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眠らなかった。
焚き火が熾火に変わり、カイが最後の細枝を足し、それも灰になった頃——夜の最も暗い時刻に、セレーナの頭脳は最も明瞭に回転していた。
魔力は消耗している。体は疲弊している。しかし、脳だけは止まらない。止められない。昨夜のスタンピードの全データが頭の中で渦を巻き、分析を求めて暴れている。
セレーナは素手の指先で苔の上に図を描き始めた。筆記用具がなければ地面に書けばいい。アナライズで記録した戦闘データを、時系列順に整理していく。
ヴェルナーの戦闘記録。開始から五分で角猪四体を撃破。十五分で牙熊二体と岩甲蜥蜴一体を追加。二十分で動きに鈍りが発生。三十分で戦闘不能。総撃破数八体。推定回復所要時間、最低三日。
カイの行動記録。スタンピード発生と同時に気配遮断を展開。魔物との接触ゼロ。移動距離は推定二キロ。安全圏の探索と退路の確認を同時に行っていた形跡がある。所要時間中に拠点の壊滅を目視で確認。
モルスの対処記録。屍役の構築数は六体。うち角猪三体、小型魔物三体。屍壁として機能した時間は約四十分。崩壊後の素材回収率は推定七割。再利用可能。
セレーナ自身の記録。アナライズによる魔物の行動解析は完了。群れの密度分布、進行ルート、弱点個体の識別。全て脳内に記録済み。しかし、その解析結果を戦術に反映する手段がゼロ。
データは揃った。
セレーナは苔の上に四つの名前を書いた。自分、ヴェルナー、カイ、モルス。その間に線を引き、組み合わせの可能性を洗い出す。
四人が個別に行動した場合の生存シミュレーション。次のスタンピードが同規模で来ると仮定する。
ヴェルナー。単独生存確率、約四割。戦闘力は突出しているが、回復が追いつかない。スタンピードの間隔が三日未満なら確実に死ぬ。
カイ。単独生存確率、約五割。気配遮断で魔物を回避できるが、拠点を持てない。食料も水も、誰かの施設に依存するか、完全な野生生活を送るしかない。冬が来れば確率は急落する。
モルス。単独生存確率、計測不能。そもそも通常の意味で「死ぬ」のかどうかが不明。しかし、モルスが生存していても他の三人の生存確率には影響しない。モルス一人では防衛拠点を構築できない。
セレーナ自身。単独生存確率、約一割。戦闘力がゼロに近い以上、魔物との直接遭遇は致命的。結界の構築には時間がかかり、スタンピードの規模には対応不可能。
総合。個別行動を継続した場合、次のスタンピードで四人のうち少なくとも二人が死亡する確率は八割七分。
次に、連携した場合。
セレーナは組み合わせごとの相乗効果を計算した。
ヴェルナーの戦闘後、即座にモルスの組織再生を受ける。死んだ細胞を分解し、再構築する。外部からのエネルギー注入ではなく、ヴェルナー自身の壊死組織を材料として再利用する。これならヴェルナーの「他者から搾取しない」原則にも抵触しない。推定回復時間、三日から六時間に短縮。
カイの早期警戒とセレーナのアナライズを組み合わせる。カイが異変を察知し、セレーナが波形を解析すれば、スタンピードの到達を三十分前に予測可能。三十分あれば拠点の防御を再配置できる。
ヴェルナーが前衛で倒し、モルスが即座に屍壁に転用する。セレーナが群れの弱点をリアルタイムで指示する。カイが側面からの奇襲を排除する。
四人が連携した場合の生存確率。六割一分。
個別行動の一割三分と比較して、約五倍。
数字は明白だった。
しかし、セレーナはここで手を止めた。
問題は数字ではない。昨日、この三人に「命令」を出して、全員に拒否されている。数字を見せれば頷く——そんな甘い相手ではないことを、セレーナは一夜で学んでいた。
ヴェルナーは命令の構造そのものを拒絶する。カイは情報の非対称性を拒絶する。モルスは拘束を拒絶する。
つまり、三者が受け入れる構造を設計しなければならない。命令ではなく、支配ではなく、しかし連携を可能にする構造を。
答えは、実のところ——データを並べた瞬間から見えていた。
「取引」だ。
対等な、取引。




