2.メアリー・ホルム
二度目の王立学院での人生が始まってから一年が経過した。そろそろメアリーを排除する頃合いだろう。
ソフィアは既に、メアリーに代わる取り巻きを数名確保していた。困っている貴族に恩を売り、その子息や令嬢をソフィアに忠誠を誓わせた。
グレアム伯爵家から住宅分譲地を購入したある子爵家は、占有者の抵抗に遭い工事を進められなかった。住宅建設をしなければ、購入代金に充てた商人からの借入金を返済できない。ソフィアは借入金を買取り、子爵家の資金難を助けた。
これはソフィアが善人を装うために考えた、自作自演の取引であった。
工事を邪魔した占有者はソフィアが手配した。子爵家に貸付けた商人もソフィアが紹介した。グレアム伯爵家は金利収入で利益を確保しつつ、子爵家が返済できなくなれば住宅分譲地を差し押さえればよかった。
ソフィアは隙がある貴族に狙いを定め、次々と配下に収めた。
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夕暮れが王都を黄金色に染める頃、ソフィアは王立学院の図書館にいた。
学院の図書館は、古い城館を改装して造られた重厚な建物である。天井まで届く本棚が並び、その間を細い通路が迷路のように走っている。棚には歴史書、薬学書、古代語辞典、行政記録など、数え切れないほどの蔵書が収められていた。
ソフィアは一週間前から奥の閲覧室に通っていた。目的は読書ではなく、メアリーを排除するための情報を探すため。
地方行政の記録、官職任用の履歴、営業特許の認可記録。図書館には役所と同等の資料が収められていた。
数字と名前が並ぶ行政文書を、ソフィアは一枚一枚丁寧にめくった。
メアリーの父の記録は、すぐに発見できた。
地方政府の長官であるホルム子爵は、十年間で三十件の官職任用を行っていた。うち二十件の後任者の経歴を探ると、ホルム子爵家との姻戚関係か、あるいは領内の商家の縁者だった。
ソフィアは商業関係の記録も調べた。穀物の独占取引権、羊毛の輸送専有権、港湾使用の優先権。それらが三つの商会に集中して付与されていた。その三つの商会の代表者はホルム子爵家の親族だった。
地方政府は王国直属の組織であり、長官の職は国王から任命される。ホルム子爵家の領地ではなく、私的な利益のために権力を乱用すれば、処罰の対象となる。
「自分を過信しすぎなのよ」
ソフィアはため息をついた。かつての自分を見ているようだった。
気づかれないと思っていたのか、隠す必要を感じていなかったのか。おそらく後者だ。地方長官の裁量は広く、監査は緩い。告発者が現れる可能性など、ホルム子爵は想像しなかったのだろう。
その油断が、命取りになる。かつてのソフィアのように。
ソフィアは書類を閉じ、窓の外をぼんやりと眺めた。
夕日が図書館の石畳を橙色に染めていた。
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一週間の情報収集をもとに、ソフィアは告発状の草稿を、一週間かけて書き上げた。告発状は三度書き直した。推測は入れず、証拠をもとに事実を積み上げた。
日付、名前と金額で構成された、反論の余地のない告発。王国政府の監察局に提出するには、充分な内容に仕上がった。
ひとつ問題があった。それは、告発者の名前だった。
グレアム伯爵令嬢がホルム子爵を告発する。法的には何の問題もないが、社交界に与える影響は大きい。ソフィアの名前が、王国内の貴族に記憶されることになる。
前の人生であれば、ソフィアは自身の名前で告発することを恐れなかっただろう。むしろ喜んだかもしれない。だが、二度目の人生のソフィアは知っていた。
人々の注目は新たな敵を生み出す。勝ち続けるためには、ソフィアの存在は知られてはならない。
ソフィアは深く息を吐き出した。
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翌日の朝、ソフィアは父のグレアム伯爵の書斎を訪れた。
書斎に訪ねてきたことのない娘に戸惑いながらも、父はソフィアに椅子を勧めた。
「お父様、ひとつお願いがあります」
「何だ?」
「監察局に人脈はありますか?」
「どういうことだ?」
父は目を見開いた。
「ホルム子爵の件で、興味深い事実を発見しました。こちらです」
ソフィアは告発状の草稿と元にした資料を机の上に置いた。
書類に目を通した父は、「ほお」と頬をゆるませた。
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それから二週間後、告発状はグレアム伯爵の名義で監察局に提出された。
ソフィアが資料を渡した翌日、父は顧問弁護士を呼び、詳細を打合せた。一週間後には監察局の担当官と面会していた。
ソフィアが関与した形跡はどこにもなかった。それでよかった。誰の名義でも、結果は変わらないのだから。
監察局の調査は一カ月で終了した。
ホルム子爵は任意聴取に応じ、二度目の聴取で口を割った。取り調べの場で下位の官僚に責任を押し付けようとしたが、ソフィアが集めた証拠の前では通じなかった。
裁判は粛々と進んだ。
裁判では、ソフィアが手配した証人が役に立った。ソフィアは独占取引権がほしい商人に話を持ち掛け、ホルム子爵に不利になる証人を用意してもらった。
判決が出たのは一カ月後だった。
ホルム子爵に下された判決は、爵位剥奪と領地返還。ホルム子爵家は取り潰しとなった。
メアリーがその報を聞いたのは、王立学院の談話室でソフィアと雑談しているときだった。
家人から判決の内容を聞いたメアリーは、その場で凍りついた。薄い唇が震えていた。
「ソフィア様、少し失礼させていただいても」
「ええ、もちろん」
ソフィアは頷いた。もちろん、優しく、穏やかな笑顔をメアリーに向けることを忘れなかった。
早足で退室するメアリーの後ろ姿を見ながら、ソフィアの頬がゆるんだ。
翌日、メアリーは誰にも別れを告げずに学院を去った。
事情を知らないクラスメイトが「ホルム嬢がご一緒ではないようですが?」とソフィアに尋ねた。
「さあ、どうなさったのでしょうね」とソフィアは首をすくめた。




