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リオンは、膝をついていた。
いつ膝をついたのか、わからない。背中に鋭い痛みがあった。しかし痛みよりも——
静寂。
生まれた時からずっと聞こえていた声が、消えた。
星の囁き。常に——寝ている時も、起きている時も、食事をしている時も——意識の底で流れ続けていた低い音。水の流れのような、風の唸りのような、名前のつかない音。それがリオンの「正常」だった。物心ついた時には既にあった。自分の心臓の音と同じくらい、当たり前に。
それが——なくなった。
世界から色が抜け落ちたように感じた。音が遠くなった。自分の体が自分のものではないかのような、浮遊感。
指先が動かない。奇跡を起こそうとした。掌に光を灯そうとした。何も起きなかった。指先が冷たい。いつもは温かかった。光の力が血管を流れている時の、あの温もりが——ない。
「——嘘だ」
声が出た。自分の声が、ひどく小さく聞こえた。
「なんで——なんで、聞こえないんだ——」
振り返った。背後に、砂色の髪の少年が立っていた。灰緑色の目。血のついた短刀を下げた手。
ドミニクが叫んだ。
「曲者だ! 捕らえろ!」
近衛兵三人が動いた。しかしカイは既に天幕の布をくぐって外に出ていた。追ってきた近衛兵の一人の足元に毒針が刺さり、二歩で崩れ落ちた。残り二人は——追うべき影を見失った。
天幕に残されたリオンは、床に両手をついていた。
背中の傷から血が垂れている。致命傷ではない。しかし——もっと深いところで、何かが切れていた。
ドミニクがリオンに駆け寄った。
「勇者様! 勇者様、ご無事ですか! 奇跡を——奇跡を使ってください、傷を治してください!」
リオンは掌を見た。光がない。温もりがない。何も出てこない。
「……出ない」
小さな声だった。
「光が——出ない」
ドミニクの顔が歪んだ。老人の皺が深くなり、鷹の目の光が動揺に揺れた。
リオンは手を握り、開いた。握り、開いた。何度も。何度も。出ない。出ない。出ない。
やがて——泣き始めた。
声をあげて泣くのではない。ただ、目から涙が流れ落ちた。口を半開きにして、何かを言おうとして、言葉が見つからない。
十五歳の選定以来、リオンの日常には一つも「自分で決めたこと」がなかった。朝起きる時間はドミニクが決めた。食事の内容はヴィクトルが決めた。祈りの言葉は神殿が用意した。奇跡の対象は側近が選んだ。リオンは決定を下したことがない。選択をしたことがない。一度も。
その代わりに、一つだけ確実なものがあった。光。掌に灯る光。それだけが、リオンが「自分」だと感じられる唯一のものだった。
それが——消えた。
二十歳の青年が、生まれて初めて「自分が何者かわからない」という恐怖の中に投げ出されていた。
勇者ではない。
ならば——自分は、何だ。




