3
降伏した討伐軍の中から、エルザ・グレーヴェンが帝国の解析室に連行された。
連行。護衛はカイだった。カイはエルザの背後を無音で歩き、解析室の扉の前で立ち止まった。中には入らなかった。これはカイの管轄ではない。
セレーナが机の前に座っていた。壁には図表が隙間なく並んでいる。復興計画の設計図。帝国の拡張案。旧王国領の接収スケジュール。光が消えた世界を支えるインフラの全体像。
エルザは入口に立った。記録帳を胸に抱いている。何年も抱え続けてきた記録帳。
二人は向かい合った。
学術院以来の——再会。
沈黙が流れた。五秒。十秒。
エルザの口が動いた。
「……私の送ったデータは、届きましたか」
セレーナは頷いた。
「届きました。あなたのデータがなければ、「最後の奇跡」のタイミングを正確に予測できなかった」
エルザの肩が、わずかに震えた。
「遅すぎた」
声が掠れた。
「私はずっと知っていた。あなたの論文が正しいと知っていて——」
言葉が詰まった。記録帳を抱く指が白くなるほど力が入っている。
セレーナは待った。
エルザが自分で言い終えるまで。
「知っていて、不合格にした。知っていて、黙っていた。あなたが追放されるのを見ていた。何年も——」
エルザの頬を涙が伝った。しかし声は止めなかった。
「——何年も、自分の臆病さと暮らしてきた」
セレーナは感情を挟まなかった。
「遅かったのは事実です」
一拍。
「しかし、間に合ったのも事実です」
エルザの涙が、顎から落ちた。記録帳の革表紙に染みを作った。
「過去は変えられません。あなたがこれからどうするかを訊いています」
セレーナの声には温かみはなかった。しかし冷たさもなかった。ただ——事実を確認する、管理者の声。
エルザは記録帳を抱き直した。涙を拭わなかった。拭う余裕がなかった。
「ここに残りたい。あなたの帝国で——今度こそ、正しいことを記録したい」
セレーナは頷いた。
「歓迎します。条件があります。記録は全て公開する。隠すものは何もない。それがこの国のルールです」
エルザは目を閉じ、深く息を吸った。
「……それは、最初からそうすべきだったことです」
セレーナは既に机に向き直り、復興計画の次の項目を書き始めていた。再会の儀式は終わった。過去の清算も終わった。やるべきことが山のようにある。
エルザは解析室の隅に椅子を引き、記録帳を開いた。新しい頁。白い紙面。
最初の一行を書いた。
「悪の帝国・復興記録。第一日目」。




