、分かっていた。
ソフィアは静かにカールの動きを待った。
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春が深まった頃、アランから連絡があった。
家人から受け取った短い手紙には、日時と場所が書かれていた。
翌日、ソフィアは王立公園の東屋を訪れた。アランは時間通りに来た。
「少し調べてみたんだけど」
開口一番そう言って、アランは折り畳んだ紙を手渡した。
隣国から実際に輸出された宝飾品の数量だった。アランが滞在中に培った人脈を使って調べた記録だった。入庫記録との差が、偽装の証拠になる。
「これを使って、彼を告発するのかい?」
目を輝かせるアランに、「いいえ」とソフィアは紙を見ながら答えた。
「これはお守りよ。いつでも告発できると、カールに警告することができる。それに、カールを告発すれば、不正に関わった商人も罪に問われる。それは筋が違う」
ソフィアは首をすくめた。
「じゃあ、何をするつもりなの?」
「何もしない。ただ待つだけ。あとは、カールが自分でやってくれるから」
アランは目を丸くした。
公園の池で釣りをする老人が目に入った。老人は餌を垂らして、魚を待っていた。
ソフィアは餌を撒いた。後はカールが食いつくのを待つだけだ。あの老人と同じように。




