5
夜が更けた。
焚き火は小さくなり、カイが細い枝を足した。炎が揺れ、四人の影が森の木々に踊った。
ヴェルナーがようやく目を開いた。
体を起こそうとして、右肩に鈍い痛みが走ったのか、顔をしかめた。出血は止まっているが、失った血の量が多い。本来なら三日は動けない。
ヴェルナーの視線が、焚き火の向こうに座るセレーナに向いた。
「……お前の拠点は」
「全焼しました。食料保存庫、防御結界、全て。ゼロからのやり直しです」
感情を挟まない報告。ヴェルナーは短く頷いた。
沈黙が戻った。しかし、それは最初の夜の沈黙とは質が違っていた。
昨夜は、四人がたまたま同じ森にいただけだった。今夜は、四人が同じ敗北を経験した後で、同じ火の前にいる。それは連帯ではない。信頼でもない。ただ、「一人では死ぬ」という事実が、全員の体に刻まれた。
セレーナは手袋を見た。
父の最後の贈り物。白い革の表面に、煤と泥がこびりついている。走っている間に汚れたのだろう。拠点が燃えたとき、火の粉が降りかかったのかもしれない。
綺麗なままではいられなかった。
この森では、何も綺麗なままではいられない。名門の肩書も、貴族の矜持も、上等な手袋も。泥にまみれ、血に汚れ、煤に燻される。それが追放の地のルールだ。
セレーナは手袋を脱いだ。
両手を焚き火にかざした。素手の指は細く、白く、爪の間に泥が入り込んでいた。公爵令嬢の手ではない。もう、ただの女の手だ。
手袋を脱いだのは、父の形見を汚したくなかったからではない。
これから、もっと泥にまみれる覚悟を決めたからだ。
カイが火の向こうから、セレーナのその動作を見ていた。何も言わなかった。しかし灰緑色の目が、何かを記録した。
ヴェルナーは再び目を閉じた。しかし大剣の柄からは手を離していなかった。
モルスは苔の上で何かの菌類を観察していた。「興味深い分解速度ですね」と独り言を言った。空気を読む、という概念がそもそも存在しない。
夜はまだ長い。
しかし、朝は来る。
そして朝が来たとき、セレーナの頭の中にはすでに、次の一手の設計が始まっていた。昨夜の失敗をデータとして取り込み、新しい計画を組み立てている。
命令は、通じなかった。
支配の構造は、ここでは機能しない。
ならば——別の構造を設計すればいい。
この三人が受け入れる構造を。
命令ではなく。
支配ではなく。
対等な——
まだ、その言葉には辿り着いていなかった。しかし、答えの輪郭が、うっすらと見え始めていた。
森の最深部で、焚き火が静かに燃えていた。
四人は黙って同じ場所にいた。会話はない。しかし全員が、同じことを考えている。
一人では、この世界を生き抜けない。
その冷徹な事実だけが、この夜、四人の間に横たわっていた。




