友達
「あっ…………」
大河は目の前で起きている現象をまとめられる気がしなかった。会ってまだ日も浅い人を泣かせてしまった、というのも要因のひとつなのだが、それ以上にこれまで静かな面しか見せてこなかった凛が感情に身を任せている現実にかなり戸惑っていた。
「大河には分かるのっ!!!!!! 親の顔もよく覚えてない!!! 声も!!! 一つ一つの表情でさえも!!!!!!!」
「…………………」
大河には返す言葉が見当たらなかった。
「ほら、なにも言えないでしょ!!! 大河には……………あなたには共に過ごした記憶があるんだから!!! 心のなかに残っている、思い出があるんだから………………………」
「……………………」
「なんで外にいかないか。 大河はそう聞いたよね?…………………なんでだと思うの?」
「それは………」
大河は確かにそう聞いた。 それにそう聞いた理由ももちろんあった。 だが、それをこの場でいってしまってよいものだろうか。
「…………………」
大河は更に黙ってしまっていた。
「……………何も言えないのなら、それでもいい。 でももう二度とそんなこと言ってこないで。 私の生き方に口出しをしないで。」
そういって凛は泣き顔を隠しつつ、立ち去ろうとした。
(やばいっ………!)
大河は凛が立ち去ろうとする様子を見て、かなり焦っていた。出会って少しで仲が悪くなるのももちろん嫌だったが、なにより今後協力してくれなくなるなんてことになるのが一番不味かった。そりゃ宗次郎も機械などは動かせるんだろうが、効率を求めたり、宗次郎がいないときにかわりに動かしてもらったりするときに必要不可欠な存在だ。最近では俺の体調も意識してくれている。どう見たって近くにいてもらわなければ困る存在だ。
(だけどなんて切り出せば………。 下手に出たら終わる。 だが言わないと…………くそっ…………………………………………いや、待てよ?)
大河は重要なことを聞いてなかった。逆に言えばそれしか切り口が見当たらなかった。
(これしかないだろっ………)
「凛!待ってくれ!」
大河が声をかけると、凛は止まってくれた。
「………………」
振り向かない凛。それでも大河は切り出した。
「……………一つ聞いていいか。」
「なに。」
もはや話すこともない。そういうかのように凛は返してきた。
「あのさ。凛は結局なんでそこまでして外にでないんだ?」
キッと凛は睨んできた。
「まだ言うの!? バカなんじゃないの! 私は言ったじゃん!! 口出ししないでって!!! もういい。 これからは話しかけな………」
「分かるわけないだろっ!!!!!」
大河は大きな声を出した。当然大河は話を聞いてもらえなくてキレたわけではない。一旦凛の世界を崩したかったのだ。 そうしなければ声が届かないと、気持ちが届かないと思ったからだ。
「分からないさ!!! だから言ってくれよ!!!!! そりゃ理解してやりたいさ!!!! 受け止めてやりたいさ!! なのに凛が言ってくれないじゃないか!!!! 今、凛は俺が何を言ってやりたいか分かるか!!!」
凛は少し後ずさりながら呟いた。
「…………分かるわけないじゃん。」
「だろ!? 俺だって分からないんだよ!!! 凛だって嫌かもしれない。 自分の過去に触れてほしくないかもしれない。 でも今、俺は凛と同じ境遇になるかもしれないんだ!! それは分かってくれるだろ? 確かに物心つく前と高校生っていう差はある。 でも、既に色々と考えて、受け止められるからこそ感じる苦しみってもんがあるのは分かるだろ!? そして凛はそれを忠告してくれた。 心配してくれたんだ!!! …………本当に嬉しかったさ。 同じ年代の人、実際に親を失ってしまった人からそんな風に声をかけてもらえるなんてさ。 俺は自分の気持ちを凛の言葉で楽にすることができた!!! だから次は俺の番だ! 俺が凛の気持ちを理解してやりたい。少しでも………少しだけでもいいから軽くしてやりたいんだ!!!! だから言ってくれ!! 凛!!!!」
………
…………………
…………………………
「……………見てると………」
「え?」
いまいち聞こえなかったから聞き返そうとした大河だが、その必要はなくなった。
「外を見ていると、親子で話してる人が目にとまっちゃうから………!!!」
「……………っ!!!」
大河はようやく理解した。逆に言えば、言ってくれなかったら確実にたどり着かなかった答えだった。
「外にでたことはある………。今でも外に出てみたいとは思うよ……………。でも、何回やっても…………何回やってもどうしても私と同じくらいの子とお母さんらしい人が一緒に歩いてるのが目に写っちゃうの…………!」
「……………………」
大河はまだ黙っていた。
「なんでその人たちをみると心が痛むのか分からない…………。 私はとっくに割りきったと思っているのに…………………………………いや、今気づいたよ。『思っていた』んだ………………。」
「…………………」
「私はあの人たちが羨ましかったの…………。 親を知らない。母さんの愛情すらあまり理解してない…………。 父さんのかっこよさもほとんど知らない…………! だから、私はあの人たちに憧れていて、そして羨ましくて…………少し憎んでいて…………。だからこそ、出られなかったのかな…………」
「………………」
「……………………私の言いたいことは言った。だからこれでおしまい。あなたもわかったでしょ? 私は元々こんな気持ちだったの。 つまりもはや治らない。 これからはまた今まで通りよろしくね。」
凛は軽く微笑んで出ていこうとした。しかし立ち止まらざるを得ない状態になった。大河が凛を後ろから抱き締めていたからだった。
「…………ちょっと待て。」
「ちょっと、やめてよ。本気で怒るよ。」
「怒っても構わない。どれだけ俺を殴っても、蹴り飛ばしても構わない。
だから俺からも一つ願いがある。」
「……………なに?」
「…………俺じゃ駄目か?」
「え?」
凛は拍子抜けしたかのように声をあげた。
「凛の家族のかわりになれるとは当然思ってない。 こんなんで凛の気持ちが楽になるかは分からない。 でも凛の言葉を聞いてると、声を聞いてると…………誰かがそばにいることだけでも楽にできるんじゃないか、と思うんだ。」
「………………」
凛は黙っている。
「そりゃ当たり前だけどもう宗助さんと雪恵さんは帰ってこないさ…………。 でも、だからって一生ここはやっぱりあんまりだ。 俺はやっぱり凛を外にいかせてやりたい。 でも今はキツいんだろ?回りの人が目に写るんだろ? ……………だったら、『友達』は駄目か?」
「………………」
まだ黙ったままの凛。
「『友達』が『家族』のかわりには到底なれない。 これは分かってる。 だけれど、もし『友達』とより仲良くなって、少しずつ、少しずつでも気が楽になっていけるのなら…………『友達』の俺とでも外に出てみたいと思ってくれるようになってくれたら、俺はそれだけで十分だ。 だから、今は俺にその役をやらせてくれよ。 それでも駄目なら仕方ない。 素直に諦める。 だけど、俺はまだなにも行動してないから。 それで結論を出したくなかったから。」
「………………バカじゃないの。」
「ああ、バカだよ。 相手がいいっていってるのに、その人をどうにかして助けてやりたい。 相手がどう思ってても、できる限りのことをしてその人のためになりたい、なんて風に考えるあまりにいきすぎたお人好しバカだ。」
「………………目、閉じてて。」
「えっ?」
大河は思わず聞き返した。
「早く。」
「あっ、ああ。」
大河は目を閉じた。すると、
「…………………うっ…………ううっ………………うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!」
凛の全てがあふれでてくるかのような泣き声が、部屋に響き渡っていた。
第9話を読んでいただき、ありがとうございました。より仲は深まったのでしょうか……?




