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剣と剣が激突した。
衝撃波が森の木々を揺らし、木の葉が渦を巻いて散った。金属と金属の衝突ではない。血の剣と光の剣。二つの異なる「燃料」が、刃を介してぶつかり合っている。
オルトの聖剣が弧を描いた。
光の軌跡が空気を焼く。一撃ごとに、足元の草がさらに色を失っていく。二合目で地面に小さな枯死の円が広がった。三合目で近くの低木の葉が一斉に萎れた。聖剣が振るわれるたびに、周囲から命が吸い上げられている。
美しかった。
光の軌跡は目を奪うほど鮮烈で、剣速は鋭く、型は完璧だった。ヴェルナーが教えた剣術の基本形が、光の力で極限まで研ぎ澄まされている。
ヴェルナーの血剣が受けた。
光を浴びた腕の皮膚が焼けた。血の膜が蒸発し、補充のために新たな血が滲む。ヴェルナーの体温がさらに下がる。唇が蒼くなっている。一合ごとに自分の命を削っている。
しかしヴェルナーの足元の草は——緑のままだった。
血剣は外から何も奪わない。燃やすのは自分だけ。地面に落ちた血の滴が、やがて土壌に染み込み、養分として還る。自己完結。循環。
五合。十合。十五合。
剣が交わされるたびに、二人の周囲の風景が変わっていった。オルトの側——枯死が広がる灰色の円。ヴェルナーの側——血に染まっているが、草は生きている。
同じ師から学んだ同じ剣筋。同じ速度。同じ精度。しかし燃料が正反対。
二人の間にある一メートルの空間が、世界の縮図だった。光が通った側は灰色に枯れ、血が落ちた側は赤く濡れながら緑を保っている。その境界線で、師弟の剣が火花を散らしている。
オルトが叫んだ。
「なぜ光を捨てたのですか!」
剣を交えながらの咆哮。息が荒い。聖剣の光が周囲から命を吸い上げるたびに、オルト自身の消耗も進んでいる。導管としての負荷。しかし彼はそれを「自分の力」だと信じている。
「光があれば——こんな苦しみを背負わなくていい! 自分の血を流す必要もない! なぜわざわざ——」
ヴェルナーは答えなかった。
代わりに、一歩踏み込んだ。オルトの聖剣の光が顔面を灼くほどの至近距離。血剣を横に薙ぎ払った。オルトが防御に聖剣を立てる。二つの刃が鍔迫り合いになった。
至近距離で、鉄灰色の瞳が金茶色の瞳を見つめた。
「お前の足元を見ろ」
低い声だった。怒りではない。命令でもない。ただの——事実の提示。
オルトの視線が、一瞬だけ下に落ちた。
足元の草が、全て枯れていた。聖剣の光が通過した範囲——半径三メートルの円内が、灰色に変色した裸地になっていた。その円の外側には、ヴェルナーの血が点々と落ちた草が、赤く濡れながらもなお緑を保っている。
師の血に染まった草は生きている。弟子の光に照らされた草は死んでいる。
オルトは見た。
見てしまった。
しかし——認められなかった。
認めてしまえば、師を売った自分が間違いだったことになる。師を追放した体制が間違いだったことになる。光が正義でなくなる。自分の五年間が——師を裏切ってまで守ろうとした「正義」が、崩壊する。
オルトは叫び、鍔迫り合いを力ずくで押し返した。聖剣に更なる光を注ぎ込む。周囲の木々から生命力が一気に吸い上げられ、三本の若木が枝を垂れ、葉を落とした。
「嘘だ——師匠は堕落したんだ! 闇に堕ちたんだ! 俺は——俺は正しいことをした!」
ヴェルナーの目が、一瞬だけ——ほんの一瞬だけ——悲しみに似た何かを映した。
しかし剣は止まらなかった。
血剣が唸った。
ヴェルナーの左腕から、追加の血が溢れた。握り込んだ柄の古傷だけでは足りない。肘の内側を手甲の縁で浅く裂き、鮮血を剣に吸わせる。今度ばかりは自ら切った。心臓が悲鳴を上げている。視界が狭まる。意識が遠のきかける。
それでも——剣を振った。
全身の血を燃料にした、一閃。
血剣の刃がオルトの聖剣に叩きつけられた。
光が弾けた。金属が悲鳴を上げた。
聖剣が——折れた。
刀身の中央から亀裂が走り、二つに割れた光の剣が地面に落ちた。折れた剣から光が消えた瞬間——
周囲の自然が、一瞬だけ呼吸を取り戻した。
枯れかけていた若木の葉が、微かに持ち直した。萎れていた草が、わずかに色を取り戻した。光が消えて、命を吸い上げるものがなくなった。奪われていたものが、ほんの少しだけ還ってきた。
オルトは地面に膝をついていた。
折れた聖剣の柄を握ったまま、目の前の師を見上げている。白銀の鎧に、師の血が飛沫として散っていた。
ヴェルナーは剣を下ろさなかった。血剣の切っ先をオルトの喉元に向けたまま、数秒間。
オルトの目に、恐怖はなかった。代わりに、何かが崩れていく音が聞こえるような——認めたくない事実が、防壁の隙間から染み込んでくるような——そんな瞳をしていた。
ヴェルナーが剣を引いた。
「立て」
一語。
「自分の足で帰れ。次は——自分の力で来い」
オルトの光ではなく。周りの命を吸い上げて輝く力ではなく。自分の、本当の力で。
それが師弟関係の清算だった。もう「教え」はしない。しかし「殺し」もしない。
ヴェルナーは背を向けた。
よろめいた。血を流しすぎている。視界が白く霞んでいる。しかし足は止めなかった。森の奥に向かって歩き続けた。一歩。また一歩。背中が森の闇に溶けていく。
オルトは膝をついたまま、その背中を見ていた。
折れた聖剣の柄を、まだ握っている。光の消えた刃の残骸。それが手の中で、嘘のように軽かった。




