3.マーガレット・メイソン
庭園の木が枯れ始めたころ、ソフィアはマーガレット・メイソンに手紙を出した。
マーガレットは郊外に領地があるメイソン子爵家の令嬢だった。ソフィアよりも二つ年上で、既に王立学院を卒業していた。
マーガレットは過去にカールと交際しており、二人の関係は一年前に終わっていた。二人の関係を知る者は多くなかったが、ソフィアは取り巻きからの情報で知っていた。
ソフィアと婚約してグレアム伯爵家に婿入りするために、カールはマーガレットを捨てた。これが二人の交際が終わった理由だった。
別れ際の言葉が穏やかでなかった、とその令嬢は楽しそうに語った。
ソフィアはマーガレットと面識はなかったが、カールを陥れるために利用することにした。
敵の敵は、使える。ソフィアは前の人生で経験していた。
ソフィアは「近々お茶でもいかがでしょう」と書いた手紙をマーガレットに送った。それだけで充分だった。
マーガレットからの返事は二日後だった。「喜んで」と書かれていた。
ソフィアが待ち合わせに選んだのは、郊外の小さな茶館だった。王立学院や社交界の目が届きにくく、落ち着いた佇まいで品も良い。
ソフィアが席で読書をしていると、扉が開いた。
亜麻色の髪のマーガレットは、落ち着いた緑のドレスを着ていた。カールと同じ亜麻色の髪だと、ソフィアは他人事のように思った。
マーガレットの表情は穏やかだったが、目に怒りが宿っているのがわかった。
「ソフィア様、お見事でした」
席に着く前に発したマーガレットの言葉に、ソフィアは目を丸くした。
「何のことかしら?」
「ホルム子爵の件です。直接の関わりはないと聞きましたが」
マーガレットは声を落とした。
「噂はあてにならないものよ」
ソフィアは首をすくめると、マーガレットは「ええ」と声を弾ませた。
マーガレットは、ソフィアが何者かを理解していた。腹の探り合いは、時間の無駄だろう。
「マーガレット様。私にカールの情報を教えてくださらない?」
短く、明確に要件を伝えた。
マーガレットは愛想笑いを浮かべた。
微笑む口元とは違って、目は笑っていなかった。隠していた怒りが、少しだが表に出てきたようだった。
「どのような情報をお求めですか」
「全部です。カールを潰すための情報を一つ残らず」
マーガレットは「わかりました」と小さく頷いた。ソフィアをカールの敵だと認識したようだ。
「ただし、条件が一つあります」
マーガレットは紅茶のカップを指でなぞった。
「何でしょうか?」
「終わったとき、教えていただけますか。あの男がどうなったか。どんな顔をしたか」
マーガレットの目に激しい火が灯った。もはや、カールへの怒りを隠そうとしていなかった。
恨みを込めた目だが、マーガレットは冷静だった。
感情に振り回される者は裏切りやすい。自制心がある者は、扱いやすいし、裏切りにくい。ソフィアとの共闘関係が続く限り、マーガレットは情報を漏らさないだろう。
「ええ。必ず教えるわ」
ソフィアは答えた。マーガレットは深く息を吸うと、話し始めた。
マーガレットの声は静かで、感情の起伏がなかった。
カールが囁いた甘い言葉、贈り物、明かした実家への不満、ソフィアとグレアム伯爵家への言及、金と爵位への執着。マーガレットは、それらを淀みなく語った。
ソフィアが驚いたのは、マーガレットに気に入られようと高価な宝石を贈っていたことだった。そして、マーガレットと別れる際に「贈り物を返してほしい」とカールは言ったそうだ。
「返したのですか?」とソフィアが尋ねると、「まさか」とマーガレットは首をすくめた。
マーガレットは返却を拒否したものの、カールからの贈り物を手許に置いておきたくなかった。出入りの行商に宝石を売ったら、平民の家が買える金額がマーガレットに支払われたそうだ。
伯爵家の次男とはいえ、カールは学生。それだけの金額を動かせるはずがない。
「お金の出元は?」
「確証はないのだけれど……」
ソフィアはテーブルに乗り出し、一言も聞き逃さないように耳を傾けた。
窓の外で、雪が降ってきた。初雪だった。
二人の令嬢はゆっくりと紅茶を飲みながら話し続けた。笑顔で、穏やかに、礼儀正しく。
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帰りの馬車の中で、ソフィアは手帳を捲った。
カールがシュルト伯爵家の外に持つ貸家の住所。抱えていた借金。
そして、カールが商人から金を受け取っていたこと。
金額はわからない。しかし、その事実であれば充分だ。カールの資金源かもしれないから、調べる価値はある。
一度悪事に手を染めた人間は、二度目も悪事を働く。何度も繰り返せば、必ず証拠が残る。証拠を探せばいい。それだけのこと。
ソフィアは手帳を閉じて、窓の外を見た。雪が石畳の上に積もっていた。
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