第16話 さようなら
老婆に出会ってから3日経った。
俺は初めて地球人の葬式を見ている。
「突然だったみたいよ」
「89歳ですって」
「お孫さんも小さいのに」
人々が老婆の話をしている。
「それでは、故人を偲び、皆様とともに最後のお別れの時を過ごしたいと思います。ただいまより、故人、川上カエデ様のご葬儀を執り行います」
“川上カエデ”
「それでは、喪主よりご挨拶申し上げます」
式は淡々と進んでいく。
娘がマイクの前に立ち、皆にお辞儀をする。
涙を浮かべながら、それでも力強く話している。
「——母は、月を見るのが好きでした。月を見て、話しかけるんです。月はなんでも聞いてくれるんだって、そう言っていました」
……あの老人はカエデだった。
カエデは生きていた。
「辛くなったら、月に言いなさい。これが母の口癖でした。3日前、孫のカナデに言ってました。“お友達”って」
……カエデはずっと話しかけていたんだ。
“月”に。
「母はきっと月に行ってます。大好きな月に。大好きな友達のところへ——」
友達か……カナデは“月”に話しかけてるだけで“俺”に話しているわけではない。
でも、ずっと話しかけていた。
俺がいなくても、ずっと。
「それでは、最後のお別れの時間とさせていただきます。お一人ずつお棺の前へお進みいただき、お花をお手向けください」
参列者が一人、また一人と棺へ歩いていく。
みんな涙を浮かべながら、優しく棺に花を添えていく。
「カエデーカエデーカエデー」
中には大泣きをしている参列者もいた。
「カエデー、なんで先に逝っちゃうんだよ! 前まで元気だったじゃんかー!」
カエデと同い年くらいの老婆が、カエデに覆い被さりながら泣いている。
「カエデーカエデー」
相当仲が良かったんだろう。
周りが引き離そうとしても、離れない。
「カエデーカエデー」
周りがザワザワとし出した。
すると娘が老婆に近づき、そっと肩に手を置いた。
「ありがとうございます。母も喜んでます、マミさん」
……マミ!
そういえばいたなマミ!
元気にしてたんだなマミ!
突然のマミの登場に、少しテンションが上がった。
その後、式は無事に進み、終わった。
マミの一悶着があったが、あれもカエデが愛されてる証だ。
「ちょっとカナデ、待ちなさい」
カエデの孫、カナデが母親の手を引っ張りながら、外に出てきた。
「ねーママ、お月様」
カナデでは月を指差した。
「そうねーまだ薄らだけど、月が出てきたわねー」
「うーん」
カナデは少し悲しそうな表情をしている。
「ねーママ、おばあちゃん寂しくないよね」
「え?」
「おばあちゃん、お月様に行ったんでしょ? 寂しくないよね?」
この孫、祖母の亡くなった後のことを考えているのか?幸せ者だな、カエデ。
「そうねーきっと、ウサギさんと餅つきして楽しんでるわよ」
母親はカナデの頭を撫でながら言った。
「違うよ!」
カナデは大きな声で続けた。
「おばあちゃん言ってたもん。お月様には宇宙人がいるんだよ! 優しい宇宙人が地球を守ってくれてるんだよ! お話も聞いてくれるんだよ!」
カナデは少し頬を膨らませ、母親に訴えるように言った。
だが、その後何かに気付いたのか、少し焦った表情をした。
「おばあちゃんに教えてもらった秘密……言っちゃった」
カナデは口に手を当てた。
もしかして、あの時の “お月様の秘密”って——
もしかして、俺のこと——
俺は考えた。
そんなことがあるのか?
いや、そんなはずはない。
月から地球を見ることはできるが、地球から月を見ることはできない。
でも、期待してしまう。
カエデにとっての“友達”が“月”ではなく“俺”のことなんじゃないかって。
ありえないのに……
「おばあちゃん、寂しくないよね? 優しい宇宙人に会えるよね?」
母親はカナデをそっと抱きしめて言った。
「うん、会えるよ。絶対」




