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『追放された悪役令嬢は、最凶の悪党たちと辺境で【悪の帝国】を建国する』  作者: 冷やし中華はじめました
想定外の脅威と拠点の壊滅

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連携は、なかった。

当然だ。昨日まで互いの存在すら認め合わなかった四人に、連携の術があるはずがない。

それぞれが、それぞれのやり方で生き延びようとした。

* * *

ヴェルナーは、最初から全力だった。

大剣の柄を握り締めた。それだけだった。拳に力を込めると、掌の古傷が裂け、血が滲み出す。無数の戦闘で幾度となく開いてきた傷口。もはや自ら切り裂く必要すらない。握るだけで血は流れる。黒みがかった深紅の血液が、柄を伝い、鍔を越え、刀身全体を粘性の高い膜のように覆っていく。静かに。しかし、確実に。

血剣ブラッド・エッジ

自らの血と生命力のみを燃料にした、完全自己完結型の戦闘術。

ヴェルナーが踏み込んだ。地面が陥没するほどの加速。血を纏った大剣が弧を描き、先頭の角猪を頭蓋ごと叩き割った。返す刃で二頭目の胴を横薙ぎにし、三頭目は跳躍で回避しようとしたところを、空中で追撃の斬撃が捉えた。三頭が地面に崩れるまで、四秒。

圧倒的だった。

続く五分間で、ヴェルナーは大型魔物を八体屠った。角猪四頭、牙熊二体、岩甲蜥蜴二体。どの個体もセレーナのアナライズが「単独討伐困難」と評価する戦力だ。それを一人で、一方的に斬り伏せている。

しかし、セレーナは同時に別のデータも読み取っていた。

ヴェルナーの生体反応が急速に劣化している。心拍数は平常時の三倍を超え、体温が低下し始めている。血圧が危険域に入りつつある。自分の血を燃料にしている以上、戦えば戦うほど体は壊れていく。

十五分が経った頃、ヴェルナーの動きに最初の鈍りが出た。

斬撃の軌道がわずかに揺れた。角猪の突進をかわす動きが半拍遅れた。それでも一刀で仕留めるが、次の獲物に向き直る速度が明らかに落ちている。

三十分。

ヴェルナーは膝をついた。

大剣を杖のように地面に突き立て、荒い呼吸で体を支えている。血剣の輝きは消え、腕の切り傷からは鮮やかな赤い血が——もう変色する力もなく——ただ流れ落ちている。

彼の周囲には八体の魔物の死骸が転がっていた。しかし森の奥からは、まだ地鳴りが聞こえている。スタンピードは終わっていない。一人の男が倒せる数には、限りがある。どれほど強くても、物量の前では消耗する。それが個人の武力の限界だった。

* * *

カイは、戦わなかった。

正確に言えば、戦うという選択肢を最初から捨てていた。

スタンピードが始まった瞬間、カイは木の上から地面に降り、気配遮断を最大にまで引き上げた。呼吸を限界まで抑え、心拍を意識的に下げ、体温を周囲の気温に近づける。動かない。音を立てない。存在しない。

魔物たちはカイの傍を駆け抜けていった。角猪が三メートル先を突進し、毒蜘蛛が頭上の枝を這い、甲殻蟲が足元の土をかき分けて通過した。そのどれもがカイを認識しなかった。カイの気配遮断は魔法ではない。魔力を一切使わないがゆえに、魔力感知にも反応しない。純粋な技術と身体制御による「不在」。

カイは安全圏を探しながら移動していた。魔物の群れの流れを読み、密度が低い方向を選び、音のない足取りで森の中を移動する。生存に特化した能力の極致。

しかし——それだけだった。

カイには他者を助ける手段がない。戦闘力はほぼゼロ。正面から魔物と対峙すれば、一秒で殺される。暗殺者は闇の中で一人の首を掻き切ることはできるが、押し寄せる群れを前にしては無力だ。

木の上から、セレーナの拠点が蹂躙されるのが見えた。数時間かけて構築された結界が、防壁が、食料保存庫が、魔物の奔流に呑まれて崩壊していく。炎が上がった。何かの魔物が吐いた火球が建材に引火したのだ。

カイは木の上から、それを見ていた。

表情は動かない。しかし灰緑色の目が、その光景を正確に記録していた。

一人では、守れない。一人では、何も変えられない。ただ生き延びるだけ。

それはカイが物心ついてからずっと繰り返してきた現実だった。王都のスラムで。殺し屋ギルドで。そして今、この森で。

いつも同じだ。

* * *

モルスは、別の方法で対処していた。

ヴェルナーが斬り倒した魔物の死骸。それがモルスの「材料」になった。

灰色のローブがヴェルナーの戦場跡に滑るように近づくと、モルスは角猪の死骸に触れた。触れた箇所から死肉が急速に変質していく。筋肉が乾燥し、骨格が固定され、関節が奇妙な角度で固まる。数秒後、角猪の死骸が立ち上がった。

屍役コープス・ワーカー

意志のない作業体。モルスの命令にのみ従う、死者の再利用。

モルスは角猪の屍役を三体並べ、拠点の周囲に「壁」として配置した。死体の壁は生きた魔物の突進を受け止め、押し返し、あるいは共倒れになって崩れた。崩れればまた新しい死骸を素材にして、次の壁を構築する。

ヴェルナーが築いた血の死骸の山を、モルスが静かに「壁」へと変えていく。黒騎士は振り返りもしない。死霊術師は声もかけない。意図した連携ではない。だが、殺戮の跡地を糧に壁が立ち上がり、壁が砕けた残骸からまた次の壁が生まれる——そこには確かに、凄惨な循環が息づいていた。

しかし限界はあった。

屍役は生きた魔物に積極的に攻撃を仕掛けることはできない。受動的な壁に過ぎない。大型の魔物が本気で突っ込んでくれば、屍壁ごと粉砕される。モルスの能力は「死者」にしか及ばない。生きた脅威に対しては、為す術がなかった。

そしてセレーナ。

セレーナはアナライズで全てを「見て」いた。魔物の行動パターン、進行ルート、密度分布、弱点。最適な迎撃配置も、退避ルートも、頭の中には完成している。しかし、それを実行する「手足」がいない。

渾身の解析結果が、宙に浮いている。

設計図だけあって、建築家がいない。指揮者だけいて、楽団がいない。

セレーナは自分の無力を、数字で突きつけられていた。


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