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『追放された悪役令嬢は、最凶の悪党たちと辺境で【悪の帝国】を建国する』  作者: 冷やし中華はじめました
システムの破壊と泥臭い復興の始まり

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5

カイは天幕から脱出した後、森の中に消えた。

任務は完了した。接続の切断。致死ゼロ。予定通り。帝国に帰還すべきだった。

しかし——カイは帰らなかった。

木の上から、討伐軍の陣営を見下ろしていた。天幕の入口から、リオンが這い出てくるのが見えた。

金髪の青年は、膝と両手で地面を這っていた。背中の傷から血が衣を染めている。顔は涙と鼻水で汚れている。周囲の兵士たちは自分たちの混乱で精一杯で、勇者に手を差し伸べる者はいなかった。ドミニクは天幕の中で何かを叫んでいるが、リオンの耳には届いていない。

リオンは地面に座り込んだ。泥の上に。白い衣が茶色く汚れた。

両手を膝の上に載せ、開いた掌を見つめていた。光がない掌。何も出てこない手。その手を、何度も握り、開き、握り、開いた。

カイは見ていた。

枝の上から。灰緑色の目で。表情は変わらない。

リオンの横に、誰かが膝をついた。

エルザだった。

記録帳を胸に抱いたまま、泥の中に膝をついて、リオンの隣に座った。リオンはエルザを見なかった。掌だけを見つめ続けていた。

エルザの口が動いた。何か言った。距離が遠くて、カイの耳には届かなかった。しかしリオンが——初めて顔を上げた。エルザの顔を見た。

エルザの頬を、涙が流れていた。

記録係は泣いていた。それが安堵なのか絶望なのか悔恨なのか、あるいはそれら全てなのか——カイには判別できなかった。感情の機微を読む訓練は受けていない。

しかし——あの女が泣いている、という事実だけは記録した。

カイは枝から降りた。

帰るべきだった。任務は終わった。しかし足が——帝国の方向ではなく、天幕の方向に向いた。

なぜそうしたのか、カイ自身にはわからなかった。計算に基づく行動ではない。監視任務の延長でもない。ただ足が動いた。

リオンの前に、立った。

砂色の髪。灰緑色の目。血のついた短刀を腰に差した、痩せた少年。

リオンが顔を上げた。涙で赤く腫れた碧い目が、カイを見た。

「……お前が、刺したのか」

声は掠れていた。

「ああ」

カイは否定しなかった。嘘をつく理由がない。

「なんで——助けるんだ。お前が刺したのに」

助ける。リオンの中では、カイが天幕から出て行ったことも、今ここに戻ってきたことも、「助ける」と認識されている。

カイは少し間を置いた。

「接続を切る契約だった。殺す契約じゃない」

事実だった。それ以上でもそれ以下でもない。

リオンはカイを見つめた。空洞の目。しかし、今までとは少し違う空洞だった。何かを探している目。今まで誰かが埋めてくれていた場所が空になって、自分で何を入れればいいかわからない目。

カイはポケットから乾燥肉を一切れ取り出した。

リオンの膝の上に、放った。

「腹、減ってないか」

リオンは乾燥肉を見つめた。長い間。

これまでリオンの食事は、全て神殿の調理場が用意した。白い皿に盛られた温かい料理。銀の食器。給仕係がワインを注ぐ。それがリオンの知っている「食べる」という行為だった。

膝の上に載っているのは、茶色い肉の乾燥片。泥で汚れた衣の上に、ぽつんと。

やがて、手が伸びた。震える手で肉を摘まみ上げ、口に運んだ。噛んだ。硬い肉の繊維が歯に抵抗した。塩辛い。旨くはない。しかし——腹に入った。

自分の手で食べ物を口に入れた。誰にも用意されていない食事を。名前も知らない少年が投げた、一切れの乾燥肉を。

リオンの目から、新しい涙が零れた。泣きながら、噛んでいた。

カイは背を向けた。

言うべきことは全て言った。やるべきことは全てやった。これ以上ここにいる理由は——

足が止まった。

振り返りはしなかった。しかし足が、一瞬だけ止まった。

それから、歩き出した。森の中に。帝国に向かって。


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