7.あのときの返事
春の終わりごろ、夜番の守衛から、グレアム家の保税倉庫の周辺をうろつく不審者がいる、と報告があった。ソフィアはその報告を待っていた。
カールは商人の一人を脅して、グレアム家の保税倉庫に変更したことを聞き出した。
「脅されて話してしまった、申し訳ない」と謝罪する商人に、「気にしないでください」とソフィアは伝えた。
カールの行動は想定したとおりだった。
グレアム家に顧客を奪われたカールは、資金難に陥った。
追い詰められた者の発想は単純になる。邪魔なものを壊せば、邪魔でなくなる。
浅はかなカールは、そう考えるだろう。
ソフィアは父に騎士団の派遣を依頼した。
「本当に来るのか?」
父は眉間にしわを寄せた。騎士団の派遣は一大事である。もし、事件が起こらなければ、父の立場が悪くなる。
「来ます。来ざるを得ない状況だから」
ソフィアが目を輝せると、父は短く息を吐き、それ以上訊かなかった。
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当日の夜、ソフィアは屋敷にいた。保税倉庫には行かなかった。わざわざ出向く必要がなかったから。
深夜過ぎに父がソフィアの部屋をノックした。父の顔を見れば、結果は明らかだった。
「騎士団が捕まえた。カールと、手下が三人だ」
父は短く言った。
「被害はどうでしたか?」
「扉を開けた直後に騎士団が入ったから、燃えたのは一部だけだった。被害は軽微だ」
「それは良かったです」
ソフィアの口元がゆるんだ。
被害のあった商人には、損害額を補填すればいい。それに、カールのことは、周りが罰してくれる。
「おやすみなさい、お父様」
ソフィアは父に会釈して、扉を閉めた。
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貴族の所有地への放火は重罪である。領地への侵略行為と見做され、厳しく罰せられる。グレアム伯爵が王国政府に告発すると、シュルト伯爵家の取り潰しもありえる。
カールの父シュルト伯爵は家を守るため、ソフィアの父グレアム伯爵と示談交渉に臨んだ。
ソフィアは、父にカールが主導した関税逃れに関する資料を提供し、シュルト伯爵との交渉を有利に進めるように進言した。
示談交渉の結果、カールの放火を王国政府に告発しない代わりに、シュルト伯爵家の鉄鉱石取引の利権の半分をグレアム伯爵が譲り受けることとなった。
示談交渉が終了してすぐに、カールはシュルト伯爵に勘当された。
放火犯であり伯爵家の子息ではなくなったカールを婿として迎える意味はない。シュルト伯爵から、婚約解消の申し入れが合わせてなされた。
婚約解消の話がソフィアに伝えられたのは、王立学院の講義の後だった。家人が運んできた父からの手紙に、簡潔に書かれていた。ソフィアは手紙を一読してから、「シュバルツ商会に」と家人に伝言を頼んだ。これで邪魔者は排除できるだろう。
ソフィアの頬がゆるんだ。
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グレアム家の庭師が育てた白い薔薇が、日差しの中で揺れていた。庭園のテーブルには紅茶のカップが二つ。ソフィアの向かいには、アランが座っていた。
「海岸に身元不明の遺体が上がったらしい。カールじゃないか、という噂だ」
アランは飛んできた小鳥を眺めながら、カップを指でなぞっていた。
「初耳だわ。それにしても、運のない男ね」
ソフィアは苦笑いした。
ソフィアが手を汚さなくても、誰かがカールを消してくれた。
失うものがないカールを、野放しにしたくない者たちがいた。カールに関税逃れを暴露されるのを恐れた商人やシュルト伯爵家である。
平民を殺しても、騎士団は真剣に捜査しないのだから、カールの殺害を躊躇う者はいなかった。
「計画を打ち明けられたときは、驚いたよ」
アランは愛想笑いした。
隣国で事業を学んだ青年らしく、物事をいろんな角度から観察する。だから、ソフィアのやり方に驚くものの、アランは決して反対しない。そういうやり方もある、と納得するだけだ。
「普通に考えたら、遠回りすぎるものね」
「そうだね」
「でも、確実だから」
「確かに」
ソフィアが紅茶を口に含むと、薔薇の香りが流れてきた。
「アラン。あのときの返事を、訊いてもいい?」
「あのとき?」
アランは首を傾けた。
「大きくなったら、アランのお嫁さんになる話よ」
ソフィアが声を弾ませると、アランは目を大きく見開いた。
しばらく身体の動きが止まり、ゆっくりと耳まで赤くなった。
「それは……子供のころの話じゃないか」
アランは言葉に詰まって、視線を庭に向けた。
「ええ、そうね。でも、返事を聞いたことがなかったから」
ソフィアは首をすくめた。
カールの代わりの婿養子が要る。貴族社会での振舞いができて、賢くて、ソフィアを裏切らない男。ただし、イケメンに限る。
この点、アランは馬鹿ではないし、気心も知れている。決してソフィアを裏切らない。そして、イケメンである。
「僕はあのとき十三歳で、ソフィアは十歳で……」
「今は違うわ」
アランはソフィアを正面から見つめた。赤い顔のまま、真剣な目をしていた。
アランは、ゆっくりと口を開いた。
「……少し、時間をもらえないか?」
「ええ。待つわ」
ソフィアの頬がゆるむと、アランは黙って紅茶を飲んだ。
その沈黙を気まずいと思わなかった。
ぼんやりと庭園を眺めると、赤い羽根の鳥が木から飛び立った。
―了―
この物語はこれで終わりです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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