第15話 孫
え?
老婆の言葉に懐かしさを感じた。
俺はARTEMに何も言わず、通信機を切った。
「ねぇ、聞いて、お月様。今日は娘夫婦が遊びにきてくれたのよ」
綺麗にまとめられた白髪が、月明かりに光っている。
「でもね、娘がうるさくて。孫にお菓子のあげすぎとか、お小遣いは渡さないでとか。老後の楽しみを邪魔するのよ」
急に娘の悪口を言い出した。
見た目は品のありそうな老婦人だが……
「旦那も亡くなって、やりたいこともやり尽くしてしまった。もう、生き甲斐って言ったら孫を可愛がるだけなのよ。孫の顔を見せてくれるから嬉しいけど、それだけが親孝行じゃないわ!」
一度口を開けば止まらない……まるで——
俺はこれ以上考えることをやめた。
月に話しかける地球人なんてたくさんいる。
関係ない。
そう思い、別の場所へ照準を合わせようとした。
「カナデ! 待ちなさい!」
カ……エデ?
俺は照準を合わせる手を止めた。
「おばあちゃーん! 誰と話してるの?」
小さな女の子が老婆に駆け寄ってきた。
後にはこの子の母親だろう、女性もいる。
カエデ……ではない。
俺は何を考えてるんだ。
敏感すぎる。
自分が怖い。
老婆は女の子の頭を撫でる。
「カナデちゃん。まだ寝てなかったの?」
「うん! おばあちゃんの声が聞こえたの」
「そう……」
老婆は女性の顔を気まずそうに見ている。
娘だな。
「おばあちゃん、誰とお話ししてるの?」
「知りたい?」
「知りたーい!」
老婆は人差し指を空に向けた。
「お月様だよ、お友達なの」
友達……
「お月様がお友達?」
「そうだよ。おばあちゃんのお友達。おばあちゃんのお話をたーくさん聞いてくれるんだよ」
老婆は優しい口調で続ける。
「おばあちゃんはね、カナデちゃんくらいの時からかな、お月様に色々なお話を聞いてもらってるの。楽しいこと、嫌なこと、辛いこと……どんなことでも聞いてくれるのよ」
「ふーん、どんなこと?」
「そうねー。ママと喧嘩した時とか」
「ママと?」
少女は母親の顔を見た。
「ふふ、ごめんなさい、カナデちゃんママじゃなくて、おばあちゃんのママ。あと、お友達の話しとか、恋の話とか……」
……俺は老婆の話から、耳を離せずにいた。
「あとね、おばあちゃん病気しちゃってね。その時もたーくさんお話、聞いてくれたのよ」
「ふーん、そうなんだー」
女の子は興味なさそうに返事をした。
子供は正直だ。
残酷なくらい。
「ねーねーおばあちゃん、お月様の秘密知ってる?」
「秘密? なーに?」
「耳かして」
少女は老婆の耳に口を近づけ言った。
「お月様にはなウサギさんがお餅ついてるの」
丸聞こえだ。
子供は声の音量調節が苦手らしい。
「え、そうなの? びっくり」
老婆はびっくりした表情をした。
「カナデちゃん、お返しにおばあちゃんの知ってる、お月様の秘密教えてあげる」
「え!」
老婆は少女の耳に口を近づけ言った。
「————————————」
聞こえない。
「え! 本当?」
「本当だよ! 秘密ね」
少女は目を輝かせ、月を見た。
なんなんだ……ちょっと知りたい。
月の秘密。
「そろそろ、お部屋に入りましょう。ママに連れて行ってもらって。おやすみ」
「おばあちゃん、おやすみ!」
親子は部屋に入っていった。
老婆は縁側に残っている。
冷たい風が吹き、少し肩を震わせている。
「かわいいでしょ。とっても元気で、正直な子なの」
だろうな。
「私はとても幸せ。好きな人と結婚して、子供にも恵まれた。口うるさいけど、とてもいい子なのよ。旦那さんもいい人で、とても幸せそうなの」
老婆は大きく息を吸い、口から細くはいた。
「お月様、ありがとう」
穏やかな目だ。
月明かりに照らされキラキラと輝いている。
俺は老婆から目が離せなかった。
もう少しだけ……ここにいたいと、なぜか感じた。




